第29話 魔法少女、魔王の幹部にぶつかる
「フッ! フッ! フッ!」
ウスグラーイ領ウスグラーイ城の道場。
マジカル・シャイニングに変身したすみれが、クロカゲの作った影人形を相手に稽古をする。
「もういいだろう。今日はこの辺にしておこう」
「そうね。フーッ……」
かれこれ1時間、休まず組み手を続けたすみれが変身を解きマットの上に大の字に横たわり大きな息を吐く。
影人形はいくら打っても叩いても蹴っても倒れない理想の練習相手。すみれはずっと、クロカゲの影人形を相手に組み手を続けていたのだった。
「シャワー借りるわよ」
「ああ、お好きにどうぞ」
クロカゲと掃除を終えたすみれが、いつものように道場を出て城の中のお風呂へ入っていく。
電気やガスではなく魔力で動くというシャワーはいつでも適温で気持ちいい。
ボディーソープとシャンプーで念入りに身体と髪を洗い、お湯で洗い流したすみれが気分良くお風呂場から出てくる。
更衣室の鏡の前で化粧水を塗り、朝少し失敗してしまった眉を整え鏡の前でしっかりチェックする。
「…相変わらずキッチリしてるわね」
几帳面らしいクロカゲの手による整理された洗面台にすみれが感心する。
掃除も細かくしてるのだろう、洗面台も鏡もピカピカだ。
スキンケア用品や除毛カミソリが目に見える所に置いてあるのは減点対象だが、身だしなみに気を使っているというのはポイント高い。
「…」
ミソラと付き合いだしてから気を使い始めたのだろうという事に複雑な思いを抱くものの、気を取り直してすみれが服を着て更衣室を出る。
これからクロカゲに、大事な話があるからだ。
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クロカゲが用意した冷たい飲み物を飲みながら、すみれが一息吐く。
今日もクロカゲは黒いシャツに黒いズボンといういつもの格好だ。いつもの格好だが、ピシっとした新品を身につけている。髪も整えられており、整髪剤も使っているようだ。
前は色あせてすり切れた服を身につけて髪もボサボサに伸びきっていたのにえらい違いだ。
猫背だった姿勢も今はまっすぐに正されており(ミソラに怒られた)、167cmあるすみれでも少し見上げないといけないくらいの長身だ。肌もキレイで顔のパーツも一つ一つ整っている。クロカゲの素材のよさを見抜いたミソラは慧眼だと言えるだろう。すみれは素直に感心していた。
そんなクロカゲを前にして、すみれは気持ちを整えてから話しかける。
「ミソラと連絡は取れたの?」
「いや、音沙汰なしだ」
「アンタねえ…。仮にも付き合ってる相手でしょ? そんなんでどうするのよ」
「…仮に、じゃなくて付き合ってる相手だ」
「でもひと月会ってないんでしょ?」
「…」
すみれの意地悪な言葉に、クロカゲが眉をピクリと動かした。
ピクリと動かしたが、挑発に乗ってもいい事無いと経験上知ってるので乗らずに話題を逸らす。
「それよりどうするんだ。ゴールキンとの戦いは」
「さあ? 分からず屋で意固地なミソラが折れるまで放っておくしかないんじゃないかしら?」
挑発に乗らなかったクロカゲに、すみれが更に試すような言葉を投げかける。
「…随分と意地悪なんだな。仲間なのに」
「ええ、私は仲間と思ってるわよ。でもミソラはそう思ってないみたいだから」
「…」
「アンタ…、ミソラの事どうするの?」
何やら考えているクロカゲに、すみれが問いを投げかける。
「どうするって……どうしようもないだろ。連絡つかないんだし」
「今じゃなくて、ジャ=アークが倒した後の話よ」
「…」
まばたきもせずにこちらを見てくるクロカゲの瞳、それを見返しながらすみれが決定的な質問を投げかける。
「アンタはマジカル・ワールドの住人、ミソラはリアル・ワールドの住人。この戦いが終わったらどうするの?」
「…」
これまですみれは、ミソラのいない所でクロカゲにその事を突きつけミソラに手を出さないよう言い続けてきた。
クロカゲはミソラには手を出さないと約束しながらも、その事についてはのらりくらりと躱し続けてきた。
「どう、って…」
「質問を変えるわ。アンタはどうしたいの?」
でも今日は逃がさない。すみれは唇を少し舐め言葉を続ける。
「どうしたいも何も…」
「アンタは、ミソラとどうなりたいの?」
感情の読めない表情で、クロカゲがすみれをジッと見てくる。
目を逸らしたいのをこらえ、すみれはクロカゲを見返す。
逃がさない、今日はその答えを聞きたくてここに来たんだから。
「………そりゃあ、ずっと一緒にいたいよ」
「…」
その言葉を聞いた瞬間、
すみれは自分の恋が終わりを告げたのを自覚した。
「好きなんだ、ミソラの事が。どうしようもないくらいに、ずっと」
すみれは気づいていた。
クロカゲが自分の気持ちに応えるどころか、自分の気持ちに気づく事すらないだろうと。
クロカゲの心の中はミソラでいっぱいで、自分の入る余地はないだろうという事を。
「…じゃあ、ミソラにマジカル・ワールドに残ってくれって頼むの?」
「そんな事、できる訳ないだろう」
せっかく整えてる髪を右手でぐしゃぐしゃにしながら、クロカゲが表情も歪める。
「ミソラはリアル・ワールドの住人だ。俺とは住む世界が違うし苦労するだろう。親御さんの事だってあるし…」
「じゃあミソラがここに残りたいって言ったら断るの?」
「………」
押し黙るクロカゲ。言葉よりも雄弁な態度にすみれは唇を少し舐め気持ちを落ち着かせる。
ミソラとクロカゲの関係は、一見するとミソラの方がクロカゲに入れ込んでいるように見える。
けれど逆なのだ。
クロカゲの方がミソラに首ったけなのだ。
すみれはどうやって2人が付き合う事になったのか聞いてないが、おそらくクロカゲの方からミソラに対して何らかの行動を起こしたものだと推測できた。
そしておそらく、クロカゲは気づいていない。
それを打開させるために、すみれは一歩踏み込んでいく。
「それがアンタの答えでしょ。アンタはミソラの事が好きで、ここに残って欲しいずっと一緒にいたいと思っている。それがすべてよ」
「しかし…」
「分かったわ」
何か言い募ろうとするクロカゲ、その言葉を遮りすみれが宣言する。
「今度、私がゴールキンに1人で戦いを挑むわ。私がゴールキンを倒したら、ミソラにここに残ってくれって伝えなさい」
「………ハア?」
すみれの発言に、クロカゲが戸惑う。
「ハア?じゃないわよ。いーい? 私がゴールキンを倒したら、ミソラにずっと一緒にいたい、ずっと一緒にいてくれって伝える事、約束なさい。いいわね?」
「………ああ」
すみれの気迫に押され、クロカゲが頷く。
「………何? その小指」
「…いや、なんでもない」
突然小指を出してきたクロカゲを、すみれが不審な目で見る。
小指を引っ込めるクロカゲ、表情には出ないがすみれにゴールキンを倒せるはずないと思っているのは見え見えだ。
すみれは対ゴールキンに向けてより一層闘志を燃やすのだった。




