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俺が彼氏(4)

「そうご飯できたよー」


あれから俺は真奈に朝食を作ってもらっていた。


黒く重い靄が晴れていけば潤んだ瞳の真奈を目の前にして理性がとばないわけがない。


それでも何とか理性を保ち気を紛らわす為に朝食作りを頼んだのだ。

真奈の手作り料理を食べたいと思ったのも事実だが、朝っぱらから襲うわけにもいかないと冷静に判断が出来た自分を褒めてやりたい。


「今日は何を作ってくれたんだ?」


着替えを済ませてリビングへと向かうとふんわりと甘い香りが漂っていた。


「今日はねー真奈特製フレンチトーストなのです」


なるほど、甘い香りの正体はフレンチトーストだったのか。

この美味しそうな香りが食欲を誘う。


「さっそくいただきます」


「どうぞどうぞ~!」


真奈が俺の為に作ってくれた朝食を一口食べるとほんのりとした甘さが口いっぱいに広まり頬が緩む。


「ん、おいしい。ありがとな真奈」


「えへへぇ~。よかったあ」


テーブルの向かい側に座る真奈に手を伸ばし彼女の頭を優しく撫でると照れながらふにゃっと笑ってくれた。


お前が笑ってくれるだけで俺の心は幸福感で満たされるよ。


「真奈、こっちにおいで」


膝を軽くポンポンと叩いて真奈に呼びかける。


「うん!そう~」


とたとたと近付いてきた真奈は両手を広げ俺に抱き付くようにして膝の上に座った。


「そう~だーいすき」


裏表などない無邪気なその笑顔を、その真っ直ぐな心をずっと俺だけに向けていて欲しい…。


「真奈、…どこにも行くな」


彼女の細くて小さな体を壊れそうなほど強く抱き締め、少し傷む胸の底から弱さを隠す為の命令口調で呟いた。


「…そう。私はそうがいない場所になんて行きたくないよ。ずっとそうの傍にいたいの。」


彼女は痛いほど強く抱き締められているのに関わらず、俺の腕の力を緩めようともせずに柔らかく微笑んでくれた。


「私はそうと一緒にいられる為にたくさん努力するよ。だからね、そうま、そんな悲しそうな顔しないで?」


悲しい顔なんてしているつもりはなかった。

あくまで強気な自分を出していたつもりでいたが、内側の弱さを隠し通せないところにも俺の根本的な弱さがある。


奥深くにある悲しみや不安を真奈に気付いて欲しい、真奈に共感や同情をしてもらいたい…そんな甘えた弱さの存在に気付いていながら目を背けていた。


自分を真っ直ぐ見つめられないくせに何が真奈と向き合うだ。


真奈をきつく抱き締めていた腕の力をそっと緩めて彼女の曇りのない瞳を見つめた。


彼女の瞳も強さを秘めた言葉も弱さや脆さも包み込むその優しさも全て俺に向けてくれている。

宏樹でも他の誰でもなくこの俺に―。


「…真奈、ありがとう」


こんなに弱い男でごめんな。


「私の方こそ!好きでいてくれてありがとう」


真奈の白くて小さな両手が俺の両頬をそっと挟み俺の唇にふわっとした感触をくれた。


「そうま」


両頬から首に腕を回して俺の名前を呼ぶ彼女はいつもの無邪気な女の子ではなくどこか妖艶な女になっていた。


こんな顔を見たらせっかく持ちこたえた理性も簡単に崩れていく。


「…この馬鹿」


もう止まらなくなるぞ…。


俺の最後のブレーキが壊れかけたまさにその時―


~ぱにゃんぱにゅんぱにょーん♪


「あっ電話!ん~携帯ーと…あっちだ!」


色気もそっけもない何とも間抜けな着信音がリビングに鳴り響く。

それを好き好んで設定したであろう人物は携帯を取りにソファーへとさっさと移動する。


おい…いくら何でもあっさりすぎるだろ。

確かに危ないところではあったが分かりやすく邪魔が入ると正直萎える。


しかも本人はあの場の空気がどんなものなのか理解していないのだろう。

これが計算ではなく天然であるからどうしようもない。


俺のこの遣り場のない思いなんて知る由もない天然はソファーで電話をしている。


電話の相手を『ヒロさん』と呼んでいることから考えて相手は当然宏樹だ。


あの馬鹿男…お前には言いたいことが山ほどある。


「―それでねヒロさん、今日は「おい宏樹今から家に来い、今すぐにだ」


