新たな地へ㉒
村の中のことは村長である宿屋の店主と村の男達まかせ、私とカリアン、そしてノアは現在、馬の背に揺られている。
先頭を私が、次にノア、最後尾にカリアンがそれぞれの馬に跨り進む。
進む先を示すのは、魔術師風の野盗。
魔術師風の野盗の両手は纏めて縛り、首に縄を巻き、その端を私が持っている。
魔術師風の示す方向に、この野盗達のアジトがある。
はず、である……。
傷と回復薬のレベルが合わず、喉の傷は塞がったが声帯は回復せず、空気音しか出せなくなった魔術師風の野盗。
彼に括られた両手で方向を示させ、先導させ、彼らのアジトに向かっているのだ。
村から離れ、イヴェリス族国の山々が比較的近い岩山の麓にあばら屋が立っていた。
それも2つ。
どちらも壁や屋根は穴が空き、板ではなく擦り切れた布で穴を塞いである。
私達は馬を降り、近くの細くなった木に馬の手綱をくくっておく。
「す、凄いトコロですね…」
ノアが呟くと、魔術師風の野盗から舌打ちが聞こえた。
「中を見てくる。お前はソイツを見張れ。ノア行くぞ。」
「は、はい!」
カリアンの後ろをノアが小走りでついて行く。
私は魔術師風野盗とお留守番だ。
魔術師風の野盗は色々と諦めているのか、以外にも素直に指示に従い抵抗も無い。
私としては、ありがたい限りだ。
一軒目のあばら屋から、カリアンとノアはすぐに出てきた。
そして、2軒目のあばら屋に入っていくも、こちらもすぐに出てきた。
「早かったですね。」
戻ってきたカリアンとノアに声をかける。
ノアは何やらぐったりしている。
「ノア、大丈夫ですか?」
「は、はい…、その…、なんというか…臭いが、その、キツくて…」
ノアがモゴモゴと気不味そうに呟く。
「アジトの中には碌なもんはなかった。多少、溜め込んでいるんじゃないかと思ったが、期待外れだな。」
カリアンが舌打ちする。
ゲームなどでは、盗賊や野盗のアジトには何かしら他者から奪った物があったりする。
が、現実とはこんなものだ……
その日暮らしで、誰かを襲わなくては何も得られない者の住処に蓄えが有ることのほうが珍しい。
もちろん、金銀財宝等を隠し持っている盗賊もいるだろうが、今回の野盗達はそこまでの規模と組織ではなかった。
基本的には、盗賊のアジトで見つけた金品等は討伐した者の戦利品となる。
確実に持ち主が判るものは提出しなければならないが、硬貨や宝石に名前が記されているわけでもないため、その殆どが討伐した者の懐に入ることになる。
なので、今回殲滅した盗賊達のアジトに金目の物があれば、私とカリアン、そして村で分ける事になるのだが……
何もなければ……何もない……
何もないからこそ、村を襲いに来た、とも言えるのだろうか……
大した収穫もなく、魔術師風の野盗に案内されてきた道を今度は案内無しで戻る。
理由は簡単だ。
道のりを覚えたのと、私の場合はスキルのマップがある。
行きとは違い、縦列ではなく比較的自由に位置取りをする。
私は歩きの魔術師風の野盗を連れているため、カリアンとノアの後ろ、野盗が馬に蹴られない様に1馬身程距離を取りながらゆっくり進んで行く。
「…、…」
トボトボとまではいかないが、それなりにゆっくりと村へ向っていると視線を感じた。
それも、複数……
大きな反応はせず、視線だけでゆっくり見渡す。
多少草花が咲く茂みがあるが、土と石が多い場所で身を隠す所など少ないだろうに、視線を感じはすれど、姿は確認できない。
魔術師風の野盗も察したのか、途端に落ち着きが無くなる。
余裕を持って長くしていた野盗と自身を繋ぐ縄を少しずつ短くする。
「シー…」
魔術師風野盗の横に馬を並べ、落ち着く様に指示を出す。
カリアンも気づいたのか、不自然にならない程度にノアに馬を寄せている。
カリアンのノア側の腕が背に回る。
