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追放令息と進む傭兵の道。  作者: 猫科類
新たな地へ
3/30

新たな地へ③

ヴァンディエム辺境領の領都周辺をぐるりと囲む森を抜けた頃にはすでに辺りは薄っら明るくなっていた。

森から流れ出る小川を見つけ、馬を休ませる為、小川に寄る。

一晩駆けた馬達は喉が渇いているらしく、慌ただしく小川に口元を持っていく。


「待て待て。」

慌てて馬をなだめる。

馬から降り、怒った様にブルルッと嘶く馬をカリアンに預け、ウエストポーチの中からスプーン型のマジックアイテムを取り出す。


スプーンは全体が半透明な薄紫色の魔宝石製。


これは[毒味スプーン]


毒感知の魔法を込めたマジックアイテムだ。

毒などの人害が無ければ魔法石は反応しない。

しかし、スプーンが触れた部分から紫色の濃さが濃くなればなるほど『危険な物質が混ざった飲食物』と判断できるマジックアイテムだ。



それを透明度の高い小川の水に浸す。


本来、流れる水は『毒』や『汚染物質』が留まることがないので井戸水等とは違い比較的安全なのだが、自然界の水だからこそ、時には体内に入れてはならない『天然の物質』が混ざっている事もある。

念には念を入れて損はない。


小川は、深さはあまりなく、水底の藻や水中花の蕾、丸い石が見える。

小川の水に浸した[毒味スプーン]はなんの反応も見せなかった。

つまり、飲食可能な『安全な』水、ということだ。


落ち着きのない2頭の馬をなだめるカリアンに軽く手を上げ合図を送る。 

カリアンは、急かすように首を振る馬を宥めながら小川に寄ると、馬達は我先にと勢い良く小川に口元を寄せ水を飲む。


カリアンも馬よりも上流の水を手にすくうと口を付ける。

もちろん、私も。

アイテムをしまい、水をすくって口をつける。

一息ついてから、馬の鞍に取り付けた鞄から革でできた水筒と小さな麻袋を出す。

麻袋の中には、コツコツ造り溜めていた数種類のドライフルーツが入っている。


不思議なことに、この世界には前世に似ている名前のモノが多々ある。

食べ物や食材はもちろん草花等、何かしら前世世界に似た物には、見た目や大きさ、色等の違いはあれど似た名が付いている。



例えば、今回ドライフルーツにした『リュンゴー』は、リンゴ、だ。

ただし、実り方や大きさがちがう。

こちらでは、葡萄の様に房状に実り、一つ一つは巨峰粒程の大きさ。皮の色はピンク色。

私は、それをスライスし、種を取り除き天日で干してドライフルーツにした。

他には、『ミキャー』という果実。

これはメロンほどの大きさのミカンだ。

スイカの様に地面上の蔦に実る。

外皮の色はオレンジ。……何となく安心感が持てる。

分厚い外皮を剥き、鮮やかな紫色の内皮も剥ぎ取り、その中の黄色い粒を一粒づつ天日に干した。

