新たな地へ⑰
痛い表現をなるべくフンワリにしたつもりです……
気を失った野盗を残し、カリアンの側に寄る。
「…他は、出てくる様子はないですね。」
この四人以外にあと2人居るのは厩での大きな独り言を聞いて知っている。
その残りの二人は未だに宿に来る気配はない。
「ふん。まだ一軒目だろう。かなり好き勝手やっているようだな…。」
好き勝手……つまりーー
「…あまり、期待はできませんね…。」
唸るように言えば、カリアンも頷いた。
残念だが…一軒目のお宅の住人は良い状態ではないだろう……生きていればマシ、いや……早く殺してくれ……と思っているのかもしれない……
「…あと2人、ですね…」
「コイツが本当のことを言っていればな。」
カリアンが小太りを顎で示す。
私が別なことを考えている間にカリアンはしっかりと仕事をこなしていた。
この村に入り込んだのは6人であること。
1軒目に押し入り、住人を脅し、痛めつけてこの村の情報を聞き出したこと。
宿に泊まり客が居ると知り、朝になれば旅立ってしまうと思ったこと等を聞き出していた。
「どんな感じでした?」
と問えば、カリアンいわく、ひと殴りで何でも喋ってくれたそうだ。
「嘘をつくほど器用ではなさそうだ。」
「厩で独り言の大きな奴も、二人が楽しんでる、と言っていました……」
「二人も言うなら、そうなんだろう。」
「では、どうします?」
暗に尋ねる。
待ち構えるか、打って出るのか。
「待ってても仕方ねぇ…俺が行く。お前はコイツを見張れ。」
カリアンが顎で倒れている野盗を示す。
「ン……?」
なぜ?
野盗の意識はない。
手首と足首は縛ってある。
見張る意味とは……?
「私も行きます。」
立ちはだかるように立てば、
「店主親子になんかあったらどうる…。」
と、低く唸るようにカリアンに言われる。
たしかに万が一ということもあるが……
冷たい言い方だが私としては、赤の他人である店主親子よりカリアンの方が優先度が高い。
なので、連携が取れない事はなるべくしたくない。
先程の別行動は宿の敷地内とあって、どちらかに何かあっても駆け付けられる距離だった。
しかし、今回は違う。
野盗が入り込んだ1軒目を見つけ出すところから初めなくてはならい。そして、距離が有れば有る程、何かあった時駆け付けるのが遅くなる。
顔をしかめる私の肩にポンとカリアンの戦士らしい大きな手が置かれる。
思わず見上げる先にはカリアンの琥珀色の瞳。
大きな手は、するり、と腕を撫でながら肩から滑り降りていく。
肩から腕、そして手の甲を包み込み、親指で掌をひと撫でして、指先へ。そして、カリアンの手が離れる。
「この程度、俺一人で十分だ…。」
「……」
チラリと意識のない小太りの野盗に視線だけを向ける。
残りの野盗も先に倒した野盗と同様の戦力ならば、相手が2人だろうとカリアンにとってはなんら問題にはならない。
「……、わかりました。気をつけて下さい。」
仕方ないとばかりにため息と共に伝えれば、カリアンは小さく鼻を鳴らして出ていった。
シン、と静まる室内。
野盗相手にカリアンが負けるとは思っていない。
しかし、戦場ーー命のやり取りのある場では、おもいもしないことが起こるのもまた事実……
信頼と心配は別物で……
私は大きなため息をひとつ吐いた。
消音魔法が解けたのを確認してから、カウンターに近づき店主親子の様子を伺う。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「は、はい…」
声をかけると、ノアが震える声で返事をした。
「今回、侵入したのは6人の様です。内、3人は私達が倒し、一人はそこで転がっています。残りの二人はカリ…、彼が何とかしてくれます。」
3人の顔を見ていく。
奥方の顔色は相変わらず悪いし身体は震えているが、店主とノアは引き攣った表情ではあるものの比較的落ち着いて話を聞いている。
「残りの二人は最初に侵入した家から出ていないようです。」
「な、なんで…」
ノアが震える声で質問した。
