新たな地へ⑫
「口に合えばいいんだけど…。」
と、はにかんでノアは夕食を置いていく。
出てきた夕食は、半分にカットされた小芋と葉物野菜のミルクスープに焼いた鶏肉を入れた物。そして、硬めの丸パン、だ。
カリアンはパンを手で千切り、一口大にして口にするが、私は一口程に千切り、更にスープに浸して食べる。
前世のマナーでは、パンをスープに浸す事はパンが不味いと言っているようなものでマナー的に良くない、と聞いたことがあるが、今世では基本的にパンはカッチカチなのだ。丸々全部がパンの耳。ハードタイプのパンの耳と思ってくれれば良い。
なので、汁物に浸したり、付けたりは一般的なのだ。
貴族の場合は、パンはスライスされ専用のスープやオイル、バターで適度に浸された状態で皿に乗って出てくる。
それをナイフとフォークで食すのだ。
半分程食べたところで、ノアがやって来た。
「田舎の有り合わせな料理ですが、食べれましたか?」
と、ニコニコと問うてきた。
カリアンが眉間にシワを寄せるも、ノアは見えていないようだ。
……以外に肝が座っているのかも……
カウンターの中では、店主も眉間にシワをよせている。
大事な息子が見知らぬ旅人に気安く話しかけているのが気に入らないのか……はたまた、田舎の有り合わせ料理と言われたのが納得いかないのか……
「美味しいですよ。野菜もふんだんに入っていますし。」
もちろん不味くはない。でも、ものすごく美味しいわけでもない。
流通網が前世よりも発展していない今世では、香辛料はまだまだ貴重な食材。
前世の味を知っている者としては、この世界全てのご飯は味気無い…………良く言えば、自然そのものの味………
ちなみに、パンの耳が嫌いなので今世のパンは、かなーーりシンドい……
「本当ですか!?良かった〜」
そんな事など知りもしないノアがニコニコと嬉しそうにしている。
可愛いな〜おい〜
「あ、馬の方にも野菜を入れておいたので。」
「それは!ありがとうございます!」
頑張ってくれた馬達のご褒美のことだ。
期待していなかったから、思わず大きい声が出てしまった。
「そちらの代金も出る時纏めてのお会計で良いですか?」
「父さん、どうする?」
ノアが父親の店主に声をかけると店主は、
「……この宿で使ったモンは、出る時纏めてだ。」
と、ぶっきらぼうに答え、ニコニコ顔のノアが、
「だ、そうです。」
と付け足した。
「わかりました。本当にありがとうございます!」
「いえいえ…」
私は二人に礼を言うと、ノアが照れたように頭をかいた。直後、
ガツン
と、重たい音がした。
見るとカリアンが空になった酒瓶をテーブルに置いた音だ。
私、ノア、店主の3人の視線の中、カリアンが席を立つ。
「先に戻る。店主、遅くに悪かったな。」
と、言って一人部屋に戻っていく。
皿の上は全て綺麗に無くなっている。
私がノアと話しているうちに食べきったのだろう。
「ま、待って下さい、鍵をーー」
慌てて腰を浮かす。
部屋の鍵を掛けたのは私で、鍵は私のズボンのポケットに入って……
「持ってる。」
カリアンが指で鍵を揺らす。
どうやらスペアを持って来ていた様だ。
「ゆっくり食え。」
そう言って、カリアンは階段を上がって行った。
ノアとのお喋りもあり、私の食事はまだ半分程残っている。
「……、わかりました。」
カリアンの背を見送り、浮かした腰を椅子に戻した。
「……あんたら、本当に幼なじみかぃ?」
カリアンが空にした皿や酒瓶を下げに来た店主がボソリと聞いてきた。
「はい。向こうが3つ程上ですが…。」
「……、おい…あんた…いくつだ…」
突然、店主があからさまにしかめっ面をする。
「え…あー」
おおっと…不味いかもしれない……
「じゅうーー」
「成人前か!?!」
「い、いえ!!20です!!」
はい、ウソデース……
本当は17才でーす
「やっぱり成人前じゃねーか!!てことは、あんたの連れも成人前か!?」
店主が持っていた皿を落とすようにテーブルに置いた。
