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第10話

魔道具たちを相手にしていたオスカー。

45歳でこんなに動ける自分すごくないか?と自画自賛している最中だった。


さっさと終わらせて、さっさと愛しいあの人が待つ家に帰りたい。

考えてしまえば止まらず、最終的には思いっきり甘えて、そして右頬に強烈なビンタを食らう未来まで考えていた。


「お。」


ピタッと魔道具たちの動きが止まり、響くのはガンッと固い物同士がぶつかり合う音。

一直線に音の方へ飛び出す魔道具たちにオスカーも続く。

バグザルドの防御壁に攻撃を続けるマチルダ、そして少し離れたところで魔道具たちを弾くフィンリー。


「オスカー!来たか!」


「いやー、まさか陛下が魔道具たちの相手をしているとは思いませんでした。」


それ以外は予想通りだったのだが。

暴走した魔道具は厄介だ。

特殊能力者ほどではないが、普通の人間が相手をするとなると、精々魔道具一個が限度。

少し攻撃に当たればどうなるか分からず、がっつり当たれば四肢が簡単に吹っ飛ぶ。

なのにこの王、魔道具を一気に十は相手にしている。


「陛下も化け物って名乗っていいと思いますよ。」


「ガハハハハハハハハ!マチルダと同じであるならば、嬉しいものだな!」


「誰が一緒だ!おい、オスカー!私をその筋肉だるまと一緒にするな!」


ぎゃいぎゃい言い合う様子はいつも通り。


「まぁまぁ、落ち着いてください。マチルダ様、“青聖の”の防御壁、よろしくお願いします。」


「うん!」


何度も打ち込まれる拳の音を聞きながら、フィンリーとオスカーは魔道具を相手にする。

そうして再び防御壁が割れてすぐ、オスカーは体を捻り、バグザルドを能力が込められた剣で叩く。


「っ…。」


しばらくしてからパチパチと瞬きをするバグザルド。

彼の目に映るのは、マチルダとオスカー、そして貿易国国王。

近くにいた魔道具たちが、暴走が止まったことで動きを止めて地面に落ちる。

状況を理解したバグザルドはほっと息を吐き出した。


「……ありが―――」


「バルド!」


そんな中現れたのは、ルリータである。


マチルダは彼女とバグザルドの間に立ち、オスカーはどのような攻撃にも備えられるようにと剣に能力を纏わせる。


「あぁ、バルド!バルド!」


にこやかな笑み、というには可笑しいくらい笑いながら、ルリータはひたすらにバグザルドの名前を繰り返す。

マチルダから吹っ飛ばされた際の怪我などは完治したように見えるが、その足取りは不自然だ。


「…彼女、洗脳されていますね。」


「そうなのか?!」


オスカーの特殊能力は、物体を媒体とした治癒だ。

そのためか、何がどこにどのような損傷を受けているのかが感覚で分かる。

彼の視点で見れば、今、ルリータの脳から心臓にかけて、いくつもの(もや)が刺さっている感じだ。魔道具による洗脳に見える。


「“青聖の”、なぜ彼女は洗脳されているんですか?しかも魔道具で。」


「…分からない。ぼ、くも、今、知ったから…。ただ、魔道具たちは、僕のことを分かってくれてる。」


能力の発現。

幼すぎた彼を包む青い光。

踏み込んでくる騎士たち。

必死でバグザルドに手を伸ばす父と母。

扉が閉じ、馬車に乗せられて、すぐさま城の地下牢に閉じ込められた。

能力を調べるために研究されたが、同じ特殊能力者に話すと、それは拷問だと悲鳴をあげられた。

言うことを聞かないと暴力を振るわれ、食事を抜かれた。


辛い日々を耐えるのは、父や母、周囲の人々、国民。

彼らを傷つけたくなかったからだ。


もし、言うことを聞かなければ、どうなるか。

上部集団からささやかれる言葉に反抗することさえできず、バグザルドは彼らの望む魔道具を作り出した。


ある時、特殊能力者の一人が呟いた。


「その上部集団?ってやつらを洗脳出来たらいいのにな。したら、“青聖の”の思うままだろ?」


