第11話
辺りを足と目に能力をかけて探し回っていたマチルダは、1人不穏な動きをする人間を発見する。
「ヒィ!!!」
マチルダを見るや悲鳴を上げて逃げる。
「私はバケモノか。」
軽やかに人間の前に降り立つことも可能だが、威嚇も込めて力強く地面に着地した。
土煙が開け、マチルダの目に映ったのは腰を抜かして震える人間。
「そんな反応をされると傷つくぞ。」
腕には、杖のような魔道具。
しかし魔道法師たちが持っていた杖とは異なる。
少し短く、そして全体に棘が付いた蔦が纏わりついている。
「うーん。これが、相手を洗脳するための魔道具か?」
別にたずねた訳ではなかった。
ただ自分の疑問を口に出しただけだ。
しかしそれを疑問と捉えた人間は、マチルダを前にして震えながらも好奇と捉える。
「ちが、ちがう!」
「お。そうなのか。」
報告にあがっていたマチルダの人間性は、感受性豊かで人の貴賎に関わらず分け隔てない。
特殊能力者ゆえに、人間のことをあまり気にしない性質なのかもしれないが、詰まるところ純粋で人を疑わない。
敵である自分の言葉を素直に受け入れたところを見るに、この考えは正しい。
このままマチルダを騙して逃げよう。
いや、逃げるだけではもったいない。
バグザルドだけではなく、マチルダも、魔道国の特殊能力者にしてしまえば、
(我々の国はさらに豊かに…!そして私の地位も、確固たるものに…!)
未来に想いを馳せていた人間は、突如自分の体が浮かび上がったことで意識を戻す。
浮かび上がったとは言っても、マチルダに抱えられているだけだ。
「え。」
「それが洗脳する魔道具かの成否は私には判断できない。バグザルドに見せれば分かるだろう。」
「なっ、やめろ!そんなことをする必要はない!」
そんなことをすれば、すぐにバレて自分の身が危ないじゃないか!
叫び暴れる人間を片腕に抱えたマチルダは首を傾げた。
「本物なのであれば、何を慌てる必要があるんだ?ただ見せるだけ。それとも、見せられない理由でもあるのか?」
金色の瞳に見つめられれば、人間はあまりの恐怖に何も言えなくなってしまう。
何か、何か言わなければならないと思うのに、喉がヒリつき声が出ない。
何も言わないことを了承と捉えたマチルダはそのまま飛び上がった。
目的のものはすぐに見えてくる。
フィンリーはいち早くマチルダに気付いた。
「おーい!」
上空から響く声。
オスカーが顔を上げた時には、すでに人間を抱えたマチルダは地面に着地していた。
マチルダに投げられた人間は地面をわずかに滑る。
意識はあるようだが、顔色が大分悪い。
ガクガクと震える様は、敵ながら同情を引かれた。
「マチルダ様…。」
「え?!私が悪いのか?!」
人間が持つ魔道具を見て、バグザルドが目を開く。
「それ、洗脳の、魔道具だ…。」
「!!」
「洗脳する魔道具だったのか!なんで嘘ついたんだ!」
「バレたら壊されるからですよー。ちょっとは考えてくださいー。」
マチルダはムキーっと怒り、逃げるオスカーを追いかける。
バグザルドは息を吐き、人間に近づく。
ルリータは何故か動きが止まっている。
青い顔で見てくる人間の、なんと小さいことか。
その手にある魔道具を抜き取り、「ごめんね」と囁いた。
わずかに輝いた魔道具が、悲しげに揺れて、粉々になる。
風に飛ばされる魔道具だったものを絶望の表情で見る人間を一瞥し、バグザルドはフィンリーに膝をついた。
「…この度は御国に対し、大変無礼な行い…。誠に申し訳ありませぬ…。我が国の罪を認め、どうか…、どうか…、お慈悲を頂きたいと存じます…。…如何なる命とも受け、己が罪を償うために精進いたすところにございます…。」