握りこぶしから、中指が1本横に伸びる。
横向きとはいえ、前世では決して人様にしてはいけないハンドサインの1つだが、今世ではこのハンドサインに特別な意味は無い。
ただ、私達の中では後方者への合図の1つではある。
例えば、親指1本は了解。
小指は拒否。
薬指は退却。
など等。そして、本数や指の組み合わせで指示が変わってくる。
中指1本は監視者有り。
だ。
敵、味方関係無く、何者かによる監視がある場合に使われる。
そして、次に五本指揃えてのパー。
待機、のサイン。
つまり、『監視ある為現状無駄な動きをするな』と、いう事であろう。
コッソリ伝えれば、とも思われるだろうが、無言で進む一行が、突然会話しだしたら不自然極まりない。
なので、今回は指での合図なのだ。
今回もレーダーサーチが活躍だ。
と、スキルを発動させるも、スキル範囲内に私達以外の印は無い。
つまり、スキル範囲外の遠い場所から監視されている、ということで、レーダーサーチの範囲外ということは、私の優位は無くなる、ということで……だからといって、遅れを取るつもりはないが……不安がひとつもないわけでもなく……
だが、突如その監視は消え去る。
しばらく馬を進めていると、途端に視線が消えたのだ。
小さく息を吐き出す。
理由が何であれ、得体の知れない何者か、それも複数に常に見つめられ続けるのはやはり緊張する。
隣でも魔術師風の野盗が大きく息を吐き出すのが聞こえた。
カリアンがこちらを伺っていたが、1つ頷く事で魔術師風共々落ち着いている事を伝える。
ノアは視線を感じたかはわからないが、何かしらの緊張感は感じたらしく、不安気にカリアンを見つめていたが、カリアンがノアに声を掛けた事で安心したようだ。
こうして私達は、なんの収穫もないまま村へと引き返したのだ。
村に戻ると、村内は落ち着きを取り戻していた。
男達はまだ慌ただしく動いているが、女子供や老人は自宅へと戻ったようだ。
案内役の魔術師風の野盗を村の屈強な男性に引き渡し、ノアと数人の村人に馬を預け、私とカリアンは村長でもある宿屋の店主に報告するため宿屋の中に入る。
「あら、お戻りですか。」
宿屋の扉をくぐった私とカリアンに声をかけたのは店主の奥方だった。
手には長柄ブラシ、前世でのデッキブラシを持っている。
宿屋の食堂の床を掃除していた様だ。
コルトンも普段着に着替え、奥方を手伝っている。
かなりの量の血が床板に染み込んでしまっているので、もはや床板自体を張り替えた方が良いのではないだろうか…
「床板を張り替えたほうが良いんでしょうけど、しばらくバタバタしそうで……張り替えるまで日がかかりそうだから…」
と、奥方が私の思考を見透かした様に苦笑した。
「それに…何かしてないと、落ち着かなくて…」
と俯いてしまった。
言葉に詰まっていると、奥方は明るい声で、
「旦那に話があるんでしょう?こっちへどうぞ。」
と、ブラシを近くのテーブルに立て掛け、コルトンに声をかけた後に案内してくれた。
店主が居たのは家族が過ごすスペース、リビングダイニングの様な場所。
店主はテーブルの前に居た。
他にも、ブライソン神官と長柄鎌を持っていたご老人、そして、数人の村の男女が居た。
私とカリアンが奥方に連れられ中に入ると、店主が椅子から立ち、私達にも椅子を勧めてくれる。
私もカリアンも断ることはせず、椅子に座った。
店主が簡単に私達が居ない間の状況を教えてくれた。
怪我人のマシューは宿の一室に移し、リリアナが引き続き様子を見ているそうだ。
捕らえた盗賊の監視も、村の男達で行っているとのことだった。
「盗賊の、アジトの方はどうでしたか?」
店主が緊張気味に問いかけてきた。
私は外で待機だったので、この報告に関してはカリアンに任せる。
