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俺のけじめ(5)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



午後2時過ぎ

菅野優璃宅




「それでね、そうが作ってくれたオムレツがすーっごく美味しかったの!」


そう顔をほころばせながら楽しそうに話す親友の彼女の真奈ちゃん。


けじめをつけに行くと出掛けた彼氏の帰りを健気に待っているのだ。


その彼氏は1時間ほど前に出て行ったばかり。

真奈ちゃん本人もさすがにすぐには帰って来ないだろうとは思っているが、さっきからチラチラと時計を気にしている。


そりゃ気になるよね。

爽馬の帰りを今か今かと待っているわけだから。


それでも何とか気を紛らわそうと、必死に話題を作る真奈ちゃんの姿が本当にいじらしい。


「おっいいなあ!あいつの料理って美味いんだよなぁ。

今度俺もそうちゃんにお願いしよっかな~」


「あ!ヒロさんはゆーりさんに個人的にお願いすればいいと思うの、個人的にね!」


真奈ちゃんは突然ぐいっと身を乗り出して、やたら“個人的”の部分を強調しながら提案してきた。


個人的に…ねぇ。


「まあ、確かにゆうりんならそうちゃんも超ウマッと驚くようなオムレツ作っちゃうだろうね~」


超ウマッの部分で顔をくしゃっと崩せば、


「あははっ!ヒロさんの顔へん~っ」


真奈ちゃんは喜んで笑ってくれる、うえに話題も自然に変えられる。


「変じゃないぞ!これはそうちゃんの顔真似だぞ」


「ええ~っ違うよ~!そうはそんな顔しないもん~」


ほら、これで優璃の話はおしまい。


「…ていうか、ヒロさんはゆーりさんのこと好きなんでしょ?」


…終わっていなかった。

むしろ今始まりを迎えたのかもしれない。


「おぉ~っと直球できたね~。

ま、確かにゆうりんは好きだけど、真奈ちゃんが思ってるような好きってのとは違うんだよねえ。

良きお友達としてね、好きなわけよ」


優璃とは中学からの付き合いで、俺にとって大切な友人なわけ。


バイク一筋な成嶋宏樹にだって願いくらいはある。

俺の大切な人には絶対に幸せになってもらいたいっていう願い。

悲しんでる顔なんて見たくないわけ。


爽馬にも、優璃にも、もちろん真奈ちゃんにもね。


爽馬と真奈ちゃんに関しては、今回の件が片付けば、2人にとって大きな問題は特にないと思う。


もし2人の間で問題が起きたとしても、お互いにちゃんと向き合えて歩み寄れるこの2人なら大丈夫。


心配なのは優璃。


何かあった時はいつも自分1人で抱え込むから、優璃には彼女の傍に寄り添って支えてくれる人が必要なんだよね。


俺はその支えてくれる人が現れる日を待ってる。

チャンスがあれば陰ながらサポートする。


俺はあくまで優璃の幸せのサポート役。

表舞台には絶対に上がらない。

俺にはそんな資格はないから。


…なーんてことは口には出さないけど。


「ま、ながーく生きてるとだね、いろーんな好きが増えるのだよ」


分かったかね?

と真奈ちゃんの柔らかいほっぺをぷにっとつついてみる。


「ほえぇ~」


真奈ちゃんはほっぺをぷにぷにされながら眉間にシワを寄せる。


おっと…この顔は納得してないな…。


真奈ちゃんって普段はぽわんっとしてるのに、意外と直球でくるんだよね。

実は元々鋭い子なんだろうけど、多分爽馬の影響も受けてさらに磨きがかかってんだろうな。


さあて、こっからどうやって話をそらそうか…。


なんて考え始めたその時


ガシャンッ

「~~~っ!!!」


突然何かが割れる物音と共に大きな声が聞こえてきた。

…恐らく店の方から。


「ふえっ!な、なにこの音!?お店の方から!?」


「真奈ちゃんはここにいて!出来れば部屋に鍵かけて!

ちょっと様子見てくるから。俺が戻るまで絶対に来ちゃダメだかんな!」


そう言い終わるのと同時に部屋を飛び出し、急いで店の方へと走った。


何があったかは分からないが、ただ事ではないのは確か。


もしかしたら工藤里沙の差し金の仕業かもしれない。


そうではないことを祈りながらも、嫌な予感はどうにも振り切れない。


くそっ!

優璃…!




バンッ


店のドアを勢いよく開けると、その音に驚いてか3人の男達がこっちを振り返った。


何が起きているのかすぐには理解できない。

爽馬と違って頭は良くないんだよね俺。


けど分かることもある。


食事をしていた最中であろう数組の客も、何が起きているのか分からずに困惑していること。


割れた数枚の食器が床にバラバラに散らばっていること。


そして3人の乱入者の内の1人の男が優璃の腕をがっしりと掴んでいること。


その男の正体も、俺は知っている。


「…片岡!」


「なんだ、誰かと思えば成嶋じゃないか。久しぶりだな。息を切らしてるみたいだけど何かあったのか」


しれっと答えるこの男。

俺にとってのいけ好かない奴トップ3の中に入る男。


「…ヒロっ」


優璃!