少し離れたところでオスカーを捕まえたマチルダ。
人見知りで、口下手なバグザルドが。
あの、バグザルドが。
他人で、しかも他国の王族に対して、ちゃんと喋っている。
そのことに感動すら覚えた。
これは必ず、後の会合で語らねば。
隣にいるオスカーが馬鹿にした声音で「青聖の、ガッチガッチに固いですねー」とか言っているが、聞こえない。
ポイっと地面に投げてやると崩れ落ちた。
「私、一応この場では最年長なんですけど…。」
「最年長らしい振る舞いをしていないだろう。お・じ・さ・ん。」
マチルダのおじさん発言に「お、おじ?!おじさんって言いましたか?!」と発狂するオスカー。
「最年長をやけに強調するからそう呼んでほしいのかと思ったんだが、違ったか?」と首をかしげるマチルダ。
「そんなわけないでしょー!!」と地面に蹲りながら叫ぶオスカー。
フィンリーは目の端で彼らの様子を見て、次いでバグザルドに視線を向ける。
しかし、バグザルドよりも、その後ろに目が行った。
フィンリーの様子がおかしい事に気づいて、遅れてバグザルドたちも視線を追う。
先ほどまで魔道具を持っていた人間が、何やらぶつぶつと呟いている。
髪を強く強くかきむしり、はじめは聞こえなかった声が徐々に周囲へと伝わる。
「ーー…ぃだ、ぃだっ、ぉしまいだぁ!時間をかけて、ようやく築いた私の地位がぁ!崩れていくぅ…崩れていってしまぅ…いやだ、いやダァ!!!!」
絶望に叫ぶ人間。
そこまで執着するほどの地位なのか、とマチルダは思わずにはいられない。
地位を高めても、命は皆等しいというのに。その地位によって、寿命が延びるわけでもないのに。
何かに気づいた人間は、宙に向かって叫ぶ。
「お、おやめ下さい!私はまだ、まだぁ!まだお役に立てます!必ずや、お役に立って見せます!」
神に懇願する信者のごとく、祈りを強く捧げる。
別に空を見ても神は現れなかった。
しかし人間が劇的に苦しみ始め、喉を抑え、泡を吹き、白目を剥いて固まる。
傍から見れば確かに神の所業。
この世に特殊能力者という存在がいなければ、皆が神の存在を信じただろう。
「…なんと酷い。」
「…遠方からの、魔道具か。」
自分が作った魔道具が誰かの命を奪う様を目の前で見せられたバグザルド。
目を閉じたかった。
例え、暴走の苦しみから解き放たれることを制限されても、言うことを聞いては行けなかった。
誰の責任でもない。
これは、弱い自分が、誘惑に負けた自分が引き起こした、罪。
バグザルドは目を閉じず、ただ人間を見ていた。
マチルダは用済みだからと命を刈り取られた魔道国の人間を見て、やはり彼らは非道だと思わずにはいられない。
ルリータが気になり、彼女を見る。
ぼーっと一点を見つめて、心ここにあらずという様子だ。
洗脳から解放されたとはいえ、突然戻るわけではないのだろうか。
それとも洗脳の後遺症か。
だがルリータを見たオスカー。
「ーー彼女、まだ洗脳されたままです、」
「ルリータ!!!」
オスカーが言い切る前か後か。
異変にいち早く気づいたバグザルドは、ルリータを抱き抱えて何かから守ろうとする。
気を抜いていても、能力を解除していなかったマチルダの目でさえ追えない速さで、何かは飛んできた。
一切速さを緩める事なく、何かはルリータに狙いを定め、彼女を抱えるバグザルドごと、2人を突き刺した。
「バグザルド!」
倒れていく2人。
背に刺さるのは、どれほど遠い場所からでも、指定された者を必ず逃さずに貫く。
バグザルドが作った、魔道具である。




