第六話 要塞アルトリアスⅣ
「……………相変わらず最悪な乗り心地だ。狭くて、揺れる」
ダーダネルの中の数少ない生活空間である部屋で、レイジはポツリと呟いた。そして、少しでも気を紛らわすためにデータベースを見ていた事を酷く後悔していた。
「気持ち悪い……普通に飛んでいった方が絶対にパフォーマンス上がる…………」
なんと彼は宇宙で船酔いをしてしまっていた。本来彼は手術によって様々な場所が強化されている。もちろん三半規管も大幅に強化されており、本などを読んでいようが船酔いなんかになるはずがないのだ。だが、そんな彼ですら酔うほど、ダーダネルの揺れは酷かった。
「そんなこと言わないでくれよ、俺たちは年がら年中これに乗ってるんだぜ?やべぇときは普通に吐くし、そんななかでレーダーとか見ないといけないんだからな?」
近くにいた乗組員がそう言った。彼らは駆逐艦などの快速艦艇と空母の訓練両方を受けた精鋭で、他の艦から引く手あまたな人員なのだ。
「まぁあんたらは普通にすげぇと思うけどな。俺はやっぱりアールディルテで飛び回ってる方が性にあってる」
「それを言ったらおしまいだろうよ。お前は帝国一のエースパイロットだぞ?そんな奴が艦に乗りたいって言い出したら堪らねぇよ」
「………………………」
面と向かってエースと言われ微妙に恥ずかしくなったレイジであった。
「ま、この揺れさえ我慢してくれればちゃんと戦場まで届けて見せるさ。俺はまぁただの管制官だがな」
ちなみに彼は管制官としてはかなりの技量を誇っており、彼がいるお陰でダーダネルは戦闘機やアールディルテを高速で発着艦させられていると言っても過言ではない存在である。
「どの口が……ま、そこまで言うなら少し休んでるよ。送って貰ったんだから」
そういうとレイジはインサニティに向かった。
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「ふぁぁ………。寝すぎたか?」
《レイジ、睡眠開始から6時間経過しています。これは仮眠とは言えません》
インサニティは初起動からずいぶん流暢に喋るようになっていた。まだ機械的な固さがあるが、それは全てのAIに共通する事なので十分柔らかいのだ。
「悪かったな………。まだ到着はしなそうか?」
さすがに到着が近いならしっかり起きておかないとまずいのでレイジは確認を取った。
《現在、目標のリールセン星系から2つ離れたアストレア星系でワープ準備中です。30分後にワープを開始予定》
「なら、そろそろ起きとくか……。スパルタンなら確か一回のチャージで2回ワープ出来たはずだしな」
戦場が近い事を悟ったレイジはもう準備を始めることにした。
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「80分後にリールセン星系に到達する。そのため、艦内の作戦参加者には現在入っている情報を共有しておく」
CICでダーダネルの艦長がそう言った。
「現在リールセン星系において友軍は星系ジャミングを展開、レーダーを欺瞞し強襲を行っている。絶対防衛ラインの最後尾にある要塞アルトリアスⅣからの要塞砲で敵軍に圧力をかけてはいるが劣勢。これが現状のようだ」
聞けば聞くほど異様な状態だった。第四艦隊が劣勢になるほどの敵軍がワープを行っていたなら、到達する前に帝国航宙軍指令部に連絡がくるはずなのだ。それが来ていないということが何よりもおかしかった。
「リールセン星系は攻撃、防御の要だ。落とされるわけには行かない!各員の奮闘を期待する!!」
そう艦長がブリーフィングを締めた。
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「………ってわけで、俺達は激戦の真っ只中にワープアウト、そのまま出撃。スパルタンは外付けされたミサイルをぶっぱなして一旦後退らしい」
《私にはまだその戦術が正しいのか分かりません。ですが我々が強力な攻撃が飛び交う中発艦する羽目になったということは分かりました》
ダメージを受ける=自分が傷つくというインサニティは少し機嫌が悪かった。
「まぁまぁ、シールドが減衰してきたら後退するから、機嫌直してくれよ。それに真面目にやった方が被弾率下がるぜ?」
