第14話
誰かに呼ばれている気がして、目を覚ましたマチルダ。
(意識が戻った?)
つまり自分は意識が今までなかったということである。
いつ気絶したのか、いつ倒れたのか。
思い出そうとするがはっきりとしない。
体を起こして辺りを見渡せば、上も下も全部が白色である。
タジャーハの暴走みたいだ、なんて思いながら立って歩いてみる。
みたところ体は無事らしい。
歩いていると、徐々に頭の中がすっきりとしてきた。
そうだ。
魔導国がマチルダたちの国に戦争を仕掛けてきて。
戦場でマチルダは、暴走したバグザルドとオスカーに、あの能力を使ったのだ。
そしてこの状況を見るに、どうやら計画通りにはいかなかったらしい。
オスカーに担架を切っておいて、恥ずかしい。
それに、
「国王との約束も、守れなかったな…。」
無事に生きて、戻って、奴の名前を呼ぶ。
簡単な約束さえ守れなかった。
すっきりしない。もやもやする。
この白い何もない場所で、上もどこまで続くかわからない場所で、ぐっと伸びをした。
「あーあー!上手くいかなかったなー!!」
〈そんなことはないよ。〉
「わーーーーー!!!!」
〈わーーーーー!!!!〉
誰もいなかったはずの場所に、突如現れた人物。
マチルダが驚いて叫ぶのは可笑しいことではないが、なぜもう一方も驚いているのか。
「な、なんで脅かしといて自分も驚いてるんだ…。てか誰だ!」
〈いや、別に脅かすつもりでは…。〉
なかったんだけど、と呟く人物。
背丈はマチルダほどで、声は男性とも女性とも取れる。
何より特出した特徴といえば、全身が発光していることだ。
足の先から頭の上まで、全部が光り輝いている。
正直眩しい。
〈ごめんね、眩しいよね。でもこれ調整できなくてね。我慢してね。〉
「いや、別に我慢しようと思えばできなくないから問題ないが。」
マチルダの考えが読めるようだ。
諸々含めて多分神のような存在、だと考える。
しかし如何せん、低姿勢であり、親近感を持たせる目の前の存在は、神というにはちょっと違和感がある。
神らしさといえば光っていることくらいか。
〈あ、ごめん。ちょっと待って。一旦待っててね。すぐ終わるから。ごめんごめん。〉
突然慌てだしたかと思えば、何やら他の誰かと会話をしているらしい。
ここにはいない別の誰かとどうやって話しているのだろうか。
〈…もしもし。あぁ、すみません。今ちょっと出てまして。…え?あぁ、***に。…はい。久しぶりのまとまった休日だったんで、今どんな風になってるんだろうって気になりまして。いや~やっぱり最高ですよ!ちょっとしか時間ないですけど、この休日は堪能しちゃおうって前から決めてまして、……………は?仕事?いや待ってください。つい昨日その案件は片付いたはずですよね?なんでまた、……………先方が、また、………え、ま、は、はぁ?いやちょふざけんじゃねぇって突っ返してくださいよ!なんですかそのくだんない理由は!ちょ、ま、まって!せめて1日だけでも!…あ。〉
最後の1文字で、何が起きているのかはわからないが察してしまったマチルダ。
会話が途切れ震えだした目の前の存在は、右手に持っていた四角の薄い箱を強く強く握りしめた。
〈くそが!このブラック会社め!〉
息切れを整えた人物は、見るからにしゅんと落ち込んでしまう。
オロオロとするマチルダを見て、一層悲しそうだ。といっても光だけなのだが。
〈変なの見せちゃってごめんね…。ほんとは時間があったはずだったんだけど、ちょっと今用事が入っちゃったんだ…。いやほんと、まじふざけるなって話でさ、叶うなら行きたくないんだけど、対応できるの私しかいないし、先方が重要な相手で、逃げられなくてね…。ほんとごめんね…。〉
「いや、仕方がないことだ。私は別に怒っていないから、そんな落ち込まないでくれ。」
〈え~私の子、優しすぎるんだけど~!〉
「ん?私の子?」
気になる言葉を解消することなく残したまま、目の前の人物は〈あぁ時間がないんだった〉と姿勢を正す。
〈君の考えている通り、私はこの世界を作った神だよ。今回君をこの場に連れてきたのは、休日だったからってのもあるけど、ちょっとお話しときたいことがあったからなんだよね。〉
それもあのくそ野郎のせいでできないんだけど、とぼやきながら、神の体はどんどん大きくなっていく。
