4 恐怖のポヨンポヨン
今日から授業が始まった。
俺の最初の授業は古代語。
魔法関係の本を読むようになって古代語で書かれた本が多い事に気が付いたのから。
教室に入ると白版に座席表が張ってある。
俺の席は一番前の真ん中。
めっちゃ目立つ。
何かの罰ゲーム?
草原の風にゲームを教えて貰った時のことを思い出す。
負けるとおでこをパチンとされる。めっちゃ痛い。
それが罰ゲームと言うものらしかった。
教室の後ろを見ると形は一緒だが綺麗な生地の制服を着た兄ちゃん達が座っていて、その後ろに護衛らしい人達が大勢立っている。
教室の後ろは偉い貴族様達の指定席らしい。
自分の席に座って気が付いた。
みんな座高が高い。
俺って足が長い?
背が低いだけだった。
後ろの席だと前の人で白版が見えないから丁度良かった。
「ちび、迷子になったのか?」
「?、授業。」
突然話しかけられたので言葉に詰まった。
「この学院は14歳からだ。ちびは幾つだ?」
聞かれてハタと気が付いた。
俺って何歳?
考えた事も無かった。
母さんも父さんも歳の事は言わなかった。
「知らん。」
「自分の年も判らん奴が来ていい場所じゃないぞ。」
そんなやり取りをしていたら教師が入って来た。
「先生、子供が間違って来ています。」
「ああ、その子なら俺が聴講を許可した。光魔法の天才で、とある教授の助手だ。」
「光魔法、・・・。」
「ちなみにこの子は冒険者ギルドでも働いていて、ギルマスによれば年齢が規定に達していないので見習い扱いだが実力はBランク以上らしい。」
「「「ええっ!」」」
皆が驚きの声を上げる。俺もその一人。
薬草の採取しかしていないのだからそんな筈はない。
「冗談だ。」
先生の一言で教室は落ち着いた。
「本人の希望で古代語と剣術をこのクラスで受ける事になった。他に数科目聴講するがそれは研究科の授業だから研究棟、普通棟に来た時には仲良くしてやってくれ。」
何故か授業中ずっと後ろからの視線が痛かった。
午後からは錬金魔法研究。
研究テーマは古代遺跡から発見されたポーションの復活。
煎じたり磨り潰したりして作るのは薬学の範疇、魔法を使って成分を抽出すれば錬金魔法の範疇。
「先生、子供が迷い込んでいます。」
はい、慣れました。
「その子は光魔法の使い手。今年1年一緒に研究する事になった。」
「ほんとぅ、嬉しい~。」
お姉さんにいきなりムギュっと抱きしめられる。
背の高いお姉さんが抱きしめると俺の顔はお姉さんのポヨンポヨンに埋まる。
お姉さんそんなに押し付けないで。
めっちゃ柔らかくて気持ちいいけど、鼻も口も塞がれて息が出来ない。
「可愛い、私こんな弟が欲しかったの。」
俺は弟では無い。
頭を撫ぜるな、っていうか苦しい。
息が出来ない。
死ぬ、死ぬ。
お姉さんの背中を叩く。
「ほら、この子も喜んでくれてるわ。」
喜んでない、死に掛けてる。
「喜んでるんじゃなくて苦しんでるの。早く離してあげないとこの子死んじゃうわよ。」
「えっ?」
お姉さんが俺を離してくれた。
「プファ~。」
助かった。
「あんたは無駄に乳がデカいからもう少しで窒息死だったわよ。」
「ごめんね、顔を動かしてたから私のおっぱいを楽しんでくれていると思っていたの。」
ちょっぴり楽しんでいた時間もあった事は内緒。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう。」
お礼の挨拶は大事。
「これから宜しくね。」
お姉さんのお蔭で助かったけど、頭を撫ぜているのは何故?
「本当に丁度いい高さに頭があるのよね。」
そういう事ですか、・・・。
「昨年の素材分析では絶滅した薬草が使われていたので再現は不可能だった。今年は成分分析で同じ成分を持つ薬草を見つける事から始める。薬学研究にもデーターを提供して探して貰っている。判っている成分については経年劣化の度合いを調べる予定だ。これが古代遺跡から発掘されたポーション。鑑定を持つ者は出来るだけ詳しく鑑定してみろ。」
学生たちが交代でポーション瓶を手に持って鑑定を掛けながらメモを取っている。
ようやく俺の順番になったので精密鑑定を掛けた。
「シェル君って鑑定魔法も凄いのね。」
ポヨンポヨンお姉さんの一言で皆が俺のメモを覗き込んだ。
お姉さん、後ろからメモを覗き込まないで。
頭の上にポヨンポヨンが乗って重いんですけど。
「この闇属性と言うのは何だ?」
先生が驚いている。
今までは微少過ぎて見逃されていたらしい。
「魔素水。少し闇属性。」
上手く話せない。
頭にポヨンポヨンを乗せたままなので脳みそが勃起して硬くなった?
「闇属性の魔素水があるのか?」
「うん。」
「これは大発見だ。さっそく闇属性の協力者を探すぞ。」
ダンテに闇属性は隠しておけと言われたので黙っていた。
「シェル君凄い。」
後ろから覗き込んでいたお姉さんが両腕で俺を抱きしめる。
「グウェッ。」
首、首が締まってる。
お姉さんの腕に手を掛けて首から外そうと藻掻く。
バコッ!
