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俺のけじめ(4)

約束の午後1時。

待ち合わせ場所の駅に着いた俺は、目を閉じて静かにゆっくりと呼吸を整える。


これから工藤に会う。


きっとこれがけじめをつける最後のチャンスだと思う。


大丈夫だ。

きっちりと清算してあの子を迎えに行く。


呼吸を整え終えて閉じていた目を開ける。

すると少し離れたところから笑顔で手を振っている女性が目に入った。


その女性は段々と俺の方へと近付いてくる。

栗色の巻き髪を揺らして。




――――――――――――――――――――――――――




「こんな風にあなたとお話ができるなんてなんだか夢みたいね」


工藤は香りのたつコーヒーにミルクを入れながらふふっと楽しそうに笑う。


ここはつい最近出来たばかりのお洒落な喫茶店。

この店には工藤に引っ張られるようにして入ったが、店内のインテリアや小物は女の子が好みそうな可愛らしいデザインのものばかりで、男だけでは入りづらいだろう。


そういえば、真奈もこの店に行きたがっていたな。

あの子も可愛いものに目がないから、もし連れてきたら喜んではしゃぐだろうな。


「爽馬?ねえ、爽馬聞いてるの?」


…ああ、そうだ。

今は目の前の事を片付けるのが先だ。


こんな時でも俺は気付けばあの子のことばかり考えてるんだな…。


誰か一人のことを考えて生きるなんて、工藤と知り合った頃の俺では到底考えられない。


これもきっとあの子の影響、だな。


「…ああ、聞いてるよ。

俺もまさかお前と面と向かって話す日が来るなんて思ってもみなかった」


白くて洒落たコーヒーカップに手を伸ばしながら、素直にそう口に出した。


「ふふ、昔は一度遊んだっきりで、なかなかこんな機会に恵まれなかったものね。

あたしがいくら話しかけても、爽馬はちっとも相手にしてくれなくて…

あたし寂しかったんだから」


最後にそう呟き俯く工藤。


工藤里沙は俺にとって生理的に受け付けないタイプだった。


だから話しかけられても無視をした。遊び相手にさえしなかった。


寂しかったと悲しげに呟いてはいるが、どうにもこの女の演技のような気がしてならない。


そう思う俺の人間性が曲がっていると言われればそれまでかもしれないが。


「…でも大丈夫」


工藤はふっと顔を上げて微笑んだかと思うと、再び楽しそうに言葉を続けた。


「だって今はこうしてまた爽馬に会えたんだもの。あの頃は寂しかったけど、あの頃があったから今があると思うの。爽馬にまた会えたのも、きっと縁なの」


工藤の言葉を聞いた瞬間、口をつけたブラックコーヒーが苦さを増したように感じた。


「爽馬には彼女がいることも知ってる。でもせっかく会えたのだからお友達になりましょう?」


それに…と工藤はまだ言葉を続ける。


「友人関係からだったら、この先の障害もそう大きくはないでしょ?」


“友人関係”


“この先の障害”


この言葉からはっきりと分かること。

それは工藤は俺との関係を終わらせるつもりなど毛頭ないということだ。


「工藤」


今のこいつは俺の話に聞く耳を持たないだろうが、俺の意見をはっきりと言わせてもらう。


「悪いがそれはできない」


工藤がピクッと反応したのが分かった。


「電話でも言ったが、工藤と会うのはこれで最後だ。次なんてない、ましてやこれから先なんてあるわけがない」


工藤は何も答えず、黙ってこっちを見ている。


「今日俺がお前と会ったのも、お前と話をつけるためだ。盛り上がっているところ悪いが、お前にもそのつもりでいてくれないと困る」


工藤の目を真っ直ぐに見て告げる。


俺の言葉を聞いた工藤は―


「ふふふ」


「…何が可笑しい?」


「ふふふ、あははははは」


突然店内に響くほど笑い出した工藤。

くっくっと笑いをかみ殺すように肩を震わせながら言う。


「爽馬ったらまだ子どもなのね、ふふ。でもいいの。あたしはどんな爽馬も好きよ。だから安心していいの」


ね、微笑む工藤の口調はまるで幼い子どもをあやすかのようなものだった。


「ねぇ爽馬。いらない選択肢は早く切り捨てなきゃダメよ」


「選択肢だと?」


「そう、選択肢。余計な選択肢があるから爽馬は迷ってるのよ。だからあたしが爽馬の変わりに切り捨ててあげる」


工藤の言う“選択肢”に含まれているもの…

それは間違いなく…


「…お前、俺の彼女に何をするつもりだ」


「あの子はあなたの彼女にはなれないの。あの子じゃ役不足よ。爽馬は優しいからあんな子どもの面倒を見てたのよね」


俺の質問に対する答とは関係のないことをべらべらと喋る工藤。


「もう一度聞く。

…真奈に何をするつもりだ」


自然と低くなる俺の声に、工藤はほんの一瞬ビクッと震えた。


「な、なにって…切り捨てるのよ」


今まで浮かべていた作り物の微笑みがすっと消えた。

代わりに現れたのは工藤の偽りのない本音だった。


「爽馬とあたしの邪魔をするものは全部消すの!

あたしは今までずっとこの時を待ってたの。爽馬もあたしも大人になるこの30の時を。

昔あたし達が分かり合えなかったのはお互いに子どもだったからでしょ?

だから会いに来たの。

…それなのにっ!」


バンッと勢いに任せて叩かれたテーブル。

その衝撃で零れるコーヒー。

工藤や俺に集中する店内の客の視線。


工藤はそんなことには一切構わずに続ける。


「それなのに…爽馬はまだ分かってない!

あなたに本当に必要なのは、あなたの傍にいるべきなのはあたしなの!

いい加減分かって!

爽馬は優しいから、だから余計なモノが付きまとってるのよ!」


一気にまくし立てる工藤に対して、俺はすぐに言葉が出てこなかった。


こいつが腹の底から思っていることを聞いたのは初めてだった。


「…爽馬、安心して。優しいあなたが出来ないことはあたしがやるから。

今日からあなたは自由になるの」


ふふと不敵に笑う工藤の心はどこか歪んでしまったのか。

もしそうだとするのなら、その原因を作ったのは紛れもなくこの俺自身だろう。


工藤里沙を狂わせたのは、この俺。


今ごろになって後悔が押し寄せてくる。


「…お前の思う通りにはならない」


絞り出した言葉に力を込められない。


そんな俺とは反対に工藤の言葉には益々力が込められる。


「あたしは爽馬を迎えに来たの!爽馬にくっ付いてる虫は全部消すの!

あの子も…成嶋宏樹も菅野優璃も全部全部!!」


「!」


「きっと今ごろ綺麗に片付いてるんじゃないかしら?

お掃除屋さんをね向かわせたの、ふふ、あはははははははははっ」


工藤は笑い続ける。

もう止まらないのか。

狂わせた罪はどれほど重いのか。

自分の大切なモノを失っても償いきれないものなのか。



これは昔の俺が自分の欲望を満たすためだけに女と関係を持ち続けて、散々弄んできた罰なのか。


「…工藤」


工藤の笑い声だけが頭の中に響き続けていた。

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