新たな地へ⑭
戦闘シーンがちょっとあります。一応、流血表現がとかあるので……
店主親子の確認を終え、私はカリアンの背後につく。
「様子は?」
「外を彷徨いている様子は無い。まだ、一軒目から出てない様だ。」
一軒目から出ていない……
何のために出ていないのか……
理由は色々有るだろう…
金目の物を漁っているとか……他の家の情報を聞き出しているとか…気に入った男女が居れば襲っているとか……
どちらにしろ、この1軒で済むのか、それとも………
情報が少なすぎて対応のしようがない……
「……。外に出て様子を伺って来ましょうか?」
私の職業スキルには、隠密に特化した職種も有る。
そのスキルを使えばーー
「……。急くのはお前の悪い所だ。」
却下される。
そして、同時に自身の欠点も指摘されちょっと凹んだ。
「……なら、場所を代わります。少しでも音を拾えば、何かわかるかもしれないので…」
カリアンと場所を代わる。
カリアンは向い側の扉の側に身を潜める。
ハルバートは邪魔なので床に置く。
窓を開けっ放しにする際に使う支えをショートソードで削り、薄くして窓に挟み隙間を作る。
その隙間から外のリアルな音が漏れ聞こえてくる。
目を瞑り、全神経を聴覚に集中させる。
「…」
「……」
暫くの沈黙。
夜の静けさの中で、離れた場所のほんの僅かな音を聴き取る。
近くの家から聞こえる、数多の寝息や布の擦れる音を排除し、聞き出したい場所の音だけに集中する。
「……」
ピチャピチャとヌメるような水音……
荒い鼻息と噛み殺したうめき声……
ビシャビシャと水が落ちる音とカツンと重いものが置かれる音……
そして……
チッ
…舌打ち…が1つ…
カタカタと木の擦れる音が2つ……
ガタン!!
重たい音。
それも、かなり大きい。
目を開き、カリアンを見る。
聞こえた?
と目で訴える間もなく、
バタン、ドガドガと次々荒い音が響く。
流石に気を付けていれば聞こえる音にカリアンも片眉を上げた。
これは……外に出てきた様だ。
ザリ、ザリ、と擦るように歩く音。
一般人にはわからなくても、魔物を相手にしたり、戦下に放り込まれた身にはすぐに聞き取れる。
むしろ、わかりやすい。
足音を殺しながらもザリザリと特徴的なすり足音で近づいて来る足音が、
一つ……2つ……
2人……のようだ…
指を2本立てるとカリアンが頷いた。
カリアンも同じ見立てのようだ。
足音が宿の前で泊まる。
「ここか?」
「ああ。村長ん家で宿屋だそうだ。」
「馬が居るな…」
「客が2人いるってよ。」
「旅客か…なら、金を持ってるな…」
「若い貴族みてぇな客らしい…へへ…」
「あのババァより若けりゃ、女でも男でも良いぜ…」
「俺は女が良いなぁ。柔けぇからよぉ。」
「ゲーツみたいにガキが良いって言われなくて良かったぜ…」
「あぁ、アイツは変態、だからなぁ〜」
そんな小声での会話とグフグフと押し殺した様な笑い声が扉越しにきこえてくる。
あまり良い気分の内容ではない……
更に足音が増えた。
増えた数は二人分。
「来たのか。」
「ああ。ゲーツはガキを離さねーし、ドランは旦那と楽しんでるし、女は動かなくなるしよぉ。」
「オンニャは、おみゃえがむにやり突っきょんだきゃらだりょ?」
…………、一人、歯がかなりの本数無いのか空気の抜けたように様な聞き取りにくい喋り方をする。
やはり私達が店主親子を起こしたりなんだりしている間に、一軒目で色々悪さを行っていた様子だ。
「……女と客は殺すな。美人なら楽しんでから売るぞ。」
その言葉と共に、ザワリと空気に嫌な熱がこもる。
私はカリアンと目を合わせた。
来るーーー
野盗達は興奮しているのか、足音を消すことなく大股に近づいてくる。
2つの足音が正面に、一つは裏ーー厩がある方に向かった。
もう一つはーー厩とは逆………そちら側は店主家族の居住スペースだが、扉は無い。
であるなら、恐らく窓を破るつもりなのだろう………
正面の扉の両脇に私とカリアンがそれぞれ控える。
階段側に身を潜めたカリアンは、窓を破って来るであろう居住スペースからの侵入者に背を向ける形となる。
カリアンの背後にも注意しつつ、ショートソードを手にする。
ドアノブが、ガチャ、と一度音がする。
鍵が掛かっているから開かないのだが……さて…こいつ等はどうするのだろう?