外皮も表面を薄く削り、細かく刻んで乾燥させている。


他にもあるが、とりあえず手に取った袋に入っていたのはこの二種類のドライフルーツだったのでカリアンに数個手渡す。

私自身も数個口に放り込み、水筒に水を追加する。



喉を潤した馬達は腹ごしらえとばかりに小川周辺の草を食んでいる。

その様子を見つめながら、草地に座すカリアン。

私は、水筒と袋を手にカリアンの横に立つ。


「もう少し食べますか?」

「いや、いい。」

「…。一応、干し肉もありますよ?」

馬に取り付けた鞄の中身を頭の中で思い返す。


「……、随分と、用意が良いんだな…」

呆れたような声がカリアンから発せられる。


「まぁ…、いずれ必要になるかと色々準備はしてました。」

「お前の予想通りの展開ってことか?」

「…、予想の1つ、ですかね…」

カリアンの横に腰を下ろす。

袋から再度ドライフルーツを出し、カリアンに渡した。

いらないと言ったが、カリアンは何も言わず受け取った。


「……一番最悪な展開は、問答無用での処刑でした。」

カリアンの視線を感じる。

視線の先、山々の向こうからだんだんと登る朝日と色付く空が美しい。


「その次は投獄ですね。なので、追放はマシです…」

「マシ、か…」

「はい。投獄も暗殺の危険がありました。追放、それも追手なしは良かったです。まぁ、最良は、領主様がきちんとしてくださることだったんですけどね。」

と、苦笑すれば、カリアンが溜め息と共に口を開く。


「相変わらず、お前は親父の事が嫌いだな…」

「はい。」

私は笑顔と共に即答した。




元主人であり、現友人で悪友で運命共同体となった彼の親を悪く言うのは良くなのだが……前々からバレている事なので今更隠してもしかたない。

領地や領主城では、態度に出しすぎだとカリアンや兄に心配されていた。


「親父もアイツも…、お前の事気にいってたのにな。」

「そうなんですか?むしろ、私がいなくなって喜んでるかもしれませんよ?」

「……ナワケ……ヵ…」

「?なんです?」

「なんでもねぇ…」

カリアンは舌打ちするとソッポを向いてしまった。



カリアンの父親、領主様は良い領主だ。

安定した領地経営で領民にも慕われ、その勇猛果敢な戦歴と武技に多くの騎士が憧れている。

小競り合いの多い国境の守りもそつなくこなし、王族からの信頼も厚い。

しかし、第二夫人との間の息子に自身と同じ《加護》が有ると知るやいなや、カリアンの実母で自身の正妻が冷遇されているのにも、周囲のカリアンへの態度の変化や噂にも見てみぬふり。

正妻が亡くなった際には魔獣の討伐時期と重なると、葬儀も簡略し、さっさと戦地に向かって行った。

更には寃罪裁判に、悪評を理由に領地から追放。

もちろん、カリアンにも問題はあっただろう。

しかし、そんな事になるまで放置したのはーー

見て見ぬふりをしたのはーーー

それらを側で見聞きしてきたのだ。

嫌うでしょう?


