16 初めてのお買い物
「まずは状況説明をして貰おう。」
警備兵が3人の男と周囲にいた学生達に事情を聴き始めた。
俺はマエスト達とのんびり食事。
「バカだな。」
「ああ、バカだ。」
「新入生?」
聞いてみた。
「そう。最初に足を掛けたのが侯爵家の嫡男、あとの2人は取り巻きの子爵家3男と男爵家の嫡男だ。」
マエストの連れが説明してくれた。
「詳しいな。」
「マエストも少しは貴族の事を覚えろ。」
「貴族より剣の技を覚えた方が良い。」
「シェルに一太刀浴びせれば父上から家宝の剣を譲って貰えるんだったな。」
「おう。」
「失礼ですがお話を伺わせて頂いても宜しいですか?」
警備隊長さんが来た。
妖精の剣を狙った強盗事件で何度もお世話になった顔見知り。
「うん。」
「俺達は食事が済んだし、シェルが入って来たところから見ていたので説明するよ。」
マエスト達が俺に代わって説明してくれた。
しゃべるのは苦手だから助かる。
俺は食事を再開する。
「何か補足する事は御座いますか?」
「無い。」
俺は避けて結界を張っただけ。何もしていない。
知らない人間の相手をするよりも食事の方が大切。
人参は嫌いだが我慢して食べる。
大きくなるには好き嫌いはダメと教授に言われたから。
俺の答えを聞いて警備隊長が後ろでマエストの話を聞いていた3人に向かい合う。
「どうだ、このちびが貴族である俺達をからかって恥を掻かせたことに違いは無かったであろう。直ぐにこのちびを処罰しろ。」
まだ怒っているらしい。
「要するに、食事を運ぼうとしたシェル閣下に足を掛け、転倒させて恥を掻かせようとした。それが失敗したので尻を蹴って危害を加えようとした。それも失敗したので体当たりで小さな体を弾き飛ばそうとして逆に弾き飛ばされた。腹が立ったので剣を抜いて3人で切り掛かった。以上ですな。」
「シェル閣下?」
「Sランク冒険者で名誉学院長のシェル閣下だ。3大公爵閣下と並ぶ公爵待遇で陛下のご友人でもある。貴様らは公爵家の当主に恥を掻かせようと悪さをしたが失敗したので、3人がかりで公爵閣下に切り掛かった。それでも傷つける事が出来なかったので罪をでっちあげて警備隊に逮捕させようとした、間違いはないですね。」
「い、いやそれは。」
「事の顛末は直ちに王宮に報告致します。あなた方の父上達も王宮から呼び出される事となるでしょう。早々にお帰りになって御父上にお話しておいた方宜しいかと思います。」
「いや、待て。報告は不要だ。ここでは何も起こらなかった。それでよいな。」
「私はシェル閣下の身の回りで起こったことは逐一報告するよう陛下直々の命を受けております。陛下の命に背くわけには参りません。」
「待て、待ってくれ。」
「早くお屋敷にお戻りになった方が宜しいですよ。」
警備隊長が数人の警備隊を残して引き上げて行った。
トレーを持って避難していた学生達はテーブルに戻って食事を再開している。
3人だけが呆然としている。
「早く帰って親御さんに謝った方がいいぞ。」
「若い時はバカをするもんだ。お前たちが反省の態度を示せば、新入生と言う事で多少は配慮される、かもしれん。」
「まあ公爵家当主に手を出したらどうなるかくらい貴族なら判っているよな。」
「知っていてやったのなら家族は全員処刑、1族は国外追放だ。」
「以前そうなった侯爵家があったな。」
「あれもシェル閣下絡みだったらしいから、今回が同様でもおかしくは無い。」
周りの学生が3バカトリオに声を掛けている。
からかっているのではなく、本当に心配しているようだ。
俺は食事中、マエスト達はニヤニヤしながら眺めている。
「ほらほら王宮からの呼び出しがある前に父上達に説明しておかないと、父上の首が飛ぶぞ。」
「急げ、急げ。お家の1大事だ。」
学生達に急かされて、3人は脱兎のごとく食堂から走り去った。
「盗賊が少ない。」
ギルマスに苦情を言った。
「王都には盗賊喰いがいるからな。」
ギルマスは平然としている。
「そうなの?」
「おう、盗賊の間では有名だから社交シーズンでも王都に近寄る盗賊は少ない。」