ドカドカと大股で片岡に近付き、優璃に触れているその腕を力強く掴む。


「ちょっと先輩。レストランっすよここ。こんな暴れる所でもないし、ましてやオーナーにお触りなんて言語道断でしょ」


そのまま優璃の腕から引き離す。

そして片岡と優璃の間にぐいっと入り込んで優璃の盾になる。


「ヒロ…」


震えている優璃の声。

俺の背中にぎゅっとしがみつく。


「なんだ成嶋。俺は優璃に用があってわざわざ来たんだよ。とりあえずそこどいてくれない?」

「嫌っす。ていうかゆうりんにはもう近付くなって言ったはずなんだけどなー」


俺よりも背の低い片岡を見下ろして答える。


「何言ってんのお前。彼氏が彼女に会いに来ちゃいけねーの?」


負けじと俺を見上げる片岡。


片岡涼輔―

俺と優璃が通っていた高校の2つ上の先輩。


この先輩、毎回連れている女が違うわ、女の子をたらし込むのが上手いわで、女好きで有名なしょうもない男。


俺達とは違う高校に通っていた爽馬も、この男の噂をよく耳にしていたって言うんだから、なかなかの有名人。

もちろん悪い意味で。


そんな片岡が新たなターゲットとして選んだのが、菅野優璃、俺達が18の時だった。


「わ、私は、あなたの彼女じゃ、ありませんっ」


俺の背中から聞こえる震えた声。

必死に戦おうとしているその声。


「お、まぁそりゃそうくるよね。元カレ元カノの関係だしね、俺達。

でもさ」


片岡はくくっと笑う。


「あの頃を忘れたことはないよ」


ビクッと優璃の体が震えた。

多分あの頃ってやつを思い出したんだ。


こいつの言う『あの頃』の思い出に良いものなんて一つもない。

あれから10年以上経った今でも思い出したくもない。


「…先輩、まさかそんな古臭い昔話をする為にわざわざ来たんすか?

そんなくっさい話じゃ優雅な昼下がりが台無しっすよ」


優璃の震えが伝わる。


…くそっ

一刻も早くこの男をこの場から追い出す方法を考えなきゃいけないってのに、頭がうまく回らねえ。


相手は3人…喧嘩ならやれないこともないか。

でも先に手を出した方が結局は悪なんだとかどうとかって爽馬が言ってたような…だああああっくそっ

こういう時はあれか!?

やっぱ警察呼ぶのが正解だよな!


ドタンッガシャンッ


「―!?」


俺の回転の悪い脳が最善策を出すのと同時に、再び店内に大きな音が響き渡った。


「片岡さん…もうイイっすか」


片岡の連れの2人の内の1人、茶髪の男が痺れを切らしたかのように口を開いた。

この男の足元には、思いっ切り蹴られて倒れたテーブルと、そのテーブルに乗っていた洒落た調味料の容器の破片が散らばっている。


「好きなだけ暴れられるって聞いたから、わざわざこんなとこまで来たんすよ俺ら」


もう一人の金髪の男は、タバコをふかしながらぐるぐると店内を歩き回る。


気が付けば、店内にはこいつらと俺と優璃だけしかいない。

いつもなら客で賑わってる時間だっていうのによ。


「ああ。そうだったな、悪い悪い。それじゃま…


始めるとするか」


ドッ


「っ!?」


「っ!!ヒロッ!!」


いくら頭の回転が悪いとはいっても、この状況がどんなものかくらい分かる。


腹の重くて鈍い痛み。

体を折り曲げる俺の前で、次の動きに移ろうとする茶髪の男。

走り出す金髪の男。

視界の端に映る片岡。

優璃の悲鳴。


やばい。

マジでやばい。


「ヒロッ!!―っいやっ来ないでっ」


優璃!


ドッ


再び衝撃。

今度は背中。


先に手を出した方がどうのこうのとか、そんなこと言ってる場合じゃねえだろっ

どうしたって先手必勝だろ馬鹿か俺はっ


…優璃!