この、なんでは、なぜ一軒目から出てきていないのか、という質問だろう…
「……、おそらく一軒目で、悪さをまだしているようです。その家の住人から店主が村長であることや宿屋を営んでいること、そして、泊まり客がいることを聞いたのでしょう。もしかしたら、今回はあくまでも偵察の予定が暴走したのかもしれません。」
悪さが何であるかは濁したが、店主親子は何となく察してくれているようだ。
暴走は私の勝手な予想だ。
本格的な襲撃ならばボスとやらがいてもおかしくないし、もっと被害が出ていてもおかしくない。
なのに今回ボスらしき人物は居らず、被害も今のところ1軒目とこの宿だけだ。
なので、本来の目的は下見だろうと予測したのだ。
下見にも関わらず、家を襲ったということは村人だけならどうとでもなると暴走したのではないだろうか。
「大変の言い辛いのですが…、一軒目のお宅の住人の方々に関しては、期待はしないでいただけませんか?」
一軒目の住人の死亡宣告に近い。
店主親子が息を呑む音が聞こえた。
「で、でも…もしかしたら…」
奥方が涙声で希望を繋ごうとする。
が、私はむしろ生き残っている可能性は低いと思っている。
野盗達が外で話していた内容から想像する限りでは……
「もちろん生きているなら、それが一番良いですが、期待して駄目だった場合……辛いでしょう…?」
困った様に伝えると、店主親子は黙って俯いてしまった。
「とにかく、私の連れが戻るのを待ちましょう。」
奥方の啜り泣きが暗闇の中に響く。
これ以上何かを言うのは酷かもしれない。
私は声をかけるのを切り上げ、意識のない床に転がる野盗も気にしつつ、扉の前で見張りに付き、ほんの少しでも漏れ聞こえてくる音を拾おうと集中した。
しばらくすると、遠くの方で微かに音がする。
深夜の静寂だからこそ聞こえてくる自然の音と、僅かな人の生活音に混ざり、その独特な音を拾う。
ありがたいことに、気を失っている盗賊は目を覚まさないので集中できる。
と、
「ひゃぁああーー!」
「どけぇええ!!」
「!?」
男の裏返った甲高い悲鳴。
野太い怒声。
そして、ドタドタと土を踏みめ足音も気にせず走る音。
が、二つ?
これは………
バレた……のだろう……たぶん……
野盗にも……村人?にも……
カウンターから親子3人が顔を覗かせている。
私は苦笑を向けてから扉を静かに開け、そっと外にでる。
村の入口の方を見ると、四つん這いに近い態勢の男が荒い息で駆けてくる。
どうやらこちらを目指しているようだ。
上手く動かない足がもつれ、地面に膝をつく。
ハァハァと荒い息の男が四つん這いのまま顔を上げ、ピタリと動きが止まる。
目があったーーー
「…ぁ…、」
「…、大丈夫ですか?」
口をパクパクとさせる男に問えば、男がガバリと立ち上がり、肩を掴んできた。
中年の痩せた男性だ。
節ばった手は震え、目も血走っている。
「と!ぞ…!ひ!人が!血が!そ!村長を…!」
彼にとっては力一杯私の肩を摑んでいるのだろう。
ブルブル震え、甲高い大声で唾を飛ばしながら回らない舌を必死に動かしている。
このままでは他の村人も出てきそうだ……
肩に置かれた男性の腕に優しく手を添え下ろす。
「落ち着いてください。村長なら中にいます。入りましょう。」
そう言って宿屋の扉を開け、招き入れる。
「うわぁ!!」
ビクビクしながら宿屋内に入った男性は床に転がる野盗に驚くも、
「コルトン!」
と、店主に名を呼ばれ我に返ったらしくドタドタと店主に駆け寄る。
「や、野盗だ!!野盗がコナーの家から出てきたんだ!!血だらけで!!このままだと…!!」
「コルトン!落ち着くんだ!」
錯乱状態に近い、コルトンと呼ばれた男性を落ち着かせる店主。
人が増えたことと野盗が逃げた、と言うセリフで奥方とノアもカウンターから出てくる。
お前は大丈夫か?!とか、何でこんなことに…とか、4人で話しているが、私としては、野盗が一人逃げた、ということの方に重きを置いていた。
強面のカリアンを盗賊と間違えたのか…?
