第12話
今回のお話はバグザルドが主です。マチルダは最初以外出てきませんので、どうかご了承ください。
バグザルドとルリータ。
2人を突き刺した魔道具が飛んできたのは魔道国の方向。
くそ、と息を吐いてマチルダは2人の方へと走った。
バグザルドは、自分の体に大きな穴が空いたことよりも、腕の中のルリータの呼吸音が気になった。
見れば、腹に突き刺さった魔道具。
ルリータの体が小さいからか、それはより一層大きく見えた。
小さな口から出る、コフー、コフー、という音。
オレンジの瞳は洗脳から解き放たれたおかげで正常に見える。
バグザルドを真っ直ぐに見つめる。
答えるように、彼も瞳を真っ直ぐに見つめた。
思えばルリータは、初めて会ったとき、バグザルドをはっきりと見ていた。
とても距離が離れていたはずなのに、彼女がはっきりと自分を見ていた事に、バグザルドは気づいて、驚いたものだ。
魔道国で魔道具を作ることだけを強要させられた彼にとって、心や感情といったものはいつも彼を苦しめた。
誰かを傷つけたくないという強い思いも、誰かを守りたいという無謀な願いも。
持たなければどれだけ楽だっただろうか。
魔道国の人間が所望する魔道具を拒否すれば、鞭で打たれ、氷水を浴びせられ、食を抜かれ、死ぬギリギリまで追い詰められた。
鞭の痛みで眠れない日は、何度も何度も考えを巡らせる。
拒否しなければ、受け入れれば、どうなるか。
なんと浅はかな。
己の保身のために、誰かを傷つけるのか。
この鞭打ちも、何もかも、邪な考えを巡らせる自分への罰として、受け入れた。
心配してくれる者はいた。
会えるのは、とても短いけれど、それがバグザルドの救いになっていたのも確かだ。
「バグザルドは本当に真面目だ。だからこそ、魔道具創製という能力を手にしたのだろうが。」
金色はいつだって眩しく。
「あぁ、確かに。クソがつくほど真面目だもんな。」
黒色はいつだってつかみどころがなく。
「そういう発言が嫌われる原因って分かってないw」
赤色はいつだって前向きで。
「あら、私は好きよん♡」
桃色はいつだって優しく。
「それってどっち?!青聖の?それとも遥黒の?どっちなの?!⭐︎」
紫色はいつだって周りをよく見てて。
「わかりきってることを聞かないでくださいー。無粋ですよ。」
緑色はいつだって面白く。
「ぉ、ぉ、ぉ、ち、つき、ま、しょ…!」
白色はいつだって暖かくて。
「ちょー!君の方が落ち着いてぇ!また貧血なるよ?!」
橙色はいつだって正直で。
「青聖は、細かいところまで考えられるんだろうなぁ。」
銀色はいつだって、本質をつく。
同じ存在と一緒に僅かばかりの時間を過ごし、言葉を交わす。
心が軽くなり、辛さも薄れた。
だがそれだけだ。
徐々に徐々に溜まっていく苦。苦。苦。苦。
いつまで耐えれば良いんだ。
どうすれば良いんだ。
逃げ出したい。どこかに行きたい。
誰か助けて欲しい。
皮だけを取り繕うことに慣れ、一方で見えない心はどんどん荒んだ。
きっと黒色は見抜いていたんだ。
バグザルドの限界を。
だから、洗脳して仕舞えばいいと言ったのだ。
国を、滅ぼして仕舞えば良いと、言ったのだ。
かつて、彼が自分の国をそうしたように。
しかしバグザルドはできなかった。
誰かが苦しむのは、受け入れ難いことだ。
マチルダは言う。
固い意志だと。素晴らしいことだと。
そんなことはない。
ただ、誰かが苦しんでいるかもしれないと思うだけで、自分の身が引き裂かれそうになるから。
それが嫌だから、誰も苦しめたくないんだ。
心が荒んでも魔道具は作り続けた。
ただ、何故か体が酷く重く感じるようになった。
足から、何かが体にまとわりついて、離れない。
下から上に、登ってくるような、不快感。
早く歩けと鞭を打たれ、着いた場所で、その瞳はバグザルドを真っ直ぐに見た。
トンッ
心臓を射抜かれた。
言葉にしてこれほど的確な表現はない。
あの、真っ直ぐにこちらを見る、オレンジ色が。
今まで頭を巡っていたことをそっちのけで、ずっと、オレンジ色だけが、頭を占める。
後に彼女が自分の鞘だとわかり、鞘とはこれほどまでに、惹きつけられる存在なのかと驚いた。
そのオレンジが。
せっかくの、オレンジが。
今、目の前で、消えようとしている。
何かを伝えようとしているのか、ルリータの口が動くが、言葉としての音は何も出ない。
「あぁ、ごめん。ごめんね。」
バグザルドは猛烈な罪悪感に襲われた。
なんと可哀想な子だろうか。
自分の鞘になってしまったばっかりに、こんな最期を迎えるのだ。
「守り、たかったんだ。君のことを、僕は、守りたかったんだ。洗脳されていても、いい。そんなの関係ない、構うことじゃない。だって、君は、僕のことを、救ってくれたんだ。」
あの日々から。
ルリータという存在だけで、彼女がいるだけで、救われる心地だった。
「…僕は、やっぱり、マチルダたちのようには、カッコつけられないな。」
状況も、言葉も、何もかも。
良いものは何も思い浮かばない。
彼女は死ぬ間際だというのに、こんな化け物と一緒にされて、こんな閑散とした場所で、腹を刺されて、最悪だろう。
しかも腹を刺しているものを作ったのは目の前の男だというのに、その男に抱えられていて。
「ごめんね、巻き込んで、しまって。僕の鞘にさえならなければ、君は、もっと、幸せになれていただろうに…。」
鞘という運命に引っ張られ、彼女の人生を不幸にしてしまった。
鞘でなければ。
彼女はバグザルドと出会うがために、運命から奴隷に身を落とされなかったかもしれない。
普通に生きて、普通に恋をして、愛し、愛されて、ただの人間としては長い年月を生きて、死ぬことができたのかもしれない。
だというのに、バグザルドの鞘になってしまったばっかりに。
自分で想像しておいて、バグザルドはルリータの空想上の恋人に、夫に、嫉妬しているのだ。
愚かな。
彼女は鞘だからと。
自分の運命だからと、まるで自分の所有物だとでも思っているのか。
だから、この手を、まだ、離せずにいるのか。
自分の気持ちさえままならない。
「あぁ、君は、なんて、可哀想なんだ……。」
こんな、運命を辿らなくても、よかっただろうに。
虚ろになっていくオレンジの瞳。
命が尽きかけていると悟る。
ピクリと、彼女の腕が僅かばかり動き、持ち上げられた。
何を、するつもりなのか。
注意を向けていたが、その手は目的を達する前に、力をなくす。
まだ体温は消えていない。
しかし、もう見えなくなったオレンジ色が、全てを語っていた。




