新たな地へ⑥
色々思い出深いヴァンディエム領での日々の中で作り上げた防寒用のコートを渋々といった態度でカリアンも羽織る。
前を閉じる気はないようだ…
「…、前も閉じた方が…」
「うるさい。」
一応言ってみたのだが、予想通りの返事をした後、カリアンは歩きだす。
私も慌てて後につづいた。
陽が徐々に沈み始め、あっという間に気温が下がり、吐く息が白くなり始めた。
「…。ここまでだな…」
カリアンが空を見上げて足を止めた。
まだ辺りは薄明るい。
が、夜闇の到来は想像以上に早い。
少しでも視界のあるうちに安全な寝床を確保しなければならない。
私達の視線の先には大岩が組み重なってできた窪みがある。
カリアンは手綱を私に預け、寝床候補の強度を確認するため大岩の組み込みを丁寧に調べる。
遠目に見る限り、窪みは二人分程の幅と奥行が有る。
重なる大岩も崩れる感じではなさそうだ。
カリアンからの安全が確認できたと合図を受け、野営の準備に取り掛かる。
馬の手綱をカリアンに預け、馬の背から野営の為の荷物を降ろす。
カリアンは馬の手綱を止められる場所を探してキョロキョロしているが、木などが無いこの山岳地では、細めで地面から突き出しているような岩に括り付けるしかない。
馬の事はカリアンに任せることにし、私は野営の準備進める。
岩の窪み、腰を降ろす場所に転がる石を大小構わずなるべく拾い退かす。
細かな小石は多少残ってはいるが良しとしよう。
地面に厚手の敷布を一枚敷く。
これで腰を下ろしてもお尻へのダメージと冷えは軽減できそうだ。
次に焚き火のための準備に取り掛かる。
大きめの石を集めて配置する。
薪になりそうな木や燃やせそうな草がないか軽く周囲を見わたすが、見当たらない。
つまりは貴重な手持ちから出さざるをえない。
が、最小限と言っても良い荷物の私達には薪でさえ貴重であり、手持ちは少ない。
そこで取り出したのは、朱色が濃淡混じった拳程のまろい石。
火魔法石を加工した時に出た欠片だ。
ソレを配置した石の中に置く。
そして、ほんの少し魔力を注げばーー
ポッと小さな音がして、魔法石は燃えだす。
後は、この火が周囲に燃え移ったりしないように管理すれば良い。
この魔法石という物は実に使い勝手が良い。
この世界には魔法がある。
治癒師や魔法師等の魔法を扱う職種が有るのだから、当然なのだが……。
とにかく、この世界では誰しも魔力を持って産まれる。
魔法を扱うスペシャリストとして開花するかどうかは生まれ持っての魔力量や才能、何よりも学びに左右されるのは、どの世界も一緒のようだ。
そして、その魔法を付与できる特殊な『魔法の石』が『魔力石』なのだ。
『魔力石』は透明な水晶の様な石。
その水晶には色の付いた筋が入っている。
その筋は『核線』と呼ばれ、この核線の色で付与できる魔法属性が違う。
赤、緑、青ーー
火の魔法石なら赤、水の魔法石なら青、といったよくある色分けだ。
中には数種類の『核線』か入っている『魔力石』もある。
原石としての『魔力石』は、『核線』の厚み、長さ、本数、複数種類かで価値が変わる。
一般的にマジックアイテムとは、『魔力石』を加工し魔力や魔法を込められて作られた物。
作り方を説明すると、付与したい魔法、作りたいアイテムに必要な属性と魔力量に見合った『核線』の入った『魔力石』に魔力を付与する。
すると、『核線』が魔力を吸い取り、『魔力石』全体が『核線』の属性色に変化する。そして、魔力を吸い上げた『核線』は中心に凝縮する。
凝縮した物を『核玉』と言い、属性色に染まり『核玉』ができている状態の物を『魔法石』という。
『魔法石』はトロリとした濃淡混ざった色合いで、外側からは『核玉』の良し悪しや大きさは判断できず、割ったり削ったりして取り出してからでなければ『核玉』の色の濃さや透明度等が判らない。