ならば、逃げたという表現はおかしい。
追いかけていったとか、立っていたとかならわかるが……
そして、本当に野盗を一人取り逃がしたのであれば………
カリアンが負けたか……取り逃がすほどの不測の事態が起こったということになる……
宿屋の扉から外を見る。
悲鳴を聞いたのか、ちらほら家に灯りがともり始めている。
と、漏れる微かな灯りの中に僅かな人影が見えた。
闇に慣れた目なら、すぐに誰かわかる。
「カリアン。……」
カリアンは塊を抱えていた。
カリアンが脇に抱えていたのは血だらけの塊。
滴る血がポタポタと地面に落ちている。
「……、その…生きていますか?」
思わず問いかけてしまった……
宿の扉を開け、閉じないよう手で押さえ迎え入れる。
宿の中に居た4人が悲鳴を上げたが、カリアンも私も気にすることはなかった。
カリアンは、酒場の床に抱えていた人を寝かせる。
体格からして、まだ若そうだ。
胸部がわずかに上下し、ヒューヒューとか細い呼吸をしているのがわかる。
「店主、灯りをつけていただいてもいいですか?」
頼めば、店主はヨロヨロとどこかに向かった。
「ノアさん、水を桶いっぱいに持ってきて下さい。奥様、綺麗なタオルや手ぬぐい等をいただけませんか?」
そう伝えると、ノアと奥方はギクシャクとしつつも動きだす。
一人残された男性、たしか、コルトン……が、所在無げにキョロキョロしてから、近くのイスにそっと腰掛ける。
騒がれるよりはいいので、そのまま放置し、床に膝をつき横たわる血まみれの塊に目を向ける。
顔は腫れと血で判らないが細身の青年のようだ。
全身、殴られた痕や刃物で刺されたり切られた傷が多々ある。
それだけではない。
手の指は数本は折れている。
か細い呼吸音を出している口も、唇は腫れたり切れたりしているし、右側の口から頬にかけて切り裂けている。
歯の隙間には布の繊維が付いているので、口には布類が突っ込まれていたのか、はたまた、噛み締めていたのか………
それだけで、これだけ凄惨な暴力による激痛の声を外に漏らさない様にすのは不可能だ。
こちらも色々動いていて音を拾っていなかったとはいえ、何も聞こえなかった、というのは有り得ないのだが……
店主が慌ただしく蝋燭に灯りをともしていく中、カリアンに問う。
「……村、の方ですか?」
「一軒目の住人だ。…コイツに掴まれた隙に逃した。」
カリアンから小さな舌打ちが聞こえた。
蝋燭に火が灯り、室内が明るくなるにつれ、横たわる生き残りの惨たらしさと、カリアンの衣類にベットリと付く赤黒い手形や染みが目に付く。
この衣類をほとんど身に着けていない憐れな青年は、あらゆる暴力を受け、一縷の望みをかけてカリアンの足にしがみついたのだろう……。
イスに座っていたコルトンが、明るくなるにつれ鮮明に見えてくる血まみれの人物を見て外に走っていった。
えづく音が聞こえてくるので、おそらくは嘔吐しているのだろう…。
「……、それは…運が悪かったですね…」
と、村人が聞けば怒りそうな返答だが、見ず知らずの人間の命よりもカリアンの安全の方が優先される私の素直な言葉だ。
そして、戦場を知ってしまっている私には、この青年の様な有様は少なからず見慣れた、と言える。
それよりも、敵を逃した事による、この後、の方が気になるところだ……。
「治療ポーチを取りに部屋へ行ってきます。」
「わかった。」
カリアンにひと声かけ、荷物のある部屋に繋がる階段へ足を向ける。
駆け足で部屋へ入り、私物の入ったザックの中から硬い革でできた四角いポーチを手にする。
この中には、持ってこれるだけ持ってきたポーションや回復薬等の回復アイテムや応急処置用の道具が入っている。
大急ぎでこのポーチを抱えて戻る。
階段を駆け下りた所で、水桶を持ったノアに出くわした。
「…、…み、水を…」
ノアが水の入った桶を示したが、震える手のせいで水がビシャビシャと床に溢れてしまっている。
「ありがとうございます。奥様も、その手ぬぐいをこの中に入れてください。タオルは怪我人の横においてもらえますか?」
ポーチを片手に持ち直し、震えるノアから大急ぎで桶を受け取り、その背後に佇む奥方に声をかけるが、奥方はフルフルと首を振った。
……まいった……動けないのか……
凄惨さからか緊張からか、近寄ることもできない様子だ。
こちらから動こうとしたとき、店主が引ったくるように奥方の手から布類を取ると、私が指示した通りに手ぬぐいを水桶に、タオルを怪我人の青年の横に置いた。
「ありがとうございます。奥様の側にいたいと思いますが、あの盗賊が目を覚まさないか見張っていてください。」
