4、衝突前日の夜
私は遠くから耳を塞ぎたいくらいの悲痛なやり取りが繰り返されているのを聞きながら、ガスコンロで鍋に火を付けて非常食の調理を始めた。
明日までの人生なのに、せっかくだからと非常食は一人では食べ切れないくらい持参していた。
狭い島の中、同い年だったせいもあり、二人とは何度も学校でクラスメイトになった。
篝と悟志は幼い頃から家族ぐるみで交流があり、特に仲が良かった。
本州から切り離された小さな島で新しい出会いがあるわけもなく、二人は何物にも邪魔立てされることなく仲を深めて、交際を始めた。
思春期になって意識し始めて距離を置いてしまうこともあるけど、二人に限ってそんなことはなく、ただ距離が縮まり男と女の関係に発展していくのみだった。
私が二人と仲を深めるようになったのは、篝が私に化粧の仕方やファッションを見習いたいと声を掛けてきてからのことだ。
元々、私はスナックを経営していた母の影響を受けていたこともあり、ファッションには敏感で中学生の頃には化粧を一通り教わり日常生活に取り入れていて、よく母に買い物に連れ出され、身なりを整えさせられた。
母はファッションに関しては幾らでもお金を掛ける性分で、髪や肌の手入れに限らず、マニキュアや香水まで私に似合うものを用意してくれた。
篝は付き合い始めた悟志を喜ばせたいあまりに、そんな私のことを見習い頼み込んてきた。
私は化粧の仕方や肌の手入れからマニキュアの塗り方まで教え、島の外にまで買い物に付き合った。
悟志から過去に告白されたこともある私は少し複雑な心境を抱えていたが、当の悟志も三人で過ごす時間を楽しく思っていたようで、段々と私は意識しなくなった。
元々、素材の良い篝は輝きを増し、魅力的な女性へと進歩を果たした。
なかなか目を合わせることも出来ない、頼りないところもある冴えない悟志だったが、年齢と共に女性慣れしてきたことで私も一緒にいて楽しいと感じるようになっていった。
地味で目立たない悟志のことは印象が薄く、年上好きの私としては、付き合いたいと思うほどの相手ではないけれど、篝が幸せそうな姿を見ていると文句をつけることもなくなっていった。
やがて、非常食を用意し終わった頃に二人は戻って来た。
五目御飯やドライカレー、コーンポタージュスープなどを一緒に食べて三人で同じ時を過ごした。
食事が終わり、まだ十月に入ったばかりとはいえ、夜になると寒さが増してきた。
毛布を取り出し、それを被りながら寝る前にミルクティーをカップに入れて三人で飲む。二人も最低限の荷物は持ってきたようで、タオルケットを被っていた。
「結局、私が避難しないことに決めたこと、誰にも言わなかったんだ?」
「うん……瑠海のしようとしてることは間違ってると思う。
でも、瑠海の決意が固いことも分かっちゃったから」
「だから、好きな人と一緒に私のところに来たの?
本当にどうしようもないね……。
もう分かってると思うけど、最終避難が終わった後だから誰も助けに来ないよ。
ここに誰かが来たとしても私達みたいにこの島に残るために逃げ回っている人だけだね」
「分かってる、瑠海を一人にしたら一生後悔するって二人で話してたんだ……。その気持ちは大切だから、最後まで守っていきたいの」
「馬鹿だよあんた達……
私なんかと一緒にいることを選ぶなんて。
生きていなきゃ意味ないじゃない……」
三人で寝るには狭かったが、私達は同じテントに入った。
私が一人残ろうとした理由、二人にはそれが良く分かっていた。
だから、命を投げ出す覚悟を決めて、同じ道を選んだ。
同情して欲しいと思ったことはない、憐れんで欲しいと思ったこともない。
ただ、二人が変わることなく私に寄り添ってくれたことは哀しいほどに嬉しかった。
テントの中でも二人は相変わらず仲が良く、手を繋ぎながら会話を交わし、キスをするフリを何度も繰り返していた。