―ピッ

ツーツーツー


「あーっそう!何てことするのぉ」


真奈から携帯を引ったくり一方的に通話を終了させた。


「今回の件きっちり説明してもらわねーとな」




――――――――――――――――――――




「…あの…本当にすいませんでした」


今の状況はというと、あれから20分後にやって来た宏樹は玄関に入った途端にその場で正座をして俺達に向かって深々と土下座をしている。


「俺はまだ何も言ってないんだが自ら謝罪するということは自分に非があると認めているんだな」


反省はしているようだが俺達はこの馬鹿男に訳も分からずふりまわされたのだ。

納得のいく説明をするくらいの誠意を見せてもらわないとな。


「ほえっ?ヒロさんどうしたんですか?なんで謝ってるんですか?」


宏樹の行動の意味を全く分かっていないうちの天然は床に頭をつけている男を見てひたすら慌てている。


まったくお前は…。

見当もつかないのか。

まあさすがの真奈も宏樹の口から聞けば理解できるだろう。


「単刀直入に聞く。今回の件の真意は何だ」


普段と変わらない口調で言ったつもりだったがいささか冷ややかだったのかもしれない。

目の前の男の肩が少しビクッと動いたのが分かった。

ついでに言うと俺の隣にいる天然もビクッと肩をすくめて怯えていた。


…なんでお前もなんだ。


その怯えた顔が可愛いのだがさすがに今はゆっくり見ている場合ではない。


「ふう…とりあえずここで今すぐ説明しろ。包み隠さず全部」


この馬鹿男を部屋に入れるよりも先に今回の事の真意を知ることの方が重要だ。


宏樹はおずおずと冷たい床から顔を上げて重い口を開き始めた。


「えーと…まず俺に告白してくれた女の子の話は事実でして、本当に彼女役が必要だったわけよ。でもまあいろいろあって…結果から言うと女の子は諦めてくれたんだよねぇ」


苦笑いしながら俺達の、正確には俺の表情を伺っている宏樹。


こいつの話を聞いてだいたい先は読めてきたが、お前の口から全てを聞き終えるまでは何もしないから安心しろ。


「え?そうなんですか!う~ん…女の子的には良くはないかもしれないけど解決できて良かったですね」


まるで自分のことのようにほっと胸をなで下ろす真奈。


…俺の彼女は話の先を読むことができないうえに人を疑うことを知らないんだったな。

そこを美徳とするか馬鹿だとするかは人や状況によっても違うだろう。


ただ俺は自分にはないそんな綺麗な心を持つ彼女に惹かれたのだ。



「真奈ちゃ~ん…君はなんて優しいんだ!そんな真奈ちゃんに嘘ついたなんて申し訳ないよぉ」


いかにも泣いているかのような仕草を大袈裟にしている男を見て首をぶんぶんと横に振る真奈。


「私はヒロさんに嘘なんてつかれてません!もしヒロさんが嘘をついていたとしても私は信じます」


「わあ~なんてピュアなんだあ!ごめんよお」


宏樹の切れ長の目からは滝のように涙が流れ落ちている。

こいつは真奈の純粋な心に触れて一気に後悔が押し寄せてきたな。


「ヒロさん!?泣かないで下さい~…うぅ」


泣いている宏樹を見てオロオロしていたかと思ったら急に涙を零し始めた真奈。


「おい真奈…なんでお前まで泣くんだよ」


「ふえぇ…だってえ…ぐず」


まったくこの子は…。


宏樹に泣き顔を見せないように真奈を俺の胸に抱き寄せた。

もっとも大泣き男は涙で前すらまともに見られないだろうが。


こんなところでも俺の独占欲が顔を出す。

真奈の泣き顔も笑顔さえも俺以外の男には見せたくない。


「宏樹、真奈はこう言っているが俺は違うぞ。真奈とゆっくりしたいから早く要点だけ話して帰れ」


「ひいいっ!そぅぢあ~ん怖いい」


真奈の頭を優しく撫でながら冷たく言い放つ。

涙でぐしゃぐしゃの宏樹は深呼吸をして自分を落ち着かせ再び話し始めた。


「ふうー…女の子の告白の件が解決したのはそう達に話す一週間前なんだ。だから彼女役なんて本当に必要なかったのよ…」


「つまり解決した問題をさも未解決かのように俺達に相談したってわけだな。そんな事をする意味はなんだ?俺達二人バラバラに相談して、しかも既に一方の了承を得たなんて嘘をついてまで何をしたかったんだ?」