ガチャンと割れていないか心配になる音が響く。
「す、ストルエーセンでは、20が成人なんです!!」
青褪める店主に慌てて補足し、なだめる。
その国々で成人年齢や事情は様々だ。
今世での一般的な成人は30歳。
このファンタジーなこの世界では、魔獣やイタズラ好きな妖精、戦争に野盗の被害、ポーションや回復薬の不足や手遅れ等により、前世よりも、ずっとずっともっともっと死は身近な存在。
その為、前世とは別の意味合い、つまりは、確実に生き残れる力と知識が身についたであろう、30歳からを成人とするのが一般的なのだ。
むしろ、30歳でも早いと考える人は多い。
なぜなら、この世界での平均寿命は約300歳だからだ。
初めて知った時は驚いたなんてものではない。
前世では人生100年時代ーーそれさえも飛び越えて2倍どころか3倍の年数。
何でも、この世界の人間の先祖はエルフなのだとか。
なので、長命なのは気にならないどころか当たり前過ぎて疑問にも思わないらしい。
それでも300まで生きる人は稀だという。
魔獣被害や自然災害、盗賊等による犯罪被害や戦争ーー
産まれたときから魔力を持ち、驚くほど長命でも、人間は人間。
ーーー脆く、弱く、壊れやすいのだーー
そんな世界的の一般的な成人年齢に対し、ストルエーセン王国での貴族の成人は20歳から。
から、である。
これは、戦争中や内紛、隣国との小競り合いの多い国ではよくあることなのだが、早く成人させ前線に送り出したい、という目論見があるのだ。
とはいえ、ストルエーセン王国も一般的には30歳成人が主流。
私とカリアンの事情を隠した上で、ストルエーセン王国の事情を説明したが、店主は驚きを隠さない。
「だとしても!!成人したばっかじゃねーか!!本当か?!嘘じゃないだろうな!?じゃあ、あんたの連れは23か!?」
「へ!?あー!ですかね…?」
ごめん!カリアン!あなたの年齢も詐称することになった……
カリアンは現在20歳。
カリアンの場合は……弟派貴族は30歳成人前にカリアンをどうにかしたかったのだろう……
そして、辺境伯としては外聞的にも20歳成人で大人扱いすることで親の義務を果たした、としたかったのだろうな……
世間ではまだ保護化に居るであろう年齢で家を追い出した辺境伯の思惑に冷めた気持ちになった。
「おい!?本当か!?ハッキリしねーな!!」
店主がソワソワとしだした。
「ほ、本当ですよ!……、」
カリアンの年齢も勝手に詐称する。
「…本当かよ…」
「ヘー、スゴーイ」
アハハと苦笑する私に店主は苛立たし気だ。
だが、ノアは、色んな国が有るんだねーと呑気なものだった。
そして、あ!と、ノアが声を上げる。
「じゃあ、君は俺の20下だね。」
「え!?40代!?私と同じ位だと思って…!」
自称20歳の私よりも、そして、勝手に23歳にされたカリアンよりもずっと年上なのか!?
見た目、私達と同世代に見える……
「えー、子供っぽいってこと?それはちょっとショックかも……」
眉を下げ呑気な声のノアに、
「テメェはだまってろ!!」
と、店主か一喝して黙らせる。
店主は盛大な溜息と吐くと、先程までカリアンが座っていた椅子に座る。
立ちったままだったノアも、隣のテーブルの椅子を引っ張ってきた。
「……なんか、事情があんのか?」
やたらと真剣な店主の声色。
「…」
さて、どうしたものだろうかろうか……
「共和国には、他所からの爪弾きモンがよく来るんだ。年齢も性別も、国も事情も色々だ。」
「……」
「…父さん…」
「お前は黙ってろ!なぁ、アンタ、本当はいくつで、何もんだ?どう見たって平民の幼なじみにゃ見えねぇ…」
店主は脇に皿を寄せ、ズイッと身を乗り出す。
別に隠す必要もない理由なのだが、だからといってペラペラと喋る内容でもない。
さて、困った……
店主は声を小さくし、真剣に問うてきた。
「あんた…何処のお貴族様なんだい?オシノビか?」
「…貴族?」
カリアンではなく?私?
