国境の街⑤
野盗達の過去には思うところはあるが、カリアンの逞しい言葉に気を取り直した私は、ノアにスティー共和国について尋ねた。
「スティーは、王侯貴族がいないんですよね?どうやって国を纏めているんです?」
「この国には、他国の様な王様や貴族様がいない代わりに、各ギルドの代表が国の運営を担っているんです。元々ギルドに登録料や必要経費を定期的に払っているんで、他の国よりも税が少ないんです。傭兵ギルドや商業ギルド、情報ギルドなんかは各国にもあると思いますが、スティー共和国にしかないギルドは騎士ギルドですね。騎士ギルドは、街の人々から一定のお金を貰って街の治安を守ってるんです。」
「街だけなんですか?テーラ村や他の村はどうしてるんです?」
「街外の村も一定の金額を納めて、見廻りや調査、年に数回の大討伐をしてもらうんです。」
「大討伐…」
たしか、そんな単語をテーラ村でも聞いたような……
しかし、
「数回の討伐で何とかなるんですか?逃げられたりとか…」
今回の襲撃がその結果では?
「…そうですね…。不安な部分は傭兵ギルドに依頼を出して見廻ってもらったりもしています。それに、街の様に常に守ってもらえない代わりに納める金額は少ないんです。」
「へー…」
ストルエーセン王国は騎士が治安維持の全般を担う国だった。
騎士団は各領主も所有しており、王国騎士団は国家を、各領の騎士団は自領の治安を護る。
スティー共和国はその騎士団の役目を騎士ギルドが行っているようだ。
そして、住民から一定金額を受け取り治安を維持する。
では、もしも、払わなかったら?
「払わない人っているんですか?」
「うーん、聞かないですね…。街に住む時は真っ先に情報ギルドに行くんです。」
「情報ギルド?」
「はい。そこで住民登録をするんです。家や部屋を買ったり借りたりする時に情報ギルドで家や部屋の情報や管理してるお店や大家さんを教えてもらうんです。もちろん、直接お店に行くこともできますが、初めての土地だと何処になんのお店があるか、わからないし、仲介料も取られるます。街の情報を得るついでに登録すれば手間もかかりません。それに、登録さえしておけば、何かあった時に各ギルドが対応してくるから、スティー共和国で生活するなら、情報ギルドでの住民登録は必須なんですよ。」
「へー…、傭兵や旅人も?」
「旅行者や旅人は、街に入る時に臨時タグを渡されるんです。街に滞在するための仮証明みたいなやつです。それと、泊まる宿の料金に保安料が組み込まれています。傭兵や商人は各ギルドで登録すると、ギルドから情報ギルドに情報が流れるんです。」
「ふ~ん…、街に住まなかったら情報ギルドに行かないんですか?テーラ村の人達は街に住んでないけど、どうしてるんです?」
「僕達も情報ギルドに登録されてますよ。」
「街に住んでないのに?」
「はい。街に住んでなくても近くの街で登録はできます。登録しておいたほうが身分証明になるので。どの村もそうだと思いますが、子供が産まれたら真っ先に情報ギルドに登録するんです。登録すると証明タグが発行されるんです。」
そう言ってノアは右手首のブレスレットを見せてくれた。
シンプルな鉄の腕輪に小さな魔宝がはめ込まれている。
そこにノアが魔力を流すと、
『テーラ村 ノア・ウッド』
と文字がブレスレットの平な表面に浮かび上がる。
「僕は情報ギルドの居住情報だけなので、住んでる場所と名前だけです。」
「他のギルドに入っていたらどうなるんです?」
「たしか、各ギルドで各々タグを出されるはずです…。傭兵や商人はランクとか、名前以外の情報もタグに入いるはずなので…」
「そうなんですか…」
「すみません…、他の登録はあんまり良くわからなくて…」
ノアの眉が下がる。
「いえいえ、色々教えてもらえてありがたいです。何も知らないよりは、予備知識があったほうが断然良いので。」
事実、情報ギルドが役所の代わりを果たしている事を知れたのは良かった。
そして、ノアの情報タグを見れたのも良かった。
なぜなら、ノアに家名があったからだ。
ストルエーセン王国では、貴族位しか家名を名乗ることができない。
同名がいれば、ドコドコ村の〜、とか、何屋の〜とかになる。
スティー共和国は貴族がいないので、身分ではないのだろう。
商売等の屋号という線もある。
ノアの父であるダレンは宿屋の店主。商業ギルドに登録している可能性がある。
それを問う前に、ノアがニコニコしながら、
