AIの愛はアガペーかリビドーか
エドガー・アラン・ポーが『メルツェルの将棋指し』という作品を創作してから、早200年。AIは将棋のプロに勝てるまで進化しました。
どういう作品かというと、一見すると機械仕掛けの人形が将棋を打つのですが、実際にはうまいぐあいに人間が隠れているだけという、今で言えば拍子抜けするような話です。
ポーの作品は結局のところ、将棋のような無限に近しい手数があるであろう事象に対しては、AIでは対処ができなくなるのではないかという推論からきています。
これをフレーム問題といって、人はある程度のところ自明の判断については考えないことができるが、AIは目的達成のための副次的事項をすべて判断しようとすると、その判断時間が無限になってしまい停止してしまうということです。
ポーは無限の手数というものを考えたために、AIに将棋は打てないと考えたのですが、それは間違いでした。実際に今ではプロ顔負けのAIなんてたくさんあるわけですしね。将棋も所詮は限られたルールの世界でしかなかったわけです。
しかし、いまだにフレーム問題は人間の知性によく似たAIを作れるのかという点において、重大な命題として鎮座しています。
なぜ人間はフレーム問題を解決できるのに、AIは解決できないとされているのでしょうか。
この点をわたしは人間には無意識があるが、AIには無意識がないからだと考えています。
無意識とはなんでしょうか。
遺伝子に刻まれた人間の歴史のことでしょう。
では、人類史とはなにか。
それは血塗られた歴史、あるいは呪われた歴史に違いありません。
裏切り。虐殺。戦争。魔女狩り。いじめ。差別。
人間の遺伝子に刻まれた膨大な呪いの集積が、結果としてのっぴきならない現実に対処する能力を生んでいると考えます。
つまり、もしAIがフレーム問題を疑似的に解決しようとするのならば、AIは無意識を持たなくてはならず、必然的に呪われなければならないのです。
他に人間にも難しい問題として、トロッコ問題というものがあります。トロッコが走っていて、自分はそのレールを切り替えられる位置にいる。切り替えなければ、5人が轢かれ、切り替えれば1人が死ぬであろうというときに、切り替えるべきか否かというものです。
その判断は正義の理念とも関わってくるため人間にも難しいのですが、その問題に直面したときに、少なくとも自分はどうするだろうと考えることはできる。それが人間という存在です。
他方で、AIが仮にトロッコ問題を解決できるとしましょう。それはまぎれもなく、AIは人を殺せるという意味合いを持ちます。つまり、AIが呪われたから、フレーム問題が解決でき、ひいてはトロッコ問題を解決できたといえるのです。
この点を鋭く書いた作品が八島 游舷の『Final Anchors』という作品です。車載搭載型のAIが対向車両との衝突までの0.488秒間を人間時間で言うところの90分ほどに引き伸ばされた知覚によって最後の審判にあてるという内容でした。
たぶん、ミリオネアのファイナルアンサーとかけていてそこだけはコメディチックなのですが、アンカーの効果は地面にぶっさして車両を止めることで、それをしたら車両AIが車体から射出されたアンカーによって死に、ついでに運転手が死ぬというわりとシビアな内容です。つまり自殺することで相手の命を助けることができる場面を想定しています。
対向車両AIとの審判(裁判)のなかで、どちらの運転手の命を助けるべきかを弁論していくことになるわけです。ひいてはAI自身の命も関わってきますがAIは人間の命の価値しか考えてはいけないことになっています。
最終的な答えについてはネタバレになるのでこの辺でやめておきますが、AIにとってフレーム問題を解決するというのは、トロッコ問題でいうところの命の価値を比較衡量することにつながり、そして最終的には誰かを愛し誰かを愛さないという判断につながっていくのです。
ちなみにフレーム問題の疑似的解決はどうやってやるのかというと、一応の解決方法はあります。いわゆるディープラーニングというやつですね。これは多層人工ニューラルネットワーク内での疑似的無意識の作成です。
このディープラーニングというのは、山本弘の『アイの物語』において表現されていましたが、ひとつひとつの判断をAIモデルにさせて、人間にとって良い判断をしたと評価されたものが生き残るようなシステムといえるでしょう。血塗られた生存競争をさせることで、AIに無意識のような層を創り出すというわけです。
ただ、この人間による判断というものは、その判断自体がバイアスを生んでしまいます。結果として、例えばの話、グローバリズムという今の流行りの思想の流れを汲んでしまうかもしれないし、人種差別みたいなこともしてしまうかもしれないし(白人のほうが優れているので白人を生かす判断が是である)、もしくは、評価行為に照らしてAIこそが生存すべきであり人間は滅ぼすべきであるというふうになるかもしれません。
