25 リンゴパイ
翌朝、トレーニングついでに寝床の周りを探検した。
馬場の横に大きな厩舎。
馬は10頭程でがらんとしている。
馬場の向こうには高い壁沿いに目隠しの林がある。
手入れの行き届いた大きな庭園や綺麗な花壇もある。
庭師らしいおっさん達が働いている。
大きな建物があった。覗いてみると農機具や肥料が置かれている。
小川の水を引き込んだ洗い場や炊事場がある。奥の部屋はおっさん達の部屋?
少し離れた所にも大きな建物、鍛冶場だった。
炉や竈、水桶や工作道具。一通りの物は揃っている。
ここも使って良いのかな、後で聞いてみよう。
およそ1km四方?の敷地、広い。
こんな広い所を使って良いの?
使うのは木と鍛冶場と食堂だけだし、空き屋敷って言っていたからいいか。
食堂に行く。
「陛下より貴族の来客はお断りするよう申し遣っております。シェル商会やギルドなど閣下のお知り合いはお通しさせて頂くことで宜しいでしょうか。」
執事のおっさんに聞かれた。
「うん。閣下、嫌い。」
「シェル様で宜しいでしょうか。」
「うん。」
「使用人達にも伝えておきます。」
「うん。」
食事が運ばれてきた。
執事長と侍従長、メイドが2人立っている。
見られながら食べるのは嫌。
「一緒に食べる。見られる、嫌い。」
「承知致しました。」
メイド長と侍従長はもう食事を済ませたと言う事で、執事長と料理長、メイド一人が同じテーブルに着く。
うん、この方が美味しく食べられる。
屋敷の中はどこでも好きに使っていいと言われた。
食事の後は鍛冶場でポーション作りをする。
中級ポーションの材料は揃ったが、配合は試行錯誤。
時々王宮の禁書庫に調べに行く。
近いので便利。
食事の相手は日替わりになった。
自己紹介をしてくれるが名前が覚えられない。
おっちゃん、お姉さんで統一。
おばさんはダメだと料理長に言われたから。
社交シーズンが始まって忙しくなった。
朝からシェル商会で精霊水作り。ついでにポーション研究、時々美容クリーム。
作業をしながら昼食。夕方屋敷に帰る。
暫くは奴隷生活らしい。
最初は恥ずかしかった門番さん達の“行ってらっしゃいませ””お帰りなさいませ“にも慣れた。
夕食は執事長と侍従長が同席して一緒に食事をしながら翌日の予定確認。
「陛下がお屋敷を訪問なされたいとのことですが、ご都合は如何ですか?」
「いらん。」
「うっ、・・・カリメア国王陛下がご一緒なのですが。」
カリメア国王? 知らん。
「いらん。」
「カメリア国王陛下が自慢のリンゴパイをアツアツのうちにシェル様に食べて頂きたいと料理長を連れて参るそうですが。」
「食べる。」
皆が息を吐く音が聞こえた。
息を止めていたの? 息をしないと死んじゃうよ。
「明日はシェル商会のお仕事で御座いますから、明後日の午後と言う事で宜しいでしょうか。」
「うん。」
「ここは何?」
初めての2階。
「客間で御座います。」
「使って良いの?」
「勿論で御座います。隣にはシェル様の執務室が御座います。」
「シツムシツ?」
「書類関係のお仕事をする部屋で御座います。」
「書類は嫌い。」
「3階にはシェル様の私室と奥様のお部屋が御座います。」
「奥様?」
「いずれおくさまをお迎えした時の為の部屋で御座います。」
全然判らない。まあいいか。
陛下のおっさんが来た。
一緒に来たおっさんに見覚えがある。
確かめっちゃ美味しいクッキーを食べさせてくれたおっさんだ。
「えっと、クッキーのおっ・・陛下?」
危ない、執事長におっさんと呼ばないように言われていたのを思い出した。
「覚えていて下さったか、その節は世話になった。」
「うん。」
「カリメア王国のクッキーは美味しかったか?」
陛下のおっさんに聞かれた。
「うん。1番美味しかった。」
カリメアのおっさんが嬉しそうに笑っている。
「カリメア国王陛下より、お土産にクッキーを頂いております。」
執事長が教えてくれる。
「ありがとう。そうだ、これお礼。」
グラーフから預かった箱を渡す。
「お礼?」
「何か貰ったらお礼。ジョウシキ?」
ジョウシキが何かは判らないが、グラーフが貰いっぱなしは良くないと教えてくれた。
「これは木のお礼。」
陛下のおっさんにも渡す。
「中を見ても宜しいか?」
「うん。」
陛下のおっさんとカリメアのおっさんが箱を開ける。
後ろにいた魔導士のおっさんが覗き込む。
「中級ポーション特上で御座います。」
「「なんと。」」
声が揃った。2人は仲良し?