「タグはカードが一般的なんですが、ネックレスタイプとブレスレットタイプなんかもあるんですよ!傭兵の方はネックレスタイプの方が多いですね!父は商業ギルドに入っているので、商業ギルドの登録タグを持っているんです!あっ!父さんのカード見せてもらえないか聞いてきます!」
「あ…!………」
声を上げたが、ノアは立ち上がり背を向ける。荷馬車の荷台は広くはない。
なので、ノアはたった2歩で御者台で手綱を握る父親の側にたどり着いてしまった。
止める間などあるはずもない。
登録タグは、マイナンバーカードや保険証、免許証のような物の様だ。
つまり、個人情報の塊。
個人情報漏洩、の文字が頭に浮ぶ。
「父さん!父さんのギルドカード、シェリスさんに見せてもいい!?」
「俺のカードか?良いが、辺鄙な場所の宿だから大した情報は乗ってないぞ?」
「もー!そこはいいんだよ!早く貸して!魔力も通してよ!ありがと!!」
実に親子らしい気安い会話を重ね、ノアが嬉々と戻ってきた。
手にはカードを持っている。
「これです!」
見せられたカードは、先程ノアが見せてくれたブレスレットタグと同じ魔宝がはめ込まれている。
キャッシュカードの半分位の大きさの小さな金属カード。
渡されるままに受け取り、カードを観察する。
カードの表には商業ギルドの刻印と名前、商業ランク。
裏には所有店の店名が書き込まれていた。
そして、魔力を通され浮かび上がった文字。
店名の横にDの文字が浮かんでいる。
「このマークは、店舗ランク?ということですか?」
「えーと……」
「そうですよ。」
ノアが悩んでいると、御者台から声が響く。
カードの持ち主であるダレンだ。
「去年の大まかな総売り上げの金額で別けられた商業ランクです。毎年、1年の最終月に総額を纏めた書類を提出して翌年からのランク付け、タグ登録する義務があるんですよ。」
「書類と、ランク付け、ですか?」
馬の足を早めて御者台に近づき、カードをダレンに返す。
「はい。年間の総売上です。私は宿屋なんで、毎月の宿泊人数と宿泊費、運営費用を書き溜めて、纏めた物を提出しています。ギルド創設当初は総収入しか報告してなかったんらしいですがね。今は雇い賃等の運営費用額も報告する事になったんですよ。ウチは家族経営で人は雇ってないけど、大きい所は給料を払わないとか、値切るとかで揉める事もあるらしいです。他にも悪どいコトをする奴もいたらしくてね…」
「厳しくなったんですね。」
「はい。そもそも商業ギルドは、毎月店舗数や店舗面積、商団規模、取り扱い商品に見合ったランク会費さえ支払えば、多少のズレが出ても儲けてるなら良し、なんですよ。」
「…不正とか、大丈夫なんですか?その、売上を誤魔化して報告するとか…、税金逃れ?的な…」
なんか、しっかりしているのかしていないのか不安になる仕組みだ…
「絶対に無いとは言えませんね…。一応、監査官がいるらしいですよ。」
「らしい、ですか…」
「見たこと無いですからね…。ウチは、大きな店でもないので、収入も監査官が動くほどの額ではないですし。あ、ギルドに借金がある人や、輸入品、輸出品の税金なんかを偽ったり、販売禁止の品を取り扱ったりした犯罪店、そして、ギルド以外からの借金がある店舗は細かい報告が必要だし、秘密裏に調査されるらしいですよ。」
「へー…」
一応、犯罪や脱税、借金回収の対策はされているの…か…?
そして、金貸し業も商業ギルドに入るのか…
もしも開店資金が足りなかった時、そこら辺の金貸しに借りるよりは、商業ギルドに借りた方が安心、ということなのだろうか…
が!私には不要!!借金ダメ!借金反対!借りる前に貯めろ!!働け!馬車馬のごとく!!
だけどね。
「お話を聞けて良かったです。」
「なんだ?商売でも始めんのかい?」
「お店はさすがに…。でも、ポーションや自作のアイテムを売れないかと思って。そんなのは、商業ギルドの管轄かなと…」
「そうだな…。商業ギルドも買い取りや依頼を出してるな。」
「そうなんですか!?あ、あの、どんな感じですかね!?誰でも買い取りとかしてくれるでしょうか…!」
思わず早口で問いかけてしまったが、ダレンは困り顔で答えてくれた。
「うーん…。あんまり買い取りの依頼は関わった事がないんですよ…。でも、傭兵ギルドみたいに依頼板があって、その依頼の品を納品するらしいですよ。商業ギルドに登録すれば誰でも仕事を受けられるはずだと…」
「そうなんですね!」
大収穫だ!!
カリアンは傭兵ギルドに登録すると言っていたが、商業ギルドにも登録できれば、生活費を稼ぐ手段が増える事になる。
どんな世界もどんな国も、生きていくのに先立つ物は必須。
そして、借金など以ての外!