「あんま調子にのってんじゃねえぞ」


倒れんな。

しっかり踏ん張れ。

もう余計な事は考えんな。


がっしりと相手の腰を掴む。

そのまま倒す。


―後は殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。


拳が痛え。

それが何だ。

加減なんて分かんね。

手加減なんてしねえ。


ただ優璃を守る。

それだけだ。茶髪の男の戦意を失わせ、優璃の方へと目を向ける。


「―いやあああああああああっ」


「はあっ優璃っ…」


優璃の姿が見えない。

いや、片岡の下に優璃がいる。

片岡が優璃に覆い被さり、その汚い手で華奢な優璃の体を汚そうとしている。


待ってろ。今その汚えのをどけてやる。


バキッ


「っあ゛ぁぁぁ」


優璃に触れていた右手の中指が不自然な方向に曲がる。

髪を掴んで引き剥がす。


後はもう調子に乗りすぎた罰だ。

こいつの顔がいくら歪んでも、気なんて晴れない。

晴れるわけない。


何度も何度も殴る。

何度も何度も何度も。


「ぶっぐぁっがはっ」


何度も何度も何度も。


気が晴れなくたって何度も殴り続ける。

優璃のつらさもその傷もこんなものじゃない。

こんなんじゃ足りない。


「っぶぁっやっやべで…ぐるぇっ」


やめるわけないだろ。



「ヒロ…ヒロッ…」



後ろから聞こえる優璃の声ではっと我に返ると、汚い男はさらに汚くなって伸びていた。



まだまだ制裁は足りないけど、こいつの連れの金髪の男の存在を思い出した。


そうだ。制裁が必要な奴がもう一人残っていた。

あいつは多分真奈ちゃんがいる部屋に向かったはずだ。


ぜえぜえと大袈裟に呼吸をする男から離れて、真奈ちゃんのいる部屋へと向かう。


ドンドンドンドンッ


「オイッ開けろっ!

いるのは分かってんだよっ

開けろっつってんだろがっ」


激しくドアを叩く音と金髪頭の怒号。


こいつも頭の悪い奴だ。

鍵のかかったドアと格闘中の男を、格闘相手から引き剥がす。


頭の悪い奴には衝撃を与えるといいとかどうのこうのって爽馬が言ってたな…。


「!てめっう゛っ」


頭と頭の格闘。

頭脳戦じゃ勝ち目はないけど、頭突きでなら十分勝機はある。


たった一撃。

渾身の一撃。

伸びた金髪頭を脇に追いやり、ドアの内側にいる子に声を掛ける。


「真奈ちゃん、大丈夫だったか~」


「ヒロさん!私は大丈夫だよ!ちゃんと鍵かけてたから!

…それよりゆーりさんはっ!?ヒロさんも大丈夫だよね!?」


戸締まりは安全確保の第一歩。

真奈ちゃんの声を聞きながら、ぼやっとそんなことを考えた。


…優璃。


ここにいる全ての厄介者への制裁が終わった今、仕事人はこいつらの後始末をしなきゃいけない。


真っ先に優璃の元へ駆け寄って、抱き締めるのも傷を癒すのも、そういう役目は俺じゃない。


…けど。


「…真奈ちゃん」


「…そうには伝えるよ。みんな無事だよって。正義の味方のヒロさんが悪者をやっつけてくれたよって。

悪者さんはプロの人に連れて行って貰うから。

だから、ゆーりさんの傍にいてあげて下さい。」


真奈ちゃんの鋭いところは爽馬にそっくり。

ドア越しっていっても怖い思いをしたはずなのに、落ち着いて状況を判断するところも爽馬にそっくり。


いつか、そう遠くない内にこの子にも頭が上がらない日が来るのかもな…。


「ありがとう」


ドア越しに親友の彼女にお礼を言って、優璃の元へと走った。










「優璃」


ビクッ

「ヒ…ロ…」


優璃は鍵をかけて自室にいた。

グチャグチャの店内にはさっきまで暴れていた男が2人。

伸びていて動けないと分かっていても、その場に居続けることは男の俺でも嫌だ。


「優璃…」


大切な店も、優璃のことも守れなくてごめんな。

怖い思いも嫌な思いもさせてごめんな。


ドアの前でただただ立ち尽くす。


俺は…また…お前を…




カチッ


鍵を開ける小さな音、ゆっくり開くドアの内側には小柄で華奢な優璃。


「ヒロ…」


真っ赤な目。

震えが止まらない体。


「っ優璃」


思わず優璃のその華奢な体を抱き寄せようと手を伸ばした時に初めて、自分の手が服が汚れていることに気が付いた。


いや、目に見えるとこだけじゃない。

俺自身も汚れてる。

俺は、優璃に、触れちゃダメなんだ…




「…ヒロ?」


「…あと少しで警察が来るから。きっと優璃にも話を聞きに来ると思うけど、嫌だなぁって思ったら無理に話さなくていいんだぞ。

あ、念の為にも警察が来るまでは鍵、かけとくんだぞ。

…じゃあ、正義のヒロ様は悪人がまた暴れないか見張ってるかんな」


優璃が何か言いたげな顔をしてた。

俺はそれに気付いた癖に気付いていないふりをした。


優璃が手を伸ばした。

俺はそれにも気付いた癖に、また気付いていないふりをして店内へと向かった。










俺はお前の傍にはいられない。

いちゃいけないんだ。


俺はお前を傷付けるだけだから。

お前を泣かせるだけだから。

昔も今も、何も変わっちゃいないんだ。


だから俺は、だからこそ俺はお前の幸せを一番に願うよ。




お前の涙を優しく拭って

お前と一緒に笑って

お前の夢も目標も応援してくれる、そんな奴と出会えることを

馬鹿みたいに毎日幸せだなって思えるような人生を送ることを





俺は祈ってる。

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