『魔法石』から取り出された『核玉』は名を変え、その美しさから『魔宝石』と名を変える。
その『魔宝石』を形を加工し、魔法術式を付与し、アクセサリーや盾や剣等にはめ込まれたりすることで『マジックアイテム』が完成する。
『魔宝石』は色が濃ければ濃い程、魔力吸収量が多い。
つまり、高位の魔法を付与できることになる。
今回使用した欠片は、火魔法石を加工した際に出た欠片だ。
『魔宝石』を取り出す際、『核玉』付近以外は魔力に染まっていはいるものの不要部分なので研磨機やトンカチ、ノミ等で削ぎ落としていく。
本来、この欠片は捨てられてしまう。
山や川等に捨てられ、魔力共々世界に返る。
しかし、錬金術師のスキルでアイテムを作っていく中で、この欠片が非常に勿体ないと感じた。
そこで使い道を模索した。
その一つがこの《簡易火種》だ。
火の魔力に染まっている欠片を再利用した物で、大した魔力も呪文もいらない。
適度な大きさの欠片を選び、魔力をほんの少し流せば、欠片は発火し火種となる。
魔法石は、『核玉』以外は不要と考えられていた為、
魔法石の新しい使い道として画期的だった。
魔法がある世界なら魔法で火起こしを、と思うだろうが、基本的に魔法は攻撃や防御等の戦闘を目的とした術式が主で、火起こし等の生活に密着した術式は無く、富裕層向けに開発されたマジックアイテムならば有る。
もしも、魔法、つまり攻撃魔法の術式で火を点けようとすると魔力の調整をかなーーーり繊細に行わなけれならず、失敗すれば魔力暴走に繋がる。
つまり、リスクの方が大きい。
その為、魔法が有りながら生活の為の火起こし等は火種を使っているのが現状で、火種の管理の大変さは幼い頃から見てきたし、軍務に関わるようになれば尚更火の大切さが身に染みた。
因みに私はこの欠片を『火種石』と勝手に呼んでいる。
今のところ、この使い方に気づいた者は王国には居ないようだ。
特許、と言うべきか……
それとも、錬金術師としての特権と言うべきか…
どうせなら、うまい方法で広めたい。
例えばーー情報ギルドに売るとか……
これからはカリアンと二人。
どんな仕事に就こうと最初に必要になるのは、ヤッパリお金だ。
売れるアイテム、売れる情報は貴重だ。
火の状態が落ち着いた頃、カリアンが隣に腰をおろした。
手には食料が入った袋と酒の瓶。
「俺のから使え。」
渡された食料袋はずっしりと重い。
「わか……ン?」
食料袋を受け取った時、あることに気付く。
ふと、視界に入った馬が繋がれた細長い棒。
見慣れたソレに、怒りを通り越して呆れる。
「……カリアン…」
ジトリとカリアンを見る。
馬が繋がれている『棒』は、私の武器の柄だ。
刃を深々と土と砂利の地面に刺し、その柄に手綱が括り付けられている。
酷い……
私の大切な相棒を……
「仕方ねぇだろ。俺の斧じゃ無理だ。」
「……でも…」
地面から突き刺さる自身の相棒を見つめる。
2頭の馬のつぶらな瞳がこちらを見つめている。
愛くるしい2頭と戦場での相棒への扱いを天秤に掛け、ぐぬぬぬ…と唸る私を横目にカリアンは我関せずと酒瓶を出している。
納得いかない……何かしら方法が……
辺りを見渡すも、馬2頭を括り付けられるような木はない。細い枯れ草が何本か揺れてはいる……
結局、代案なん思い浮かぶわけもないので、私の大事な武器は馬のお守りのまま……
うぅ……仕方ない……
諦めて私は食料の入った袋を開けた。
干し肉、二種類の干しパン、岩塩、乾燥ハーブ、チーズ、数種類の野菜等が大まかに袋分けにされて入っている。
私自身も食料を持ってきてはいるが、今日を含めてあと5日はこの実りの少ない山岳部を移動することになる。