「ぐ…それは…」


「詰まるな。早く言え」


俺達を振り回した張本人に優しくする必要性など一切感じない。

とにかく真意を聞き出す。

宏樹の始末はその後だ。


「う~…何ていうかさ…言い方は悪いけど二人を試したみたいな?お互いに何の話し合いもなしに勝手に物事を決めたらどうなるのか…。しかも他人の恋人役をするっていう重大な話をね。

確認を取り合って解決か、喧嘩ののち仲違いか…二人はどっちなんだろうって思ってさ。」


「なるほどね。俺達の信頼関係がどの程度のものか高みの見物というわけか。随分と趣味の悪いことをするんだな」


最悪の場合を想定していたくせに実行する男の気が知れない。

何が試すだ、ふざけるな。

親友といえど簡単に許せることではない。


「結果的に二人は和解したけど下手したら別れてたよな…。そうや真奈ちゃんが憎いとかそんなこと全然思ってないんだよ!それは本当だ…。

こんなこと言い訳でしかないんだけどさ、そう昔は女の子とは遊びで付き合ってただろ?

真奈ちゃんと出会ってからは人が変わったけど…いつかはまた同じことを繰り返すんじゃないかって思ってたんだ。そしたらどんな時も真っ直ぐな真奈ちゃんがあまりにも可哀想だろ。

人間はピンチの時にこそ本性が現れるっていうから試したんだ。本当に真奈ちゃんを大切に思っているなら別れる選択はしないだろうって。

こんなことは良くないって分かってたんだけどさ…ごめん…」


俯きながら今回の真意を話す宏樹。

ゲーム感覚でしたことではなく俺達にこれからを創っていけるのかを試したということか。


やり方は汚い。

結果的に俺達は寄り添っているが真奈を傷付けるきっかけにもなったのだから。

だが、根本的な原因は俺自身にある。



過去は変えられないが現在を大切にしていけば未来に繋いでいける。

俺は真奈が何よりも大切だ。

この子を守る為にも俺は強く在りたい。


やり方は許し難いが自分を見直すきっかけを作ってくれた宏樹に少しばかり感謝をしても罰は当たらないだろう。


「…そうか。だが大丈夫だ。俺は真奈を手離したりはしない。この子を必ず幸せにする」


俺の決意を一番の親友に伝えると彼は顔を上げて安堵の表情を浮かべ、姿勢を正してゆっくりと深くお辞儀をした。


そしてくるっと向きを変えて玄関のドアに手をかけた時、俺の胸にすっぽりと納まっている彼女が宏樹の方に向き直り声をかけた。


「ぐず…ヒロさん、私は弱いです。でも強くなります。そうと一緒にいたいからもっと成長します。私もそうを幸せにしたいんです。」


強くて真っ直ぐな心を持つ彼女の言葉に嘘はない。


「うん…真奈ちゃん、そうをよろしくね。今回のことは本当にごめんね。」


「いえ!謝らないで下さい。今さらですけど今度ヒロさんの退院おめでとうの会しましょうね」


真奈の笑顔と嘘のない言葉。

宏樹はありがとうと微笑むとそっとドアを開けて出ていった。


「真奈」


「うひょえ!?」


真奈を後ろから抱き締めると彼女の口から間抜けな、でも愛らしい悲鳴が聞こえた。


「さっきの言葉嬉しかった。ありがとう」


「ふぇ?…だって本当だもん。私ねそうが傍にいてくれてすっごく幸せだよ。だから私もそうを幸せにしたいの。ずっと一緒にいようね」


くすぐったくなるほど嬉しい言葉を何故こんなにも素直にぶつけてくれるのか。

真奈は俺が思っている以上に俺のことを想ってくれているのだと改めて感じた。


「真奈、俺もお前がいてくれて幸せだ。これからもずっとこのままでいような」


真奈をくるっと半回転させて自分の方へと向き直させる。

背の低い真奈に合わせて少し屈み彼女の顎を軽く上げふっくらとした唇に俺のを重ねた。


これから先、このままの俺では何度も自分の弱さに負けて真奈を傷付けてしまうかもしれない。


俺は強く在りたい。

お前を悲しませない。

無理に笑顔を作らせない。

お前と共にこれからを歩んでいく為に俺は強く在りたい。


俺は誓う。


俺がお前を幸せにする。


俺は約束する。


俺は一生お前の傍にいる。


真奈の綺麗な黒髪を自分の指に絡ませて心の中で崩れることない誓いを立てた。

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