簪と記憶
お祭り前日の夜に私は、母様と姉の形見である、『光明の簪』を取りに隠し部屋へ向かっていた。
隠し部屋の暗号を入れ、私は、極秘の隠し部屋へと入る。
そこには、安置された光明の簪がある。
光明の簪には魔石と金がたくさん使われており、かなり美しい。
本来は私の分もあるのだが、ある事件で私は魔力を暴走させてしまい、
簪の魔力許容量を超えてしまったが故に、私の簪は崩れ落ちてしまった。
「母様...」
そのいつにもまして輝く簪を見て、私は初めてあの事件についてはっきりと思い出したのだった。
気付けば、私は記憶の狭間にいたのであった。
靄の先に見える光に手を伸ばし、記憶を覗く。
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「大変です!」
焦りに満ちた兵士の声がする。
「どうしたの?」
母上のいつも通りの声がする。
「只今、暗黒王が此方に侵攻しています!」
「なんですって?!」
「かあさま、なにかあったの?」
何も知らない昔の私の幼い声。
「大丈夫よ。あなたは別邸のほうに行ってなさい」
「いやだ!かあさまといっしょがいい!」
そんな私のわがままに、頬を膨らませた姉が言う。
「こら、わがまま言うんじゃない!」
「いやだー!」
私かこの時こんなわがままなんて言わなければ父や母や姉の運命は変わっていたのだろうか。
「仕方ないわね...リアン、頼んだわよ」
「はい!母様!」
リアンというのは私の姉の名前だ。その名前すら遠い記憶の中でしか聞くことができないのだから、時々寂しさも感じる。
母様が鎧を装備し始めたり、避難状況などの書類を確認していた時、突然
ドカァァァァァァァァァン!
大きな轟音とともに砂煙が扉の隙間から入り込む。
「ソレイユ、リアン。私の後ろに」
母様が緊張した面持ちで言う。それと同時に、玉座の間の扉が破壊される。
...あぁ..もうこれ以上見ていたくない。
砂煙の中、人影が見えた。
暗黒の黒い髪、紅の瞳、雪のように白い肌。
闇を象徴する色合い、間違いなく暗黒王である。
「お前は今日私に負ける!せいぜい人生最後の戦いを楽しむんだな!」
その時の私は、そんなことありえない!、と思っていただろう。
私だって、あの時暗黒王が言った言葉なんて、現実になるなんて思いもしなかっただろう。
暗黒王とは激戦だった。
めずらしく母様が苦戦していたので、幼い私も心配している。
「ハハ!お前はもう負けたな!私の勝ちだ!」
「まだ勝負は決まってないわよ」
「これを見てもまだそう言えるか?」
暗黒王の手にあったのは、自身の力を覚醒させる宝石、『イブレイ』。
本来ならば、光を持つものにしか味方しないはずなのに、暗黒王によって闇に染められてしまい、そちらに味方してしまったのであった。
即座に母様は私たちに結界を張り、捨て身の攻撃をしようとする。
「そんなことしても無駄だ!私の覚醒はもうすぐだからな!」
その時、手で顔を覆いたくなるほど眩しい光が煌めいたと思えば、イブレイは暗黒王の魔力を増幅させていた。
「アッハハハハハハハハハハハハ!!」
覚醒してしまい、比べ物にならないほど魔力が膨れ上がった暗黒王には、もう勝ち目がなさそうだと、当時の私も分かっていたようだ。ひたひたと恐怖と絶望が伝わってくる。
暗黒王が膨れ上がった魔力を収束した闇の光線を放つ。しかし、その矛先は母様ではなく、私たちに向かっていた。
死を覚悟して強く目をつむったその時だった。
強く光線を弾くような音と共に、何かが倒れる音がする。恐る恐る目を開けると、映った光景は母様が私と姉をかばって、光線を食らってしまったのだと、残酷に囁いた。
母様の体は見る見るうちに消えていってしまう。
「「母様!」」
二人声をそろえて母様に駆け寄る。
「早く...お逃げなさい」
「嫌..嫌!母様!逝ってしまわないで」
姉が泣きじゃくりながら縋るように母様の手を握って言う。
私はここで初めて自分がついてきたせいでこんなことになっていると自覚しただろう。
「あなたたちは....幸せに...なってね」
その言葉を最後に、母様の体は光の粒子となって消えてしまった。
残された私たちに生き残る道は、一つしかなかった。
私たちに残された道は、ただ一つ。
それは、『自爆』だった。
今ここにいる人間を代償にするならば、姉の命で発動することができる。
その時の私は幼すぎて、魔法の代償として成立しなかった。
あの暗黒王相手に今通用するかもしれない魔法と言ったらそれくらいしかなかった。
姉は自分の簪を抜き、母様の簪と一緒に私に渡すと、
「じゃあ、行ってくるね。簪はちゃんと持ってるんだよ」
「嫌だ!行かないで!」
何度もそういい続けた。だけど姉は振り返らなかった。恐怖ですくんで動かない足を憎んだ。
涙で霞んでよく見えないけれど、姉の周りに極大の魔法陣が現れている。
姉の魔力の制御が取れ、摂理のままに魔力が暴れる。
その魔力が一斉に集結し、暴発を起こす。
一瞬で私の視界はまばゆい光に奪われ、極大の光の柱が立った。
その自爆のおかげで、暗黒王を倒せた、イブレイも取り返せた。だけどその代わりにとても大切なものを失った。
とにかく泣いた、魔力も溢れた。その時、自分の簪が崩れ落ちていることなんて、その時の私にとってはどうでもよかった。
とにかく母様と姉の簪を握り、ただただ泣いた。
召使に負ぶわれ、城に帰り、父様に言った翌日、父は失踪した。
私は父様が消えた理由を知っているが、今まで誰にも言ったことがない。言えるはずがない。
『母様と姉を失い、酷く傷付いた際に、闇に付け込まれ、闇の眷属と化してしまったから。』
あまりのトラウマで体が震えて、1人で眠ることができず父様の部屋へ向かい、僅かに空いた扉の隙間から様子を伺うと、そこには闇に覆われた化け物と、その化け物に心底惚れ惚れしたかのような恍惚の表情をした父様だった。
あの時のことは今でもくっきりと脳裏に浮かぶ。
父様が消えたことについては後に緘口令が敷かれた。
今ではもう、忘れ去られたことだ。
靄が消え、ふただび記憶の狭間に戻ってくる。
霧の薄く張った床に、ぽたり、ぽたりと滴が落ちる。
その頬を伝う涙を止める術はなく、私はしばらく記憶の狭間に留まっていた。