「わ、わかった。」
店主は顔色は悪いものの、覚悟した表情で頷くとカウンターに向かい包丁片手に戻ってきた。
刃物か……パニックになったとき、逆にあぶないかも……とも感じたが、この場では誰よりも最初に冷静さを取り戻し、状況を理解している辺り、流石村長である。
店主はぎこちなく包丁を握りしめながら、拘束され意識のない野盗の側に立った。
カリアンは開け放たれた扉によりかかり、見張りに立っている。
私は桶を傍らに置き、治療ポーチを開ける。
ポーチの中には隙間なく詰まった容器。
その上には薄い革手袋。
まずは横向きに入れられている一番長さのある瓶。
中には特に品質の高いクリーン水が入っている。
今世に消毒液や消毒用アルコールなんてものは無い。
なぜならポーションぶっかければ治るから。
回復薬を塗ったくれば治るから。
でもやっぱり気になる私は、クリーン水の中でも特に品質レベルが高い物を消毒用アルコール代わりにしている。
まずはこの消毒用クリーン水で手を洗う。
今更だが、自身の両手に傷がないかも確かめる。
血液感染を起こすウイルス的な何かがこの世界に有るのかは不明だが、一応気にして損はないはずだ。
薄手の革手袋をして、もう一度消毒用クリーン水で洗い、青年の手当に取り掛かる。
濡れタオルで血まみれの青年の顔を拭いていく。
顔を拭いた布を桶に浸すと水はすぐに真っ赤に染まった。
「あ、新しい水!汲んできます!」
ノアが、バタバタとかけていく。
察してくれたようだ。
顔を濡らす血を拭き取るにつれ、傷の有無や深さがより鮮明になる。
それと同時に、
「ま、マシュー……」
外で嘔吐していたコルトンが、扉の前で掠れた声で呟く。
知っている人物のようだ。
この小さな村では、村人全員が知り合い、場合によっては親類ということだってあるだろう。
「マシュー…、マシュー、なんで、こんな……ひでぇ…」
涙を流しながらヨロヨロと近寄るコルトンを店主が止めるのを視界の端に留めつつ、身体を拭き、傷を確認していく。
視線は外に向けられたままだが、カリアンから深い溜息が出た。
青年、マシューの体の傷だが、右口角の裂け目と左手の刃物が貫通した刺し傷が最も深い傷だろう。
次に顔面を血塗れにしていた鼻血の原因である鼻の骨折。額や頬骨のあたりに押し付けられた様な痕があることから、床、もしくは壁にでも顔面を叩きつけられたのだろう。
指は右の人差し指と中指があらぬ方向を向いている。
脇腹や腕に多く見らる刃物傷は、ほとんどが浅い切り傷や刺し傷。出血と痛みを与えるために付けられた傷だろう。
腹にはいくつか楕円の痣があり、腹に拳を叩き入れられた事が伺える。
痣は腹だけなく、手首や足首、腰にも有り、そちらは手形状の痣が見られる……逃げたり暴れたりしない様に強く掴まれたのだろう。
他には、項や背中、尻に歯型がいくつかあった。
「奥様、お手伝いしていただけませんか?」
圧迫して出血を抑えたいが、生憎と私の手は2本しかない。
なので、立ちつくす奥方に声を掛ければ、冷静さを取り戻し始めたのかノロノロとではあるが側に寄ってくる。
「ここと、ここを抑えていて下さい。」
畳んでコの字にしたタオルの間に刃物傷がある左手を挟み手で押さえて圧迫する。
その手を奥方に代わってもらった。
右口角の傷は、出血で喉を詰まらせないように顔は横に向け傷口の下にタオルを敷いておいた。
新しい水桶を持ってきたノアから桶を受け取り、手当のための薬剤を持ってくるようにと、回復魔法『キュアー』や『ヒーリュー』が使える者が居れば連れてくる様に頼む。
ノアは頷くと、真っ赤になった水が入った桶を回収して走って行った。
『キュアー』は光属性の低級回復魔法で、魔力が有れば誰でも使える生活魔法の一つ。
『ヒーリュー』も低級の回復魔法なのだが、こちらは聖属性魔法なので、消費魔力は同じだが、キュアーよりも回復力が強く範囲が広い。
誰でも使える『キュアー』とは違い、治癒師や神官等が扱う治癒魔法に分類される。
先に使用した消音魔法の『サィレース』もそうだが、
『キュアー』や『ヒーリュー』等、魔法も前世でゲームやアニメで聞いた定番の魔法呪文、『サイレス』や『キュア』や『ヒール』が語源なのではないかと思われる。
あらゆる魔法を編み出した聖者様が過去にいたと歴史書に書かれていた。
おそらく、元々は『キュア』や『サイレス』等ゲーム等でよく見聞きした呪文で聖者様が作った『魔法呪文』が、長い歴史の中でこの世界に馴染みやすく、唱えやすく変化していったのではないだろうか。