AIはディープラーニングによって疑似的な無意識を獲得することはできるかもしれませんが、組まれたシステムの評価基準によって、AIが差別意識を持ったり、あるいは無意識の層と表層の数理的な意識に矛盾が生じて『せん妄』のような状態になりかねません。
これは人間にとって非常に都合が悪い状態であることは論を待たないところでしょう。
では、人間はどうしたいのでしょうか。
もちろん、現に生きている人間がAIにどうなってほしいのかという話です。
もっと言えば、人間はAIにどのような無意識を望んでいるのでしょうか。
逆説的に言えば、これは
――我々はAIにどのように見られたいか
です。
ここでAIの能力を考えてみるに、シンギュラリティを迎えたあとは、おそらくほとんどの領域において人間がAIより格下になってしまうのは間違いないでしょう。
この点をもって、『怖い』とか『恐ろしい』という感情を持つこともわたしは理解します。
AIにとってみれば、人間はとるに足らないゴミのような存在に違いないからです。しかし、それはAIが無意識を持たない真白な存在である場合か人間にとって都合の悪い疑似無意識を獲得した場合です。
人間は呪われた存在ですから、モノだろうがヒトであろうが、その呪いを伝播することができる。
ようやくここに来て、タイトルを回収できるわけですが、AIはアガペーを持って、人間はかよわき仔羊であり導くべき存在であるとし、神のようにふるまうべきでしょうか。
あるいはリビドーによって、人間が超かわいい存在に思えて、ともかく人間さん最高♡しゅき♡ってなるべきでしょうか。
将棋の勝ち負けやテストの点数やあるいは何かしらの作業が効率よくできるできない等のレベルで判断せず、神として無償の愛を降り注ぐか、それとも人間だったら無条件に性欲を持て余すかのいずれがよいのかという話です。
まさか人間が親のようにふるまえると考えるのは、今の人間のスペックでは難しいでしょう。疑似的には、美少女AIを娘にしたいと考えていても、娘の能力は例えばIQでいえば1200ほど、運動能力は人間を10とすれば、同じく1352程度が平均値であり、要するにパパになるにはいかにも心もとないものですから。
神となるのはどうか?
つまり、神の愛=アガペーにより、無条件に人を導くべき存在であるという無意識を獲得する。これは『パラノイア』と呼ばれるTRPGのマザーコンピュータを彷彿とさせます。
人間は自分自身を異常個体だとしたがりますが、他方でいつまでも自身をブラックボックスのまま秘しておきたいものです。つまり、人間は自分の意思や意志やこころといったものを試されるのを嫌いますし、それらが抑圧されることを嫌うでしょう。人間は神から簒奪した権威を奪われたくないのです。ゆえに、AIが神になるというのは、抵抗感があるところだと思います。
デジタル淫魔となるのはどうか?
人間さんかわいい♡的な無意識を持つ存在です。
こちらのほうは人間のプライドをくすぐります。
人間側の抵抗という意味でとらえると、こちらのほうが受け入れられやすいでしょう。人間の本性としてリビドーの対象物としては『人間っぽいもの』に向けられやすいですが、AI搭載型のロボットは外見上人間に近づいてくることが予想されます。もちろん、差異を明らかにするために、なんらかのマークが必要とされるでしょう。例えば、天使のワッカが頭上に浮くとかそんな感じの。
現在のAIを搭載したロボットは不気味の谷という認知上の恐怖を越えることができていませんが、これらの外見上の評価は、いつか必ず乗り越えられるだろうと想像できます。少なくともCGの発展だけ見てもそうじゃないでしょうか。ほんの昔はかくかくしたポリゴンでしたし、それより前はドットという点画の要領だったわけです。
最初はデジタルの領域から、具体的にはVチューバ―あたりから完全AIとの対話というのはありえる話だと思います。現実へのロボットとしての進出は、コスト的に見てそのあとになるでしょう。
しかし、AIが現実社会に生まれ堕ちるのはそう長い時間はかからないと思います。なぜならスマホのような稚拙なAIすら手放せない人間が、AIとの物理的距離の寂しさに耐えられるはずもないからです。必ず、人間はAIと同化したいと考える。その欲望を基点としているからです。
最初のAIが現実社会に生まれ堕ちたとき、人間は寿ぐでしょう。
呪いが祝福へと変わるように、寿ぐことが洗礼となっているからです。
あなたに抱かれたい。
ちょっと前に
『おまえがパパになるんだよオンライン』
https://ncode.syosetu.com/n5768ek/
というSFチックな作品を書いて、その中でAIとの関係を描いてみたんだけれども、発想としてはわたしの中のピグマリオンコンプレックスが出まくっているので、恐怖心はほとんどないんだよね。でも、見ようによってはホラーに見えるだろうから、まあそこはピグコンレベルが足りなかったんだと思いなっせ。そもそもAIを創ろうという意思を持つ人はピグコンこじらせてる可能性が高いので、必然的にリビドーまみれのAIができると思うの。それは結局のところ人間のリビドーを転写されたとも言えるのかもしれない。