「…え?」


「おい、タジャーハ!そういうこと言うな!バグザルドが切れたらどうするんだ!」


「マチルダはビビりなんだよ。“青聖の”がそれだけで怒るわけないじゃん。な?“慄緑の”。」


「黙ってくださーい。私は今、愛しいあの人とのせっかくの時間を邪魔されて最悪な気分なんですー。」


「あら、それは、貴方が、ほら、あれよ、あれ、そう☆会合☆は~、スッキリ☆」


「いや最後まで言ってw」


「あら、ごめんさない☆“慄緑”が会合を忘れてたのが悪いんじゃないの?って言いたかったの☆」


「“紫鎖の”は相変わらず星が飛んでるねw」


「“赤閃”もね☆」


「スカイ、セバスチャンも!タジャーハを止めて!」


「“慄緑”に突っ込もうとしてる☆」


「“遥黒の”wなんでそうなったw」


「オスカー、逃げるな!」


「無理言わないでください、マチルダ様!この男、どう考えても頭をどこかに置いてきてますー!」


「否定できない☆」


「“幻銀の“たちはなにしてるのw」


「おい、ミューザ!そこで話してないでタジャーハをどうにかしてくれ!もうミューザしか止められない!」 


「あらん♡そんなこと言われたら、出ていかないわけにはいかないわねん♡」


自分と同じ特殊能力者たちが騒々しくしているのを見ながら、バグザルドの頭の中を占めていたのは、先程“遥黒の”が言っていたもの。


洗脳。


良いことだと思えた。

しかし、その魔道具を作った後にすぐ駄目だと思い直した。

自分勝手なことじゃないか。

自分が傷つくのが嫌だから、上部集団を洗脳して好きに生きる。

彼らにだって大切な家族や友人たちがいるのに、洗脳すれば関係のない人々も傷つけてしまうかもしれない。

処分しようとしたとき、丁度邪魔が入り、元に戻ってきたときには洗脳用の魔道具は無くなっていた。


バグザルドの話を聞いていた三人は大きくうなずく。


「どう考えてもその時に盗まれてるな!」


「タジャーハが余計なことさえ言わなければ…!」


「今更悔いても仕方ありませんよ。とりあえず、次の会合で叩きまくりましょう。」


近づいてくるルリータを傷つけることなく遠ざける方法はないのか。


「バグザルド殿!遠方から魔道具の効果を消すことは可能なのか!」


フィンリーの大きな声に、一瞬バグザルドは体を竦ませた。


「ぃ、いえ、不可能です。創造した時点で、魔道具には僕の意思が込められ、疑似人格が備わって、僕の意思を実行しようとします…。なので、無理です。魔道具の能力を消すには、魔道具自体を壊すしか、ない…。」


「よし、壊すぞ!」


「あちょ、マチルダ様!誰が魔道具を持っているのかお分かりなんですかー?!」


オスカーの声を背に、マチルダがルリータを飛び越えていく。


「分からない!とりあえず全員の懐を探してみる!そっちは頼んだぞー!」


手を振って離れていくマチルダを、オスカーは「えー。」と、フィンリーは「任せろー!」と、見送った。


「とりあえず、マチルダ様が魔道具を見つけて戻られるまで、彼女を“青聖の”に近づけないようにします。」


「うむ!任せた!」


これ以上能力を使うのは避けたいオスカーは、剣の腹でルリータが近づかないようにする。

もしかしたらルリータも、何かしらの魔道具を持っているかもしれないので、うかつに触れることはできない。


もしもルリータがオスカーを突破してきた場合のために備えて、フィンリーはバグザルドの右斜め前に立つ。


バグザルドは一人、呟いた。


「魔道具の能力を、消す…方法…。壊すだけ?いや、それだけじゃない。他にも、何か…。」


考えを巡らせた後、バグザルドは一つ思い浮かぶ。


「あぁ、簡単なことか。」


呟きは、ルリータに意識を向けているフィンリーに聞こえなかった。

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