頭上で大きな音がして首から腕が離れた。
「なにすんのよ。」
「なにすんのよ、じゃないわ。シェル君、首を絞められて死にかけていたじゃない。」
「えっ、そうだった?」
「1日に何回も殺そうとするんじゃないの。」
命の危機は去ったようだ。
今日は剣の授業。
「今日は初回だから貴様らの腕を確かめる。呼ばれた者は俺の前で良しと言うまで打ち合え。模擬剣だから思い切り打ち込んでいいぞ、治癒魔法士も待機しているからな。」
胴の所には防具を着けたけど、思い切り打たれたら痛そうだ。
「「「はい。」」」
「最初は入試トップのマエスト、お前からだ。相手はシェル。」
「「「ええっ?」」」
俺も一緒に叫んでしまった。
先生無茶を言わないで。
「シェルは剣を習ってまだ1年だが、Bランク冒険者のお墨付きがある。どれくらいの腕なのか俺も見てみたい。体は小さいが身体強化を使えるから甘く見るとマエストでも危ないかもしれないぞ。」
マエストが前に出た。
でかい。
190㎝位?
俺は120㎝ちょっと。
身長差は僅か70㎝、って僅かじゃねえよ。
マエストは体だけでなく剣もでかい。
あんなのを食らったらお空に飛ばされる。
お母さんとお父さんに会えるかも。
違う、今はそれどころじゃない。
「始め!」
ブゥン。
耳元でマエストの剣が音を立てる。
遅い。
ダンテの剣に比べると全然遅い。
身体強化の練度が上がったせいもあるのだろうが、余裕で避けられる。
避ける。避ける。避ける。
ひたすら避ける。
打ち合ったら飛ばされそうなのでギリギリまで見切ってヒョイヒョイと避ける。
「シェル、避けているばかりじゃなくて攻撃しろ。」
先生の声が聞こえる。
いいの? 一応加減はするけど当たったら痛いよ。
避ける。避ける。避ける。
ひたすら避ける。
「シェル、相手を気にせず思い切り攻撃しろ。」
怒られた。
マエストの剣をヒョイと躱して懐に飛び込み、軽く剣を振る。
カ~ン!
良い音がしてマエストが飛んで行った。
訓練場のフェンスを越えなかったからまあいいか。
「見えたか?」
見ていた生徒が隣の生徒に話しかける。聞かれた生徒が首を振る。
「だよな。気が付いたらマエストが飛んでた。」
「マエストの剣が掠りもしないって何なんだ?」
「成績トップのマエストが子ども扱いって、・・・。」
「子供に子供扱いされる騎士団長の子供って、どうなのよ。」
「まずいんじゃね?」
「実力はBランクって冗談じゃなかったんだ。」
「確かにBランクの実力があるかもしれないな。」
学生たちがブツブツ言っている。
マエストが倒れているが、治癒魔導師がすぐに駆けつけたから大丈夫?
「シェル、手加減したな。」
「・・・・。」
教官には見えていたようだ。
「シェルは剣が当たる瞬間に力を抜いた。まともに振りぬいていたら場外まで飛んだな。Bランク冒険者が褒めていただけのことはある。よし、剣をこれに変えろ。」
渡されたのは竹の棒3本。
「これなら思い切り振っても大丈夫だ。沢山あるから折れたら自分で補充しろ。とりあえず予備を腰に差しておけ。」
???
「全員でシェルに掛かれ。一発でも当てたら今日の最高点を付けてやる。」
「ええっ。」
冗談じゃない。剣と打ち合ったら竹の棒なんて一撃で折れちゃうよ。
「始め!」
って、もう始まったの。
避ける。避ける。避ける。
ひたすら避ける。
打ち合ったら竹の棒が折れるのでヒョイヒョイと避ける。
時々飛び込んで竹の棒を振る。
コ~ン。
やっぱり音が悪い。
避ける。
コ~ン。
竹の棒が折れた。
予備の棒に持ち替える。
避ける。避ける。
コ~ン。
避ける。コ~ン。
当たった生徒も3人に一人はすぐに立ち上がって向かってくる。
避ける。避ける。
コ~ン。
結構楽しい?
避ける。避ける。
コ~ン。
避ける。コ~ン。
「そこまで!」
残っているのは女の子8人だけ。
うん、女の子を叩く勇気は無い。
父さんには言い返した事があるけど、母さんには逆らおうと思う事すらなかった。
そんな恐ろしい事をするくらいならドラゴンと戦った方がましだ。
父さんが言っていた。
”世の中には逆らって良いものと悪いものがある。お天道さんと女性には逆らうな“
父さんは絶対に母さんに逆らわない。
父さんの言葉はいつも真実だ。
授業が終わって食堂に誘われた。
俺はいつもの日替わり定食。
日替わり定食が体に良いと教授が言っていた。
今日はパスタとパンとスープ、うん美味しい。
「シェルは何で女子と戦わなかったんだ?」
「・・・・。」
「そうそう、女子の剣は避けるだけで一度も打ち返さなかったよな。」
「怖い。」
「へっ?」
「父さん優しい、母さん怖い。」
「・・・・、そうなんだ。」
「母さんは”襲われたら躊躇なく殺せ“、父さんは”なるべくなら殺すな”。」
うんいつも心に留めている言葉は普通に話せた。
俺はやればできる子だ、どうや。
「確かにお母さんの方が怖そうだな。」
「うん。」
「シェルの生まれはどこだ?」
「山。」
「山?」
「うん、山。」
「山ってどこの山だよ。」
「川を下った、王都の森。」
「何だそれ。自分の生まれた場所も判らないのか?」
「うん。」
「歳は?」
「知らん。」
「よく生きていられたな。」
「うん。」
今までに死にかけたのは、お姉さんのおっぱいに埋もれた時と首を絞められた時だけ。
あれ、やっぱり女性は恐ろしい?
戦わなくて良かった。