確かに、元準男爵家かもしれないが父の代一代限りの騎士爵位の上、爵位も伯爵家子息達の側仕えになった頃に与えられ、爵位があっても、所詮は平民と何ら変わりない生活だったので、ぶっちゃけ私は何から何まで平民だ。
「あ!俺も気になった。君みたいな綺麗な平民なんて居ないからね。」
「キレイ?」
初めて言われる単語にポカンとしてしまう。
「いえ…私は貴族では…」
「だったらイヴェリスの女に捨てられたのか?」
「…モット…違う……」
「なんだ?じゃあ、言い難い理由でもあんのかい?」
「……まぁ…それ、なりに…?」
「そうか…貴族も養われ者も大変だろうからな…」
「……、詳しんですか?その…貴族、とか、イヴェリスの事情に…」
「いや。たまに聞くんだよ。やらかして自国に居られない、とかな」
「そ、そうですか…」
何と言えばいいのか…
「それに、」
ノアも口を開く。
「イヴェリス国はさ、男は女の人よりも地位が低いから……たまに降りてくるんだ…その、見た目が…ゴツい人が。」
ノアが苦笑した。
見た目がゴツい……おそらくカリアンのことであろう。
私は筋肉質な方ではない……細身なほうである……
前世では不細工に部類された顔も、今世では緑金のサラサラロングヘアーに緑の瞳の美人顔。
兵士として幼い頃より戦場に居たにも関わらず生白い肌……どっかのノベルのエルフか?とさえ感じる……
だが、この世界ではこの顔面の造りは、その辺にゴロゴロ居る……。ゴロゴロ居るのだ………。
人のことを綺麗だ何だと言うノアだって、人好きのする素朴系の美青年だし、店主だってポッチャリ癒し系のナイスミドルだ。
「イヴェリス国じゃ、男は美人じゃないと碌な生活を送れねぇってきくぜ…」
店主は難しい顔をし、ノアと共に私を見る。
「……、アンタは…男…なんだよな…」
店主の視線が一点に注がれる。
「……、見えませんか……」
少しだけ、口元がヒクつく。
イヤラシイ意味ではないと判っていても、マジマジと見つめられるのは、やはりいい気持ちではない。
「…、イヴェリスじゃ、女はゴツくないと肩身が狭いのか……」
店主が、小さく聞いてきた。
「……細みの、綺麗な方も居ましたよ。」
ハッキリと伝える。
事実だ。
ウェーブのかかった長い髪を束ね、ボン・キュッ・ボンな美ボディに野性的で好戦的な笑みを浮かべ、3本角の体格の大きな岩石山羊に跨り、カリアンの戦斧に負けず劣らずの大斧を振り回す女戦士を知っている。
「へー、そうなんだ〜」
ノアが綺麗な、と聞いて目を輝かせる。
「……」
店主は返答から性別を確認できなかったのが気になっているようだ。
なんとか見た目から探れないかと、視線が上下に行き来する。
いっその事、ハッキリ聞いてくれたほうがマシだ……
本当の事を言うか言わないかは別として……
「…もしかして…」
ノアが声を潜めた。
なんだろう?と身構えると、
「連れの人と…駆け落ち、とか…?」
「………」
今度はそっちか……
「おい!」
店主が慌てふためくが、ノアは興奮しているのか、頬が色づいている。
「だって!ストルエーセンの貴族なのに家を出たにしても、イヴェリス国から出てきたにしても、理由があるだろ?!連れの人はわかんないけど、このコは悪い事しなさそうだし、見た目も良いから捨てられた訳じゃなさそうだし!だとしたら自分の意志で出たってことだろ?そしたら…!」
店主とノア、親子の視線が私に突き刺さる。
自分の意志で出てきた所は合っているが……
「……、あ~、まぁ、そうですね…」
「駆け落ちなのか!?!」
店主が目を剥くので慌てて否定する。
「ソコではなくて!自分の意志で!ってとこです!!彼も、私も家に居られなくなったので、……出たんです!!」
「その理由が…!」
ノアの妄想が止まらない……
「幼なじみで友人ではありますが!そーゆー間ではありません!!運命共同体みたいな感じです!!」
「運命!!」
ノアがトキメク。
コノヤロー……
「いや…ウ~ン、あ!私達!身分が違うんで…」
「身分違いの結婚を反対されたから!?」
「違います!!」
ノア!!
少し黙れ!!
「あ〜!だから!その…!跡目争いに負けたんです!」
ヤケクソだ!
私は冷めてしまったリリ茶を一気に飲み干す。
「王国では!加護無しは肩身が狭いんです!まして、貴族は特に!王族さえ加護なしは冷遇されるんです…。なので、国を出たんです。共和国はそういうのに、縛られないと聞いたので…。」
フンと、唇ヲ尖らせ口早に説明をすれば、
「……大変だったんだね…」
「王国か……。今だに加護至上主義だとは聞いていたが……。そうか…アンタは加護なしか…。気にするな。世の中、加護無しの方が多いんだ!」
と、店主親子が慰めてくれる。
二人共、私の身の上だと思っているようだ……
まあ、その方が都合が良いかもしれない……
事情を(だいぶ省いているが)話してしまっているのはカリアンには申し訳ないが、相手を勝手に勘違いしているのはこの親子なのだ。
訂正もする気は無い。
私は乾いた笑いと共に慰めへの感謝を述べ、冷めてしまったスープを流し込んだ。