ぶち破るのか…それともーーー
カチャカチャ
金属が擦れ合う小さな音。
どうやら鍵開けができる人物が居るようだ。
カチャリ
やたらと響く音をたて、鍵が開いた。
キィ…、キィーーイ……
最初に小さく、次にしっかりと軋む音をたてながら扉が開け放たれる。
内側に開かれた扉はカリアンの身体を扉で隠す。
私は壁にピタリと張り付き、身を低くして息を殺し身を潜める。
室内の暗闇とは違う、夜の星や月でほんのり照らされた薄闇の中に2つの人影。
ボサボサの脂ぎった髪に伸びた髭。
薄汚れた身体。
黄ばんだ衣類。
一人は手入れのされていない斧、もう一人は剣を持っている。
シン…とした室内をミシリと床板を踏みしめて一人目が入る。
手招きのジェスチャーが見える。
一人目の後に続き、もう一人も足を踏み入れる。
息を潜め、確実に対応できる瞬間を待つ。
外の薄闇よりもずっと濃い、灯りの無い室内の暗闇にまだ目が慣れていないのか、外の月明かりからの僅かな明るさの中を足取りは重いが、しかし、着実に侵入してくる。
後ろを歩く野盗が、後ろ手に扉を閉め、その際に身体を少し撚る。
私が身を潜める方に、顔と視線は正面を警戒したままに、ほんの少し身体を向けた。
この野盗との距離は私の足で大股2歩の距離。
その2歩を身を低くしたまま音も立てず進み、更に半歩。
その半歩の時には既に野盗の男の顎下から脳天に向けて、剣の柄頭を掌にそえ、押し込むようにショートソードを突き立てていた。
顎下からやや斜め上に突き刺さったショートソードは男の顎下から脳を貫通し、刃先が頭蓋骨に当たって止まる。
この一瞬でこの野盗は死んだ。
即死なので何が起こったかもわかっていないだろう。
念の為、剣の柄を握っていた方の手で剣を捻り確実に傷を広げ、一歩下がると同時に剣を引き抜く。
大量の血が、ショートソードが貫いた穴と顔面の穴達から溢れ出しビシャビシャと音を立てて床を汚すが気にとめることは無い。
それよりも、倒れ込む野盗の服を引っ掴んで倒れ込むスピードを少しでも緩める。
大きな物音は避けたいからだ。
野盗が崩れ落ちる時の大きな音は防げたが、それでも膝を付いた音と、手から滑り落ちた剣のゴスンと重たい音は防げなかった。
比較的静かに死体を床に下ろし、先に侵入した野盗を処理したカリアンを確認する。
カリアンは既に階段下の居住スペースとを繋ぐ扉に向かっていた。
床にはもう一つ、うつ伏せに倒れた野盗。
見開いた目とポカンと空いた口。そして、その口からダラリと出た舌。
うつ伏せなのに、生命の光を無くした目玉は天井を見つめている。
つまりーー首が後ろに向いているのだ。
私が動くと同時にカリアンも動いていた。
既にハンドサインでどちらを相手にするかは決めていた。
カリアンは前を行く野盗の背後から抱きつく様に身体を近づけ、腕を首に回しーー
ゴキリ
と、鈍い音と途端に力を失い崩れ落ちる身体。
カリアンは念の為と言わんばかりに、更に髭を掴み撚る。
首の骨が折れ、顔はほとんど背中をむいていた。
血を流さない、ある意味綺麗な殺し方……ではあるだろう……
成人男性の首の骨を折るなと……馬鹿力である……
カリアンが階段下の扉に向かうのを見て、ならば、と私は外に出る事にした。
ドアを少し開け、外の様子を伺う。
少なくとも視界に入る範囲には新たな人影や気配はない。
なるべく音をたてないように外に出る。
壁に身を寄せ、建物裏の厩の方に足を進める。
周囲を警戒しつつ、角を曲がれば厩という所まで来た。
ヒヒン、ブルル
と、荒い馬の嘶きが耳に入る。
そっと角から様子をうかがうと、野盗が1人、馬の前に立っているのが見えた。
「おみェラは、たきゃく売りぇそうだにゃ〜。」
喋り方が独特な方だ……。
私とカリアンの馬をニヤニヤと見ている。
「おみぁえは、肉だにぁ。」
斑柄の馬を見て笑う。
さて、どうしたものか……
悩んでいると、
ガシャン
と、硝子が割れる音。
そして、ドタドタと争う音やくぐもった男のうめき声。
「はしまったぁ〜。帰ったリャ、おみぁえで宴だぁ。ヒャヒャ。は~、しょもしょも、あいつリャが、おリェ達に殺りゃれてりゃ、こにょ村もおしょわれにゃかったのににゃ〜」
馬相手にペラペラ喋ってくれる。
…………聞き取りにくいが……
どうやら、この野盗達はどこか、もしくは、誰かを襲い、失敗したようだ。
そして、かわりにこの村に来た……ということらしい……
……迷惑な……
「あにょ家のおんにゃとガキは、ヤレなきゃったが、こきょは、おリェがもりゃうぞぉお!」
エヘヘと笑い、股間をニギニギしている……
やだ…キモい……
すでに室内は静かになっている。
カリアンが負けたとは思えない。
ならば、こちらも早く切り上げなければならない。
だが………
グヘヘと笑いながら馬の前でまだ股間をニギニギしている男……
近づきたく無い………
誰でもきっとそう思うはず……
ああ…馬が可哀想……
なんだか……馬達も嫌そうな…キモっ!!って表情の様な気が……
近付かずに片付けるには……
弓は置いてきてしまった……
ハルバートも酒場の床だ……
手にあるショートソードを見る。
かわりにはなるだろうが、上手くやれるだろうか……
ショートソードを投げやりを持つように手にする。
狙うのは首から上。
背を壁から反転して離し、一歩で壁から出る。
そして、上体を反らせ、反動をつけながら目標に向かって投げる。
勢いよく投げ放たれたショートソードは男のコメカミを捉えた。
「ハェ、?」
間抜けな吐息と共に、崩れ落ちる野盗。
動かないのを確認して、近づく。
男は歯がほとんど無い口を笑みの形にしたままだった。
そして手も……そのままだ………
反対の手に持つ手入れの悪い斧を蹴り飛ばし、男の頭からショートソードを抜き取る。
血油を振り払い、腰の鞘に収める。
今日はショートソードが大活躍だ。
そんな事を呑気に考えてしまう。
こんな物騒な事を呑気に…、などと言えるほど、今世の17年間は存外に血生臭く慣れてしまった。
しかし、悪くないとも思っている。
こうやって、向かって来る危険を排除できるだけの力を手にしたのだから。