心配なのはーーー
「あ、あの…、ギルドって幾つも登録できるんでしょうか…」
おずおずと問えば、
「うーん…」
「情報ギルドと傭兵ギルドを兼務している奴が昔おったぞぃ。」
唸るダレンの横で、ベントレー爺さんが穏やかに口を開く。
「なんでも、傭兵ギルドの依頼で倒した魔獣なんかの弱点や素材の情報を情報ギルドに売るんだと言っとったな〜。」
「そうなんですか!へ〜!」
「まぁ、昔の話だがなぁ。」
「え!?えぇ〜…」
この長老のいう昔って…100年単位だろうか……期待が不安に変わる……
「まぁ、詳しい事はギルドの職員さんに聞いてみるこっちゃ。」
「ごもっともです……」
ベントレー爺の正論に私は馬を下げて行く。
シュンとしながら元の位置、荷馬車の後方に戻る。
「なんだ?傭兵ギルドじゃ不満か?」
「そうじゃないですけど…、稼ぐ手段は多い方が良いじゃないですか…、どんな依頼があるかわからないし…」
「…そうか…」
「変な依頼とか、受けたくないし…」
「変な依頼…」
「だって、傭兵って、要は何でも屋でしょう?」
「…ああ…」
「護衛とか魔獣退治ならともかく、…犯罪まがいなのは受けたくないし…そりゃ、選り好みしてる場合じゃない事はわかっていますが……」
「おい。今から仕事の事を考えたって仕方ねぇだろ。さっき、ここら辺なら食うに困らねぇって話したばかりじゃねぇか…」
ブツブツと呟く私に呆れたのか、カリアンからため息交じりの声が飛ぶ。
「それは、そうですが…」
「なってみてから考えりゃ良い。そうだろ?」
そう言って、カリアンは前を向く。
カリアンのこの前向きな所が本当に羨ましい。
どうにも、前世のネガティブ思考を引き継いだ私の頭では心配が勝ってしまう。
カリアンは、私よりも市井の仄暗さを知っている。
私がカリアンの異母弟の側仕えを仕方なくしていた時期、グレていたカリアンは領都の酒場や賭場に入りびたり、素行のよろしくない者達と関係を持っている事があった。
おそらく、その頃に見聞きした事、体験した事が一種の強さ、図太さとなっているのだと思う。
私も、半グレ?みたいな奴らと仲良くしておけばよかったのか…?
何度か酒場や賭場にカリアンを迎えに行った事があるが…怖かったな……。
皆カリアン並にガタイが良いし、見下ろして来るし、眉間のシワも負けず劣らずだし…
もしもの時は負けるつもりはなかったが、それでもあの輪の中に入るのには、勇気が必要だった…
そういえばーー
あの頃のカリアンの取り巻き達は貴族の加護無しや四男、五男で、家での居場所がない者達だった。
後に、カリアンの後を追いかけて来て、同じ部隊になったのだが………
突然のカリアン追放で部隊はどうなるのだろうか……
部隊の皆のことは兄のトルバに今後の対応を頼んではある。
落ち着いたら兄経由で手紙を送ろうかな……
穏やかな草地をゆっくり進んで行く。
途中、薬草や狩りの獲物になりそうな獣や魔獣に目を向けつつ、滞り無く歩みを進める事ができた。
道は徐々に大きくはっきりしたものになり、緩く長い下り坂の先には遠くても、大きさと高さが判る城門と城壁が見えるようになり、その周囲の小中規模の門外村も増え始めた。
「あれが、国境の街ケウンツ、ですか?」
「はい!」
問いかけに答えたのはノアの元気な声。
「お二人共、気を付けてください。」
そして、浮かれ気味の私の気を引き締めるようにダレンの硬い声。
「城壁付近にはスラムがあります。」
スラム。
貧困層が勝手に住み着いた場所。
「スティーにもスラムがあるんですね…。街の外に村を作っているから、てっきり…」
街外に村を創り住んでいるテーラ村を知ったら、にわかに信じられない。
「私達は村として情報ギルドに登録し、騎士団ギルドに依頼を出しています。一応、それだけの収入や村民が居て、統率が取れているということです。」
「では、スラムは…?」
「スラムは、その金や村の存在がない、そして纏める者がいない、ということです。例えば盗賊に襲われ村がなくなったとか、何かの理由で村を追い出されたとか…。近くの村に移住できれば良いですが、受け入れてくれる場所や仕事がなければ…彷徨い…そして、比較的安全な城壁付近に集まるんです。」
「人の行き来が多い分、何かしらの恩恵に預かれる。見廻りの騎士や傭兵が居るから獣や魔獣に襲われる確率が低くなる、ですか。」
「はい。ですが、別の意味で城壁周辺の治安が悪くなってしまいます。街に入るまでの間、並んだり、順番を待ったりする間は特に注意です。」
「スリやタカリが横行してるんです。」
ノアが付け加える。
「城門の見張りは何してんだ?」
カリアンが問う。
これに答えたのはノアではなく、ダレンだ。
「基本、騎士団ギルドのメンバーが常駐していますが…、まぁ…全てを取り締まるのは難しいのと…」
「その日の担当で、状況が変わるんですよ…」
ノアが苦笑する。
「囲まれてても見て見ぬふりをしたり、身元確認が適当だったり…。人によっては逆に確認が細かったり厳しかったりするんですよ…。」
「特に、新参者には絡んできたりするたちの悪い奴もいるんで、気を付けてくださいよ。」
ノアとダレンの2人に注意を促され、私は少し緊張しながら馬を進める事になった。