「で、この後はどうします?まさか、イヴェリス族国に行くんですか?」

イヴェリス族国はこの先の国境を越えた山岳地帯を統める国だ。

私達が生きてきたストルエーセン王国では、戦闘狂の蛮族と称される者達の国。

王国は長年、この国と国境沿いで小競り合いを続けている。

農地への開拓が可能な肥沃な平野を有する王国を、国土のほぼ全てが岩山のイヴェリス族国は常に欲している、らしい。


「……」

「……、無言は、肯定と取りますが…?まさか、本当に…」

流石に動揺を隠せない……。

イヴェリス族国とは常に小競り合いを繰り返し、カリアン自身も一軍を率いて国境の護りを担い、最前線で武器を振るってきた。

当たり前だが、イヴェリス族国戦士を討ち破った事など何度もある。

むしろ、名も顔も知れている……

そして、それは彼の副官を勤めた私にも言えることだ…。


「……、イヴェリスに留まることは、ない。が、」

「が!?」

「通り抜ける…。」

「……。通る……」

イヴェリス族国の先にはスティー共和国がある。


「…共和国に行くんですか?」

「……、共和国なら人種や身分なんて関係ねぇ…。加護の有る無しもな……」

「…。」

カリアンが左顔面に残る深い傷跡をなぞる。

《加護》を口にするとき、カリアンの口調は重くなる。


彼は、領主の長子として産まれ、嫡子としての教育を幼い日から徹底的に叩き込まれた。

10歳になると戦場に立ち、悪俗や魔獣と命がけで戦い、部下を失い、《加護持ち》からの理不尽にも耐え、国境を護り、家族と王族を護って傷を負った。

にも関わらず《加護無し》この一つで嫡子の座を引き摺り降ろされ、蔑まれ、罪を着せられ、追放されたのだ。


カリアンにとっては《加護》は呪いのようなものだ。

そして、それを側で見続けてきた私にとっても似たようなものだ。


もちろん、《加護持ち》皆が嫌な奴ではないことも知っている。



「イヴェリスとの国境沿いを辿って共和国に入る、と?」

ヴァンディエム領はスティー共和国との地続きの国境はない。

小競り合いを続けているイヴェリス族国を横断するか、他領と隣国アラゴン皇国を経由するかのどちらかしかない。


アラゴン皇国との国境は来た道を戻り、二つ先の領地まで行かなくてはならない。

アラゴン皇国経由でスティー共和国に入るには、イヴェリス族国との国境沿いを辿り比較的距離の短い端っこを横断する行程より6ヶ月程多く日数がかかる。


因みに、今世の暦は前世の2倍、一年は24ヶ月。

そして、1ヶ月は40日。


つまり、240日多く日数がかかるということになる。

もちろん、道中にトラブルが有ればもっとかかる。


日数や距離で考えるならば、カリアンの提案通りイヴェリス族国の端っこを横断するのが早いのだが……

………小競り合いを続けているストルエーセン王国の、それも何度も戦場で顔を合わせた人物を、端っこの端っこの、あって無いような国境とはいえ……すんなり横断させてくれるものだろうか……


「山岳地は地の利が低い。それに、俺もお前も顔が割れている。下手に刺激したくない。なるべく国境を越えず、ギリギリを辿る。なるべく距離の短い地点でイヴェリスを横断し、共和国に入る。」

カリアンも不安点をわかった上での提案の様だ…。

今更引き返すことも難しい。

ならば、突き進むしかない。


では、上手く国境を越えた後は?


「共和国で、どうするんです?」

なんとなく……想像ができているが、あえて聞いた。


他国まで悪評が届いていなければ、士官の道も有るだろう。

しかし、共和国は軍を持たない。

あるのは………


「ギルド、ですか?」

「あぁ…」


スティー共和国は特定の統治者がいない。

ギルドと呼ばれる集団の長達や有力者達が、話し合いや投票で国を動かしている。

その為、王族や貴族はいない。

なので、王宮や貴族の騎士や兵士に士官するということが不可能なのだ。

あるとすれば、金持ちの家の私兵や商団の護衛兵だ。


ギルドとなると、


「……傭兵ギルドか、騎士ギルド?」


「……傭兵ギルドのつもりだ。」

カリアンが横に置かれた戦斧に目を落とす。


今世世界での傭兵は、ファンタジー世界でよくある冒険者の事だ。

依頼を受け、兵士となることもあれば、討伐者となることも、探索者となることもあり、単なる茶飲み友達になることもある。

つまりは、引き受ける依頼内容次第ということだ。

依頼内容、依頼主によっては戦争に駆り出されたりするし、たちの悪い雇い主だと囮や捨て駒として魔獣の群れの中に取り残されてしまう事さえあるが……

他ギルドよりもリスクが高い分、支払われる金額も大きい。


10代から戦場に身を置き、王国内で起こった内戦や国境での守備戦、他にも領主命令での魔獣や野盗の討伐に関わってきたカリアンは、言い方を変えれば戦場しか知らない。


騎士ギルドではないのは、おそらく組織的なシガラミが有ることが想像できるからだろう。

傭兵ギルドとは違い、派遣先や任務は自身で決めるのではなく、上官が決めるらしい。

ギルドと言っても、騎士団なのだ。

騎士団としての組織図というものがあるだろう。


カリアンが、大人しく誰かの言うことに従うとは思えない……


何となく、わかりきっていた答えを改めて本人の口から聞いて、第二の人生何度目かの覚悟を決めた。


「……わかりました。」

「…いいのか?」

「私は、貴方についていくと言ったでしょう?ただし、受ける依頼には口を出しますからね。」

「……勝手にしろ。」

カリアンは言って立ち上がる。

どうやら休憩タイムは終了のようだ。

これから先は、危険な国境沿いを進む事になる。

見てくださりありがとうございます。

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