「アジトは荒屋が二棟あったが、どちらも誰も居らず、目ぼしいものは無かった。むしろ、食うに困っていた様だな。」
「そうですか…。2、3ヶ月前に騎士ギルドの定期討伐があったので、人数も奪った金品もそれ程ではないとは思っていましたが……」
店主が息を吐き出す。
「この村に戻る途中、監視されていた。おそらくは、野盗共がこの村より先に襲って返り討ちにあった流れ者達だろう。」
カリアンが言うと、店主達は不安気に顔を見合わせる。
「……、イヴェリスから、数人が流て来ていたのは知っていましたが……」
「接触があったんですか?」
店主の言葉に私は問いかける。
答えたのは別の村人だ。
村での道具屋を営んでいると言う。
「毛皮やら魔石やらを売りに数人来たんだ。でかい街の方が良いと言ったんだが…。その時に、この辺に住むにはどうしたら良いかときかれて…。」
「この村に、ではなく?」
「ああ。深くは聞かなかったが…」
道具屋の店主は口を閉ざした。
国を出る者が皆、希望と夢を抱いた者達ばかりではない。
「…、また売りに来ると言っていたから、そんな遠くには行かないんだろうなと…。」
「そうですか…。」
「おそらく、その連中だろう。」
カリアンが結論づける。
「姿を見た訳では無いが、かなり先の距離から監視をされた。ここら辺でそんなことができるのはイヴェリスの連中、それも戦場に出たことのある奴らだ。野盗ごときがかなう相手じゃない。」
カリアンが言い放ち、店主達がゴクリと息を呑む。
「今じゃ、イヴェリスの男も戦場に出るんか?」
ご老人が気が抜ける程穏やかに問いかけてきた。
このご老人は、なんと前村長だったそうで、今でも相談役として現村長である宿屋の店主をサポートしているのだそうだ。
「ワシらが若い時は、イヴェリスの戦士と言えば筋骨隆々の逞しい美女達だった。男は皆線が細くて、どっちが男か女かわからんくなるほどだったが…」
「いつ頃からか、男性も多く戦場に立ってますよ。主に、」
「俺のような見た目の奴がな。」
カリアンが言い放つ。
「そ、そう、ですね…。」
何となく気不味い…。
違うと言えないから、尚更気不味い……。
「言われてみれば、流れ者達は皆、あんたみたいなゴツい連中だったな。」
道具屋の店主がカリアンを見た。
カリアンがフンと鼻を鳴らすと、道具屋の店主は慌てて視線をそらす。
イヴェリス族国は、女尊男卑で一妻多夫の国。
男性は美少年、美青年が好まれる。
美しい見た目の男性は、女性達に囲われ養ってもらえるが、それ以外の男達の需要は低く、何かしらの才覚がなければ自立した生活は厳しく、家族の中でも肩身は狭いと聞く。
そんなイヴェリス族の男性の中で、特に体格や武力に才覚のある男性は稀に戦場で戦士として扱われることがあるのだ。
戦士と呼ばれるが、実際は女性戦士達の世話係だ。
女性戦士の身の回りの雑務は当然であり、それに加え、戦士として偵察等の戦仕事もこなさなければならない。
そして、もしもの時は自身の身を盾として女性戦士達を護る。
こう聞けば戦場奴隷の様だが、悪い面ばかりでもない。
戦場下で運良く女戦士のお手付きになれれば、その家系の末端として養ってもらえるのだ。
そんなイヴェリス族国の男性事情に耐えられなかったり、何かしらの希望を持ったりした者が国を出て他国へ行くこともある。
特に、戦場経験者は武力で成り上がれるのではないかと他国へ行く者がいると聞く。
その他国の中の1つが隣国であるスティー共和国だ。
カリアンが囚えた野盗から聞き出した内容の中に、この村より先に少人数の野営地を襲った、とあった。
人数の多い村を襲うよりも、人数の少い流れ者を襲った方が数でも勝てると思ったらしい。
しかし、その思惑は外れ野盗達は敗走することとなった。