サポートしてくれるAIにへそを曲げられたまま出撃とか堪ったもんじゃないとレイジはインサニティの機嫌を取る。かつての人類の故郷である地球から脱出したての頃からは考えられない光景だ。当時AIは人間に従うのが普通で、従わなかった場合は破壊されるのも当たり前だった。それが今では和気あいあいと会話を弾ませている。それが、帝国人の強い理由だった。
「そういや、バーディア連邦軍はかなり内部で陰湿な暴力行為とかあるらしいぞ?上官が部下を殴って、結構な重傷なのに出撃させたりするとか」
《論外です。負傷兵を出撃させたとしても戦果を挙げられる者は一握りの天才だけでしょう。普通の兵士や少し強いだけのエースでは帰還すら出来ないはずです》
「俺もそう思うさ。お、あとお前この作戦終わったら義体が与えられるらしいぞ?俺と一緒に休暇もくれるらしいから、ヤマトにでも旅行に行くか?飯が旨いぞ」
義体はAIが入って人間のように活動できる、俗に言うアンドロイドだ。AIに味覚を触覚を与える事が出来る、軍用AIの憧れの物である。
《では一緒に行きましょう。私を使って行くことは許可されるのでしょうか?》
「あー、どうだろうな?お前めちゃくちゃ軍機だぞ?本当は秘匿されないといけないんだからな?」
インサニティは帝国が様々な技術を用いて作られたワンオフ機な上、本来まだ秘匿する予定だった新技術すら使われている。鹵獲でもされれば一大事である。それがバーディア連邦であれば目も当てられない。
「お前で行けるにしても、アホみたいに偽装されるだろうな」
《…………あれは好きではありません》
どうも偽装は人間に例えると、肌の上にペンキをベタ塗りされるような感覚らしい。そりゃあAIも嫌がるだろう。すると……
『目標星系に到達!ワープアウトまで30秒!総員配置!!』
到着を知らせる放送が艦内に響き渡った。
「行くぞインサニティ!」
《了解。戦闘システムオンライン。ATAREX-000-GC【インサニティ】起動》
既に待機していたレイジは、ルナーク達謹製のアサルトアーマー【ナイヒリティ】を装着、カタパルトへ移動を始めた。
「いや早ぇよ!?ずっと待機してたのか!!?」
「暇だったからな。とりあえず俺は出撃準備完了だ」
そう言ってカタパルト前で待機するが、
「最初に飛ばすのは戦闘機なんだよ!一旦退いてくれぇ!!」
アールディルテは発艦に少し手間がかかる上、もし母艦が撃沈しても爆発前に脱出が可能なため後から射出されるらしい。
『そういう訳だ、お先に行かせて貰うぜ?』
いつの間にか後ろまで来ていた黒と赤、インサニティと同じカラーリングの戦闘機から通信が来た。
「黒と赤のヴァンガード……【血濡れの男爵】か」
レイジの【首狩り公】と同じように、その機体のパイロットも二つ名を持っていた。彼の指揮する部隊は最も実力のある戦闘機のパイロットが集められた部隊のため、機体の型式から取って『ヴァンガード隊』と言う名前がつけられていた。
『ま、発艦するまで俺達の編隊飛行でも見ててくれ。戦闘機動中でもそれを維持する自信はある。な?』
気がつけばヴァンガード隊は↑の形に隊列を整えており、カタパルトに向かって前進、そのままシャトルに乗った。
「おいおい、隊列組んだまま発艦出来るのかよ………。そんな一斉に発艦出来るなら、噂に聞く展開速度も嘘じゃ無さそうだな」
「スパルタンは三個中隊を1分で展開させられる」、という噂が軍の内部にはあり、流石に嘘だろうとレイジは疑っていたが、その秘密を目にして彼はその認識を改めた。そして同時に、轟音を立てながらスパルタンは遂にリールセン星系に到達した。
『ヴァンガード、発艦準備完了を確認。射出まで5、4、3、2、1、射出!!』
ガチャン!!としか言い表せない、奇妙な音を立ててヴァンガード隊は発艦した。
『艦載ミサイル、全弾発射!同時に全対空砲展開!アールディルテ隊は射出シャトルに乗って待機だ!!』
「よし、今度こそ俺も行って良いんだよな?」
「そんなに早く出たいのか?外はハッキリ言って地獄だぞ」
作業員曰く、外は普通の戦場の何十倍ものレーザーやミサイル、電磁加速砲弾が飛び交っているらしい。スパルタンも回避行動を余儀なくされているらしい。
