第8話 魔法少女達それぞれの放課後
「今度の今度の今度こそ、絶対倒してやるからなー! ドロン!」
捨て台詞を吐いて、魔王の幹部の1人ドロドロンが地面に潜って退散する。
「ふー、今日はあっけなかったわね」
「それだけ私達が成長したという事です!」
「うん、今日は連携バッチリだったね」
変身を解いた魔法少女達が勝利を祝しハイタッチを交わす。
公園の時計は昼3時を指している。いつも夕方近くまでかかる事が多いため今日はスピード決着だ。
「これからどうします? 皆さんでかくれんぼでもしませんか?」
「かくれんぼっていくつよ…。私は帰ってピアノの練習をするわ。コンクールが近いの」
「ごめんなさいミソラちゃん。私も買い物と夕飯の支度があるから…」
「分かりました! では私は学校に戻り部活に顔を出してきます!」
「部活って、茶道部だよね?」
「はい! お茶とお菓子をいただける、来たい時だけ来ればいいゆる~い部活です!」
「何度聞いても似合わないわね…」
「いいなー…、そんな部活なら私でもできそう…」
「高校生になれば家事で忙しい早苗さんでも入れる部活がありますよ! ウチの高校はそんな部活ばっかりです!」
「そんな部活ばっかりではないでしょ…」
「アハハ…。じゃあまた明日…」
ミソラとすみれ、早苗がそれぞれ別々の方向へ散って行く。
まるで、バラバラの彼女たちを表すように。
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一心不乱にピアノの鍵盤を叩く音が室内に響く。
違う、こんなの音楽じゃない。
西園寺すみれは鍵盤から手を放し、オーディオのスイッチを入れる。
コンクールの課題曲をプロが演奏しているCDだ。
「…うん、こんな感じかしら」
音源に合わせて自分もピアノも弾いてみる。
同じ曲を弾いていても人が違うだけで全然違う物になるから不思議だ。
コンクールで聞いてもそれがはっきりする。
同じ曲ばかり聴かされて退屈に感じる演奏と、同じ曲なのに新鮮に聞こえる演奏がある。
そして、自分の演奏は退屈に感じられる演奏である事をすみれは自覚していた。
「すみれさん」
「お母様」
「調子はいかがかしら?」
「…まだまだです。もっともっと練習しないと」
「ご自分で分かっているのならいいのです。もっと練習なさい」
「…はい、お母様」
それだけ行って去って行く母の足音が遠ざかるのを確認して、すみれがため息を吐く。
練習しても練習してもダメだから悩んでいるのに、分かってもらえない。
自分はこれ以上行けないし、プロにもなれない。
ピアノの事は元々好きじゃなかった。
でも弾かないと怒られるから弾いていた。
子どもの頃はずっと、泣きながら弾いていた。
ちゃんと弾けるようになるまでレッスンが終わらず、何回も同じ曲を弾かされた。
これでピアノを好きになれという方が難しい。
否、本当に才能のある子はピアノが本当に好きだという演奏をする。
きっと彼ら・彼女たちは、つらい練習もつらいと思わず練習できるのだろう。
本当にピアノが好きで楽しんでいる人間には一生勝てない気がする。
「私、本当は…」
何かを言いかけたすみれ、
しかし彼女は自分の気持ちを押し殺し、唇をぐっと噛んでピアノの練習を再開させる。
その音は、彼女の気持ち同様バラバラだった。
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集合住宅のドアを開けると、散らかった玄関が自分を出迎える。
散らばった靴を揃えながら、早苗はため息を吐く。
その手にはパンパンに膨らんだマイバックが痛いほど食い込んでいる。タイムセールの戦利品達だ。近所の激安スーパーで争奪戦を繰り広げて手に入れてきた肉や野菜や卵が詰まっている。
今すぐ横になりたい気持ちをぐっと堪えて、早苗は台所へ向かう。リビングでは弟が床に寝っ転がってゲームをしていた。
炊飯器を開くと、案の定お米が洗われていない。
「ユウタ! ご飯洗っておいてっていったでしょ!」
早苗の言葉に弟が反応を示す。
けれどもすぐに、またゲームに向き直った。
「ユウタ! ゲームはお米洗ってから!」
「うっせーブース!」
怒っても迫力がないと言われる早苗の叱責に弟が罵声を浴びせる。
罵声を浴びせても、両親にチクられるのが嫌なのかゲームを中断し音を立てて台所にやってきて、わざとらしいほど音を立ててお米を洗い始める。
私はゲームすら買ってもらった事ないのに。お姉ちゃんだからという理由で色々我慢させられている早苗が泣きそうな気分になる。
でも泣いたって仕方ない。早苗はマイバックから買ってきた物を取り出し冷蔵庫に入れる。
両親が共働きなので家事は自分の仕事だ。小学生の頃からずっとそうしてきた。
それが当たり前だと思ってきた。
私だって、部活したり塾に行ったり友達と遊んだりしたいのに。
作り置きをしたり、妹が手伝ってくれるようになって、ちょっとだけ余裕が作れるようになったけど早苗には普通の中学生の生活は送れなかった。
心配した学校の先生が行政に相談したけれど『家事代行を頼めば』『お母さんが専業主婦になれば』『もっと給料のいい所に転職したら』とトンチンカンな解答が返ってきて早苗の心は凍り付いた。
ウチにいかにお金がないか中学生の早苗はよく知っている。家計の管理も自分の仕事だからだ。そんなウチに家事代行を頼む余裕なんてないし、両親は精一杯働いてくれている。これ以上どうすればいいんだ。
子育て世帯の給付金は政治や首長やお役所の気分でコロコロ変わる。
子どもが3人いる世帯は増えるというニュースに喜んでいたら、ウチは当てはまらないと知りぬか喜びに終わったのはつい最近の事だ。
お金があれば、もっとお金持ちの家に生まれていたらこんな思いをせずに済むのに。
同じ魔法少女の1人、西園寺すみれのお屋敷を思い出し早苗の心に黒い物が広がる。
大きなお庭に大きなピアノに大きなお部屋。自分の部屋なんて早苗にはない。弟妹と3人で一部屋だ。着替えはお風呂場でする。
ミソラがどんな家に住んでるか分からないが、親が政治家というくらいだから経済的には恵まれているだろう。その割にいつも制服かジャージだが…
「あの2人は、私とは違う」
汁物とおかずを作りながら、早苗は独りごちる。
あの2人の事は嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、友達とは思っていない。
同じ魔法少女だから一緒にいる仲だ。
あの2人よりクロカゲさんの方が仲良くできそうなくらいだ。あの人は何だか苦労してそうだ。
5時の音楽がなる。保育園のお迎えの時間だ。早く迎えに行かないと妹がぐずってしまう。
弟に迎えに行って欲しいけれど、当てにならないので自分が迎えに行くしかない。
「なんで、私ばっかり」
早苗は何度目かになるか分からない愚痴を、そっと火を止めた鍋の中にこぼした。