「盗賊喰いって強い?」
「ああ、Sランクだ。」
「会いたい。」
「お前はバカか? 盗賊喰いはシェル、お前だ。」
「へっ?」
「お前の二つ名が盗賊喰いだ。」
知らなかった。
「・・・、盗賊来ない?」
「来るのはちんけな雑魚だけだな。」
「ぐぬぬ。」
王宮は貴族が大勢ウロウロしているので書庫に行くのは嫌。
盗賊はいない。
山に籠って訓練することにした。
いつものルートで山を駆けまわる。
時々空歩や飛行魔法、短距離転移を混ぜる。
制御が難しくて見えている所にしか転移が出来ないが、縮地とは違って敵の後ろに転移する事も出来る。
小さな事からコツコツと。
何度も練習すれば制御の精度も上がる筈。
走り回りながら斑蛇を探す。
生きている間は魔法無効の魔獣だが死んだ後の皮は魔法軽減の効果になる。
生きている斑蛇を精密鑑定で分析すれば何か判る気がした。
第3と第4胃袋は魔法袋の素材になるし、毒蛇なのに肉には毒が無くて凄く旨い。
急所は毒を吐く瞬間に開ける口の中。
毒袋を傷付けないように上あごから脳に向かって光弾を撃つ。
黄斑蛇を発見。
今回は少しの間でも生きていてほしいので光弾を小さくして動きを止める。
まだ生きている間に隠蔽で近づいて精密鑑定を掛ける。
う~ん、判らん。あっ、死んだ。
血抜きをして解体。
肉と素材をアイテムボックスに収納する。
命を奪ったら出来るだけ役立ててあげるのが魔獣に対する礼儀。
走る、飛ぶ、転移する。
紫斑蛇を発見。
ギリギリまで接近して毒を吐くタイミングを待つ。
光弾を少し急所から外したら結構元気に動いている。俺を攻撃する余裕は無いようだ。
近づいて精密鑑定を掛ける。
「ええっ。」
思わず声が出た。
斑の一つ一つが魔法文字に近い文様になっていて、体全体で魔法無効の魔法陣になっている。だから解体したら魔法陣が壊れて魔法軽減にしかならない?
2か月の山籠もりで10数体の斑蛇を倒したが、黄、紫、黒、色や模様は違うのに、どの斑蛇も体全体では一つの魔法陣になっていた。
魔導師が描く魔法陣は丸いが、形はどうでもよく、問題は魔法文字の配列?
また研究課題が増えた。
年越しの休暇も終わり、貴族が王都を離れて領地に向かう。
入れ替わるように王都に戻った。
まずはシェル商会に行って、グラーフに帰還報告。
これをしないと怒られる。
商会はごく普通の店舗だが、裏に広いスペースが有って数台の馬車が停まっていた。
前にも見たことのあるおっちゃんが荷物を担いで馬車に乗せている。
ふとおっちゃんの手に目が向いた。
カサカサで所々ひび割れを起こしている。
「おっちゃん、手痛くない?」
「シェル様か。痛いぞ。冬は毎年こうだから慣れてるがな。」
ちょっと可愛そう。
傷を治す薬草、肌を活性化する栄養剤、肌を守る保湿薬、乾燥を防ぐ油、成分を吸収し易いようにする魔力水、色々な成分が頭の中で検索される。
うん、出来そう。
庭の隅に行って盗賊のアジトから貰って来た竈と鍋を出す。
薬草を煮詰め、磨り潰した薬草と黒角馬の油を混ぜる。
水分は足りているので魔力を注ぎ込みながら乾燥スライムの粉を入れてねっとりするまで混ぜた。
うん、出来た。
アイテムボックスにあった空の小瓶を浄化して出来たての薬を詰めた。
「おっちゃん、薬。」
「え、なんだ? 薬?」
「手に朝、昼、晩、塗る。」
「お、おう。ありがとな。」
商会の事務所に行くとグラーフがいた。
グラーフの手も荒れている。
「手の薬。朝、昼、晩に塗る。」
さっき作った薬をグラーフにもあげた。
グラーフが差し出した何枚かの書類にサインする。
「商業ギルドから急ぎの依頼です。精霊水が足りないそうです。」
「はあ。」
帰るなり商業ギルドに行くことになった。
大量に作っておいた精霊水が完売して予約が溜まっているそうだ。
すぐに作れ、早く作れ、もっと作れ。
商業ギルドは鬼だ。
ギルマスやサブギルマスの手も荒れていたので薬をあげた。
翌日も精霊の水作り。
樽に水を注いでいると、ギルマス達がグラーフを連れて作業場に来た。