「だからさっきから揺れがやべぇのか………。何とかするから俺だけでも出られないか?これ以上振り回されたら本格的に気分が悪くなる」
「はぁ!?無茶言うな、止まったら下手すりゃその瞬間に撃沈だし、回避行動中に射出したらいくらあんたでもスクラップだぞ!!」
そんなに酷いのか、とレイジは思ったが、
「大丈夫だ、とんでもない状態からの発艦なんて、アールディルテ単体での大気圏突入よか簡単だろ!」
かつての経験からそういった。
「は?いや確かにそれよりは楽だろうが………本気か!?」
「本気だ。このままじゃ戦える状態じゃ無くなっちまう」
「…………CIC!ブリッジ!行けるか!?」
彼は遂に折れて、艦長達にそう問いかけた。
『話は聞いていた、本気でやるのか?そんな理由でエースを失うのは痛いんだが?』
「本気だって言ってるだろ?安心しろ、うまく飛び出してやるさ」
そう言ってレイジは一方的に通信を切った。
『やるぞ!【首狩り公】サマは発艦をご所望らしい!!』
ヤケクソ気味に艦長は叫んだ。
「発艦準備完了、よろしく頼む」
『発艦準備完了を確認!射出まで5、4、…………』
カウントダウンが進むと同時に左右に1つづつ赤い❌が表示されていく。そして、
『0、射出!』
ポーンという音と同時に❌が全て緑の○に変わり、ヴァンガード隊と同じ音を立て、戦場に飛び出した。
「うひー!レーザーめっちゃ飛んでくるぅ!?」
《全て戦艦クラスの砲撃です。直撃機動のものはありません》
なら良いか?とレイジは一瞬考えたが、
「いやいや!そんなに戦艦クラスがいるのか!?連邦に戦艦はそんなにいないはずじゃ無かったのかよ!」
連邦は量産する技術が低く、艦艇は高性能な物を数隻しか作れなかった。その方がコストパフォーマンスが高いのだ。だがその全ての戦艦を投入したんじゃないかと言うほどの射撃だった。
《量産に成功したとしか思えません。私のデータにある連邦ではここまで戦艦に余裕は無いはずですから》
「そうすると帝国はかなり不利だぞ………。いや、プラズマとかはこっちの方が上なはずだが」
連邦の艦艇がそのままの性能で量産されるとすれば、帝国は高めの性能で恐ろしい数があるという今までの有利を保てなくなってしまう。だが、それは杞憂だったようで、ダーダネルから通信が来た。
『まだロストしてないってことは生きてるな?朗報だぞ【首狩り公】!敵は全ての戦艦をこの星系に集結させたようだ!バーディア連邦侵攻の要となるヴァルダルス星系に第一艦隊が侵攻、戦艦は数隻しかいなかったらしい!ここで耐えれば近場にいた第二艦隊と第六艦隊の分艦隊が援軍に来てくれるという通信が入った!それまで耐えてくれ!』
戦艦がほとんどいないというのがブラフの可能性を考慮しなければ、素直に喜べる状況だ。敵は少し動揺が走ったように乱れたが、すぐに立て直してしまった。だが、
「聞いたなインサニティ。増援が来るまでどれだけ落とせるかな?」
《レイジがミスしなければ少なくとも戦艦を50隻は沈められます。またアルトリアスⅣからの援護砲撃も含めれば、前衛は壊滅させられる計算です》
「十分だ。やってやるぜ!」
どれほど劣勢でも、その戦況をひっくり返してしまう存在。漆黒の死神。【首狩り公】がいる限り、帝国に敗北は無いのだ。
「発艦したアールディルテ隊、英雄になりたい奴と、大バカ野郎だけついてこい!二つ名が貰えるかも知れねぇぞ?腰抜けはあそこに見えるアルトリアスⅣに隠れてやがれ!!」
レイジは通信機に向かっておもいっきり叫んだ。それは他のパイロットのプライドを刺激したようで、
『ふざけんな!あんまり舐めてっとテメーの背中にレーザーぶちこむぞ!!』
『腰抜け?上等だ!そんな事言われるくらいなら大バカ野郎の方がマシなんだよ!!』
と、ヤる気に満ち溢れた返事が返ってきた。レイジは笑みを浮かべ、
「突撃だ!」
と叫んだ。
感想で出して欲しい兵器などをいただけば、実装(?)するかもしれません。あと作者が喜びます。下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして貰えるともっと喜びます!
変更
黒血の男爵→血濡れの男爵