俺が彼氏(2)
―――結局自宅に着いたのはいわゆる草木も眠る丑三つ時だった為すぐに真奈に確認をすることは出来なかった。
宏樹も宏樹だが引き受ける真奈も真奈だな…。
いくら役とはいえ自分の彼女を他人の彼女役にしても構わないなどとそう簡単に言える奴なんているのか。
俺は相手が親友の宏樹であろうと絶対に嫌だ。
宏樹を信頼していないわけじゃない。
ただ俺以外の男が真奈の隣にいると思うと気がおかしくなりそうなんだ。
それに宏樹が彼女役に真奈を選んだ理由を聞けずに終わってしまったことも一因の様で俺を暗く重い靄が包み込んでくる。
宏樹は何で真奈を選んだんだ。仲が良いのは知ってるがそれだけの理由なのか?
本当は真奈のことを…。
真奈も真奈で何で俺に何の相談もなしに勝手に決めたんだ。
まさか本当は宏樹のことを…。
自分でも理解しきれないものがグルグルと渦巻いては暗く深い底に俺を誘い込もうとしてくる。
なあ宏樹、お前が俺に謝りたかったことって真奈を彼女役にすることだけじゃないんじゃないのか…。
俺から真奈を…奪うのか…。
真奈も俺から離れていってしまうのか…。
俺は一度に大切な恋人も親友も失うのか…。
…二人は俺を裏切るのか…。
考えれば考えるほど暗く深い底に心も体も沈んで最後には抜け出せなくなってしまう。
もっと冷静になれ渡辺爽馬。
最愛の恋人と最高の親友を信じられないなんて…お前はどうかしてる。
そうだ、どうかしてる。
俺は二人を信じている。
俺の行き過ぎた考えは二人に対して失礼だ。
明日改めて二人に聞けば済む話しじゃないか。
ふうと短く息を吐いてベッドに潜り込む。
真奈…。
俺はお前を信じてる。
例え大切な何かと引き換えにしてもお前を失いたくはないよ。
お前を絶対に手離さない。
――――――――――――――――
ピピピ ピピピ―カチッ。
いつもの朝。
いつもの時刻に鳴る目覚ましを止める。
いつものように準備をして仕事へと出掛ける。
そしていつものように彼女からの朝のメールで初めて俺の一日が始まる。
―――――――――――
そう~おはよう☆
今日もお仕事頑張ってね。
行ってらっしゃい!
私も大学に行ってきまーす
今日はプレゼンがあるんだよぉ
頑張ってくるっ!
―――――――――――
正直俺の暗い靄は晴れきってはいないが真奈からメールが来たことでホッとしている自分がいる。
もしかしてもう送ってくれないんじゃないかと心の隅で思ってしまっていたのだ。
普段と変わらない真奈のメール。
大丈夫だ、心配することなんて何もないじゃないか。
俺は自分の心に何度も大丈夫だと言い聞かせて少しでも心を軽くしようとした。
靄を取り除くかのようにいつも以上に仕事に集中していたつもりだったが簡単なミスを連続でしてしまったり、気付けば何をしていても真奈のことを考えてしまっている自分がいた。
「渡辺~、お前本調子じゃないだろ?接客してる時の笑顔、一応笑ってるんだけど仮面みたいに張り付いてて怖かったぞ」
心の内の暗闇は顔には出していないつもりだったが同僚からの言葉で明らかに表に出てしまっていたことに気が付いた。
一人の女のことをこんなに考えるなんて昔の俺では有り得なかっただろうな。
…真奈。
お前は何を思ってる?
お前から彼女役のことを聞いていなかったってだけで不安になるのはおかしいかもな…。
お前のことを信じきれていない自分を情けなく思うよ。
なあ真奈。
お前に聞けば済むんだと頭では分かってるが心がそれをさせない。
休憩時間になったらとか仕事が終わったらとか言い訳をして聞くことを先延ばしにして逃げているだけなんだ。
俺の考えすぎであってほしい。
でももし本当に真奈の気持ちはもう俺に向かっていないのだとしたら…。
何と引き換えにしてでも真奈を手離さないと強く決めたはずの心が黒く深い底の方へ底の方へと引っ張られ始めていた。
闇深くにはまってしまった心は闇を振り払うこともそこから抜け出すことももう難しくなってしまっていた。
苦しい…。
真奈…。
その日は結局真奈に聞くこともできず、真奈も彼女役の話題を何一つ出してこなかった。