薬のレシピと効能、代替素材と効能の変化などを書けという。
「水はいいの?」
「シェル様なら水を注ぎながらでも書ける筈です。」
商業ギルドは鬼だ。
連日水作りと書類の作成。
1週間連続で働かされた。
ようやく商業ギルドから解放されてレイおじさんの所に行く。
”成る程、魔法文字か“
”崩し文字の魔法陣が前期古代文字の本にあったけど、それらしい形であれば魔法として発動できるみたい“
”儂も調べてみよう。そうだ、斑蛇の毒袋と肝臓を貰えるか?“
“いいよ、沢山あるから欲しいだけ取って”
レイおじさんとは念話が通じるので話すのが下手な俺にとっては良い相談相手。
転移魔法もレイおじさんのアドバイスで魔力制御の精度が上がった。
俺は素材と研究テーマを提供、レイおじさんは知識とアイデアを提供してくれる。
長い言葉で話せる唯一の相手、俺にとっては貴重な存在。
毎回おしめを替えた事を言うのが唯一の欠点。
俺は11歳、この間測ったら順調に伸びていて129㎝。今もう130㎝ある筈だ。
もうおしめはしていない。
今日の訓練には教官が付き添っている。
「まずはあそこの屋台よ。」
「うん。」
屋台に堂々と近づく。
ここで怯むと甘くみられるのだ。
「串焼き1本。」
「はいよ。」
串焼きを受け取り、用意していた銅貨2枚をおっちゃんに渡す。
「ありがとよ。」
「うん。」
どうや。
俺はやればできる子だ。
「まあまあね。次は銀貨で払ってお釣りを貰うの。ちょっと難しいわよ。」
屋台に向かう。
「1杯おくれ。」
「はいよ。」
困った。スープにパンがついている。
パンを口にくわえてスープの椀を受けとり銀貨を渡す。
お釣りの銅貨7枚を掌で数えて小銭袋に入れ、・・。
片手にスープ、口にパン。銅貨7枚を持ったままの片手では小銭袋の口を開けられない。
この試練を超えるには手をもう1本増やす魔法が必要なのか?
コマンの顔を見る。
「スープをそこの台に置いてお金を仕舞いなさい。」
スープを屋台の台に置いて銅貨を小銭袋に入れて服のポケットにしまう。
スープを持ってもう片方の手で口に咥えていたパンを持つ。
出来た。どうや。
「屋台は値段が書いてあるから買う前にお金を用意しやすいけど、普通のお店は交渉で値段を決めるのよ。最低が銅貨1枚だから、3個で銅貨1枚の木の実を1個買っても銅貨1枚だから注意してね。」
「うん。」
前期古代語よりも難しそうだ。
辞書は無いの?
「笊に盛っている物は、1個だと銅貨1枚にならないものが多いの。値段も聞かないと判らないし、聞いた時に言う値段は大抵本当の値段の倍。言い値で買ってはダメよ。」
「うん。」
「あのリンゴを買ってみなさい。」
「うん。」
市場のお店に入る。
「リンゴ。いくら?」
「銅貨5枚だ。」
言い値は倍、半分は銅貨2枚半。
半ってどうなの?
難しすぎて涙が出そうになる。
コマンさんを見上げる。
「はぁ。ねえ、銅貨2枚にして。」
「銅貨2枚じゃあ儲けにならん、3枚だな。」
「おじ様、お願い♡。」
コマンさんが小首を傾げて上目遣い。
「奇麗な姉ちゃんに言われたらしょうがないな。2枚でいいぞ。」
「ありがと♡。」
なんだこれは。
難しい、難しすぎる。
俺には絶対に無理。
標準値段を表記する鑑定魔法を作る決意をする。
レイおじさんに相談したら、稀少の鑑定は出来ても市場価格の鑑定は無理だと言われた。
ぐぬぬ。
読んで下さってありがとうございます。
現在 馬丁爵、竜騎士、自由人、闇と光の4作品を毎朝6時10分に投稿中です。お目汚しになるかも知れませんが他作品も一度覗いて頂ければ幸いです。
今は4作同時投稿は書く量が多すぎて無謀だったと反省中。それでも第1目標の1ヶ月連続投稿と第2目標の投稿作品の完結に向け、頭を搔きむしりながら無い知恵を絞っています。
目標達成を目指して頑張って書き書きするのでこれからも宜しくお願いします。
厚かましいとは思いますが、完結すると現状ではほぼポイントが無くなるので少しでも評価を戴けると執筆の励みになります。宜しくお願いします。