イヴェリスの戦士崩れが相手だったのであれば、あり得る話だ。
結局、野盗はさらに人数を減らし、今度は人数は多いが武力に乏しいこの村を標的としたのだ。
「つまり、騎士ギルドの定期的な野盗討伐で生き残った野盗達は徒党を組み、先ずはイヴェリスから流れて来た男達の野営地を襲ったが、返り討ちにあい、次にこの村を狙ったが、私とカリアンがこの村に居て皆さんと協力し、野盗達を倒した。そして、野盗達のアジトに向かった私達をイヴェリスの流れ者達が警戒して監視ししていた、と言う事で間違いなさそうですね。」
「だろうな。」
私が状況をまとめると、カリアンも肯定した。
「で、どうします?」
私はカリアンを見上げる。
店主達も不安気にカリアンを見つめた。
野盗は何とかなったが問題はまだある。
私が神官に提供したポーション等のお金はまだ支払われていないし、生き残った野盗2人をどうするのか、村の破損箇所の補修やその補修費、そして、野盗に殺された者達の埋葬等ーーー
「ひとつづつ片付けていくしかないだろう……」
「……、まぁ…そうですね……。まずは…、捕まえた野盗2人、どうします?」
「そ、それについてですが、」
店主が口を開く。
「盗賊達の亡骸と捕まえた2人を街の騎士ギルドに引き渡そうと思います。」
「騎士ギルド、ですか?」
「はい。騎士ギルドに引き渡せば、報奨金が入ります。また、被害の状況によっては復興金や見舞金も出ます。必要な書類は私が作りますので。」
「証人署名には、私も署名いたしましょう。」
ブライソン神官が手を上げた。
「私も。」
と、道具屋の主人もブライソン神官とに続く。
被害証明書類には、犯罪者、今回は野盗の人数、被害者の有無や状態、、状況や証人、被害額等細かく書き、有力者数名の署名が必要なのだそうだ。
「騎士ギルドは近くに?」
この村には明らかに無さそうだ。
ならば、近くの街だろうか。
「半日ほど先に街があります。そこには各ギルドの支部があるので、そちらで、と思っています。それで……共に、行っていただけると……」
店主がチラチラとカリアンを見る。
「俺達も街に行く必要がある。」
「…助かります。」
カリアンのぶっきらぼうな返事に店主がホッとする。
「出発は?書類を作るのには時間がかかりますか?」
「書類は今から作りますので…、あと、その、簡単にですが、埋葬を…」
「マシューの両親と、夜番に立っていた者の葬儀を簡単に行いたいと思っています。いつまでも、野ざらしにはできません。」
店主からブライソン神官が引き継いだ。
野盗の被害者は3人。
マシューの両親は野盗達に嬲り殺されてしまい、夜番に立っていた男も喉を切り裂かれて村の入口付近の茂みに隠されていたそうだ。
村の者達としてはきちんと葬儀を行いたいだろう……。
「本来なら、しっかりと葬儀をしたいところでしょうが…、野盗がいる中では…」
「はい…。おちつきませんので……。」
ブライソン神官が大きな息を吐き出す。
拘束されているとはいえ、野盗は野盗。その生き残りが2人居るのだ。
被害を被った村の者達からしたら、拘束されていようと、近くに居るだけで気がきではないだろう。
「野盗の死体の処理はこちらでする。首さえ有ればいいだろう?」
カリアンがおもむろに立ち上がる。
野盗の死体もいつまでもそこら辺に放ってはいけない。
しかし、野盗の被害者である村人に野盗の死体を処理させるのは少々酷だろうと、カリアンが気を使った様だ。
「は、はい…!」
店主がどこかホッとした様に返事をした。
「なら、すぐに取り掛かる。首を入れる桶の用意を頼みたい。」
「わかりました。」
カリアンの頼みに道具屋の店主が答え、各々やるべきことに動き出した。
後でブライソン神官が誰も野盗の死体に近づきたがらず、誰が処理するか悩んでいたのだと聞かされた。