駆け出すノアを見送り、応急処置代わりの回復魔法『キュアー』を傷の浅い両腕にかけていく。
浅い切り傷や刺し傷ならば痕が残ることも無く塞がる。
しかし、傷の深さに見合わない回復アイテムや回復魔法を使用してしまうとその傷は中途半端になってしまう。治りきらなかったり、痕が残ったり、障害が残ってしまったりするのだ。
なので、傷の深い左手と口元、折れている指、潰れている鼻は後にし、とりあえず細かな傷に『キュアー』をかけていく。
そんな中で、まだ気不味さからあえて視界に入れてなかったマシューの下半身のとある部分の状態に顔を顰める。
回復魔法の手を止め、下半身を水拭きし、その部分の結び目を確認する。
身体の一部の根元をキツく括られているのだ。
そのため、本来なら体内から排出される物が排出できず下腹部が軽く膨れ上がっている。
濡れていないタオルを数枚青年の股下に当て、ショートソードを取り出す。
食い込む程キツく縛られているので、傷をつけずに縄を切り取ることは……難しいだろう……
なぜこんなことをしたか………おそらく、痛みと羞恥を与え、自身の加虐心や嗜虐心を満足させるため……だろう……
「……俺がやる。」
カリアンが扉から体を離した。
「いえ、私が…」
カリアンにさせるのは気が引けるし、野盗は逃げて居ないとはいえ一人はここに転がっているし、村人が騒ぎ出しても困る。
「そのまま監視をお願いします。村人がパニックになっては困るので…」
「なら、見張りは店主と変わる。店主!」
カリアンは店主を呼び、呼ばれた店主は真っ青な顔のコルトンに包丁をわたし、カリアンから指示をうけ扉の前にたった。
カリアンは私の隣で膝を曲げ、戦斧を横に置くと手を差し出す。
「……、だめです。私がします。」
やはりだめだ。なぜなら、治療用の革手袋は私の分しかないからだ。
人に渡せる程用意はしていない。
「シェリス…」
「カリアン、素手で他人の血液になるべく触れて欲しくはないんです…。手袋は、私の分しかありません。」
奥方がピクリと肩を揺らしたが、気付かないふりをする。
「…、俺は、お前に触ってほしくない。」
何にとは言わないが、カリアンが深刻そうに言う。
「……、手当のためです。それに、手袋もしています。」
「……。俺の分も用意しておけ。」
「落ち着いたら、作っておきます。」
不満気に側を離れ、扉の元に戻るカリアンの背に伝え、私はショートソードに消毒用クリーン水をかける。
マシューの一部にも消毒用クリーン水をかけ、赤黒く盛り上がる肉を指先で押しよけ、ショートソードの刃先をなるべく一番外側の縄に引っ掛けるように……ーー
ジョリ、ジョリ、ジョリ
刃先で縄を引っ掻き上げる様に少しづつ切り、ブツ、と弾けるような音を立てて縄が緩む。
と、同時に、濃いアンモニアと鉄臭さが広がる。
マシューの股下に敷いたタオルは濁った赤い体液で染まっていた。
「ぅ……」
「…っ、ハァ…」
小さな呻きが漏れる。
一つは痛みに呻くマシューから、もう一つは顔を背け、顔を歪めキツく瞳を瞑る奥方からだ。
臭いと凄惨さに耐えられなくなったのか、コルトンが包丁をテーブルに放り置き、口元を覆って再度外に飛び出していく。
コルトンと入れ替わるようにノアが籠を抱えて来た。
「や、薬草とか…」
震えるノアの手にある籠の中を見る。
中には薬草や初級ポーション、回復薬、清潔そうな包帯や綿布等が入っている。
ショートソードをタオルで拭き、鞘にもどして籠を受け取る。
「助かります。何でもお願いして申し訳ありませんが、野盗の見張りをお願いできますか?」
コルトンがいなくなってしまった為、見張りをノアに頼み、ノアは引き攣りながらも頷いた。
回復魔法が使える人物を連れてきて欲しかったが、拘束され意識を無くしているとはいえ、野盗の見張りが誰もいないのは無用心だ。
と、店主が、
「教会の、神官様なら治癒魔法が使えたはずだ。呼んでこよう。」
と、声を上げてくれた。
「教会までは遠いのか?」
「遠くは、ない…。広場の奥にある…。」
カリアンの問に、店主が答える。
「ついて行こう。」
カリアンが再度扉から背を離す。
見張りがいなくなる、と店主が拒んだが、カリアンは、吐き過ぎて真っ青から真っ白に近い顔色のコルトンに見張りを命じて店主と共に月明かりの中を歩いていった。
コルトンが涙目でこちらを見つめてくるが、外を見張ってほしいので、外に向けて指を示すと、細い体を更に細くして扉の前に立ち、外に顔を向けた。
野盗のお頭にも登場してもらえばよかった……と、後悔(泣)