城ほどの高さになった神は、その手にマチルダを乗せて目線を合わせた。
やはりまぶしいまでの光しか見えない。
だがどこか、懐かしく、優しい。
〈ちょっと強引になるけど、君の中に伝えたいこと、伝えとくね。後で他の子たちとも共有しておいて。〉
つん、とおでこを押される。
流れてくる神が伝えたいことに、意識が揺らいだ。
いや違う。これは情報に酔っているのではなく、もっと他の。
神なら、聞きたいことがあるのに、意味ある言葉が出せない。
約束を、守りたいのに。
〈大丈夫。わかってるから。大丈夫。ちゃんと帰れるよ。無事に帰れる。〉
暖かい掌の上で、微睡みに沈んでいく。
声が、遠のいていく。
〈ほんとはゆっくりお話ししたかった。今は、ちょっと無理だけど、また、今度。今度はゆっくり、お茶とかお菓子とか食べながら、一緒に、お話ししようね・・・・―――――――――――〉
優しい声の発光している神。
テーブルの上が埋め尽くすほど一杯に菓子が並べられ、椅子に座り、美しい花々を見ながら談笑する。
マチルダの話を楽しそうに、面白そうに、聞いてくれる。
楽しい話、愚痴、驚くような経験。
話したいことが沢山浮かぶ。これからも、きっと増えていくだろう。
簡単に想像できた”今度”を心の底から楽しみだと思った。
その傍らに、あの筋肉だるまも居て良いだろうか。
〈もちろん大歓迎だよ。ぜひ彼と一緒に。君らのイチャイチャラブラブを、沢山聞かせてね。〉
ちょっと下世話な神の返事が聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
また目が覚める。
神との会合は覚えているが、それから意識がなくなって、どれくらいたったのだろうか。
辺りは先ほどとは一変し、真っ暗闇に包まれている。
光が見えて、マチルダはなんとなしに手繰りよせる。
掌ほどの光だと思ったそれは、近くに来ると大きな光で。
そこに映し出されていたのはマチルダもよく知っている顔。
「小さい頃の、私…?」
自分が特殊能力者であると分かって少し経った、7歳ごろのマチルダが、そこに映っていた。
思わず光に手を差し出す。
光に触れた途端、彼女の体は抵抗するよりも早く光に吸い込まれる。
衝撃に耐え目を閉じていたが、待っても一向に痛みはない。
恐る恐る顔を上げてみれば、そこは見知った森の中。
「ここは……。」
触れたはずの木は、マチルダの体を通り抜ける。
不思議な感覚をしばらく繰り返していると、声が聞こえる。
時間は夜。
声と共に衝撃音のする方へ歩いて行きながら、マチルダはここがどこか分かる気がした。
開けた場所に着く。
「はっ!」
木にぶら下げられた丸太に蹴りを入れたり殴ったり。
その動きはまだ拙いながら、一撃一撃の衝撃音は中々なものである。
態勢が崩れ、その場にへたり込むのは淡く金に光る小さな少女。
こちらに背を向けていても分かる。
あの少女はマチルダだ。
そしてここは、7歳のマチルダが特殊能力の制御のため、特訓場として使っていた森の中である。
懐かしい。
この森は今はもうなくなってしまっている。
その代わりに観光施設が立ち並び、国を盛り上げる一つの主要都市と変わった。
(あれ。森がなくなったのって10年前……。)
今マチルダは17歳。丁度、今目の前にいるマチルダくらいの時に森はなくなった。
理由が思い出せず、うーん?と頭をひねる。
すると少し休憩していた7歳のマチルダが、何かに気づいて走り出す。
慌てて後を追いかけて、少女が止まったのは森の更に奥。
隣国との境界線付近。
まだこの時は、隣国がマチルダの祖国の属国ではなかった頃だ。
互いに警戒しながら好機を狙っている緊迫した状態。
だから、この境界線付近には危ないから近づいてはいけなかった。
隣国の兵士が偵察に来ているかもしれないから。
危ないと7歳のマチルダに声をかけようとしたところでマチルダの動きが止まる。
7歳マチルダが駆け寄るのは木の根元。
木を背もたれに、苦しそうに息をする少年。
月の光に照らされた顔、髪や目の色を見て息が詰まる。
「こ、国王?!」
今よりも華奢であるが、その少年には確かに国王フィンリーの面影があった。
次回、11月29日は2話一気投稿で、尚且つ完結となります。
最後までどうぞお楽しみください。