「シェルが作ったのか?」
「うん。」
カリメアのおっさんが固まっている。
「シェルとはこういう奴だ。俺は何度も驚かされその度に引っ繰り返りそうになった。」
「大変な御仁とは伺っておりましたが、いやはや恐れ入りました。」
「大国カメリアの王がわざわざ足を運ぶだけの価値がある男であろう。」
「まさしく。」
そこへメイド達が良い香りがする焼き立てのパイを運んできた。
「美味しい。」
めっちゃ熱いけど、甘くて美味しい。
「良い屋敷だな。」
「寝床となる木を下げ渡した。この屋敷と使用人は木の付属品だ。」
「はあ?」
「屋敷をやると言ったが断られた。寝床の木は受け取って貰えた。付属品として屋敷と使用人を付けた。」
「成程、そう言えばスンラフ王国でも王宮の中庭に生えている木の上で寝たと聞いたな。王妃の恩人を木の上で寝かせてしまったと国王が頭を抱えていたそうだ。」
「スンラフ王妃はそなたの妹であったな。」
「悪い魔導師に付き纏われていたので国外に出したのだが、呪いを掛けられた。シェルには助けられてばかりだ。」
「シェルは小さな事を気にする男ではない。シェルに求められた時に手を貸せばそれでよいと諦めることにした。そなたもそうすればよい。」
「だが大陸1の大国としてはそれでは済まされぬ。寝床の木か、良い事を聞いた。」
おっさん達が楽しそうに話しているので俺はアップルパイを楽しめた。
社交シーズンが終わり、精霊水の仕事が減ったと思ったら中級ポーションを作らされた。
外国の王室に献上するとシェル商会の仕事がやり易くなるらしい。
結構手間が掛かるのでめんどくさいが南国産の珍しい果物をくれるというので頑張った。
冬が終わる頃に陛下のおっさんが来た。
「カリメア王国の王立学院で学ぶ気は無いか?」
「お勉強?」
「そうだ、シェルは話すのが苦手だ。そして礼儀作法にも疎い。秋にはシェルも14歳になる。大人になって困らぬように今のうちに学んでおいた方が良い。」
まあそうだ。でも何でカメリア?
「カメリア国王が良い寝床になる木を見つけた。食堂も近くに用意して、週に1度はアツアツのアップルパイを食べさせてくれる。王宮の禁書庫には大陸1の蔵書が有る。いつでも読みに来て良いそうだ。」
「行く。」
「但し、シェルの国はここアリタイだ。カリメアから寝床の木に直接転移して良いから、週に何日かは戻って欲しい。」
「うん。」
戻ってこないとグラーフに怒られるから戻って来るよ。
王宮の禁書庫で通信の魔道具についての記述を見つけた。
冒険者ギルドも商業ギルドも使っているが、めっちゃ高価で一般には流通していない。
ギルドのような高性能な魔道具は無理だが、1対1の簡易版なら作れない事も無い。
幸いなことにアイテムボックスには素材となる宝石があったし、使う時に必要となる大きな魔石も沢山ある。
少し時間が掛かったが、試作品が出来上がった。
グラーフに見せると早速登記の手配をしてくれて、シェル商会用に5個作ってくれと頼まれた。
「めんどくさい。」
1個目は作る楽しみがあるけど、2個目からはあまり楽しくない。
「南国産の蜂蜜が手に入った。紅茶に入れると甘くておいしいぞ。」
「作る。」
1個作る度に小さな瓶に入った蜂蜜を1個くれた。
美味しいのですぐになくなる。
頑張ってもう1個。
夏の間に5対の通信魔道具が出来上がった。
でかい。
広い庭園のはずれに聳え立つ大きな木。枝ぶりも良くて寝る場所は選び放題だ。
少し離れた所に3階建ての屋敷。
「どうじゃ、見事な大木であろう。」
「うん。」
「この木のお蔭で陛下に恩を売ることが出来た。シェルに感謝しておる。」
「よかった。」
この屋敷は宰相の屋敷だったのを陛下が空けさせたらしい。
迷惑を掛けたのではと思ったが、喜んでいるのでほっとする。
「全てアリタイ同様にするよう執事長に命じてある。アリタイ同様に過ごすが良い。」
「うん。」