なので、食料は無駄にはできない。
自身の食料袋からはナイフと鉄串、木皿を出す。
袋の中の干しパンを切り出し、鉄串に刺して火に炙る。
隣では、木製のカップにカリアンが酒を注いでいた。
この世界での酒は基本的にはワインだ。
「…温めましょうか?」
問えば、カリアンはカップの中の酒を一気に飲み干し、
「必要ない。」
と、一言。そして、更にカップに酒を継ぎ足す。
「呑みすぎないでください。」
寒さ対策としてのアルコール摂取はこの世界では普通。
ただ、飲みすぎたことにより寒空の中寝てしまい凍死した、と言う本末転倒な例も聞く。
注意して損はないはずだ。
焚き火の火で、うっすら焦げ目の付いた干しパンを鉄串から外して木皿に乗せる。
パンの横には私が持参したナッツ類を乗せ、カリアンに渡す。
今日の干しパンはハーブが入った干しパンだ。
干しパンはその名の通り、パンを干して水分を飛ばし保存が効くようにした物だ。
とにかく、口の中の水分を持ってかれる……
カリアンは酒にパンを浸してから口にし、私は小さくナイフで切り崩し一欠片づつ口に放り込む。
口に放り込んだ干しパン一欠片を唾液でふやかしながら、横に置いていた食料袋から小鍋を取り出す。
茶葉を一匙。
貴重な水をカップ一杯分入れ火にかける。
沸騰し煮だってきたらカップに移す。
次にドライ『レーモ』を一本カップに突き刺す。
『レーモ』はオクラの様な見た目と大きさのレモン。
縦半分に切り干したレーモの棒でグルリとお茶をひと混ぜし、茶葉が底に沈む迄しばらく横に置いておく。その間に、
「カリアン。」
手を出す。
カリアンの眉間にシワが寄るが気にしない。
「鍋を出したんです。ついでですよ。」
と、笑うとカリアンの手にあったワインの入ったカップが渡された。
「ドライフルーツ、入れます?」
「…、ああ」
「スパイスは?」
「…おい、」
「私も持ってきていますから大丈夫ですよ。」
「…スパイスを…」
「はい。」
先程お茶を作った小鍋にカリアンのカップに入っていたワインを移し、レーモのドライフルーツとスパイスの『ブペ』の欠片を入れる。
『ブペ』とは『ブペッバの木』になる実で、実を乾燥させた物が香辛料になる。
『ブペッバの木』は背の高い木で、その最上部にメロン程の大きさの固い実をつける。
その実の皮と種を取り除き、実を乾燥させた物が香辛料の『ブペ』となる。
実そのままでは乾燥しにくいので、砕いて乾燥させるのだが、色と言い味と言い、ブラックペッパーそのものだ。
ちなみに、丸々1個乾燥させたものは超高級品である。
そのブペの小さな欠片とレーモの入ったワインをアルコールが飛ばない程度に遠火で温める。
沸騰する前に火から下ろし、ワインをカップに戻しカリアンに渡す。
「熱いので。」
「…、ガキじゃあるまいし…」
「念の為ですよ。」
カップをカリアンに手渡し、小鍋を横に置き、私も自身のカップに手を伸ばす。
ほとんどの茶葉は底に沈んでいた。
ほんのりレーモの香りがするお茶を口に含む。
温かいお茶で、思わず出た一息が真っ白に色づく。陽はとっくに沈み、かなり気温は下がっているようだ。
夜が更けるに従い、まだまだ気温は下るだろう。
雪が降っていないのが唯一の救いか……
白くなる息に気を取られていると、肩に厚手の布が掛かる。
私が用意した物は私とカリアンの尻の下に敷かれている。なので、この布はカリアンの物だ。
「ありがとうございます。」
声をかけ、カリアンに身を寄せる。
布にも大きさに限度がある。
身を寄せた方が共に暖を取りやすい。
パチパチと火が爆ぜる音を聞きながら、やけに澄んだ空気の中で、白灰色に立ち昇る煙を追い、やたらと瞬く星々をなんとげなしに見つめ続け、気が付けば眠っていた。