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09.弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番③

 何はともあれ、折角の兄弟の再会である。夕飯を一緒にと、四人は繁華街に繰り出した。日も暮れ始めているが、人出は一向に衰える気配がない。店探しを兼ねて街を散策してみることにする。


「けど、神太郎って結構真面目に叱ったりするのね。見直しちゃった」


 ルメシアからの高評価。神太郎のハーレムがまた一歩実現に近づいた。が、


「ただ単に、神兄より更に駄目な男がいたから、相対的によく見えたんだと思う」


「あ、成る程」


 冬那の正論でそれは早々に遠のいた。


 確かに、異世界転生には無能な自分がもっと無能な人間たちがいる世界へ行き、相対的に優秀になるというシステムもある。尤も、今回の対象は同じ世界出身の弟であったが……。


 で、その弟はというと、


「又四郎、何だその格好は」


 只今、全身黒尽くめ中だった。外出ということで外着に着替えていたのだが、シャツやズボンは勿論、コートまで黒かった。


「格好いいだろう? 特にこのコート、最近やっと見つけたんだぜ」


 自慢げに格好を見せ付けてくるブラックマン。つい又四郎と目が合ってしまったルメシアは返答に詰まりつつも、


「ま、まぁ……暗殺者っぽいよね」


 と、何とか肯定の言葉を口にしていた。


 ときに、気付けば弟の話題ばかり。神太郎は最愛の妹がいるのに、その様子を聞いていなかった。


「冬那、仕事の方はどうだ? セクハラやパワハラはされてないか?」


「順調」


「セクハラ、パワハラがあったら兄ちゃんに言うんだぞ。すぐに駆けつけるからな」


「言わないよ。殺しちゃうじゃん」


 そう気に掛ける兄だったが、妹はしっかりしているのでそこまで心配はしていない。殺す相手も一人か二人で済むことだろう。一方、ルメシアも冬那を認めて気兼ねなく話し掛ける。


「宮廷薬師が診るのは王族とか一部の人間だけだから、診察より研究の方が主だって聞いたことあるけど?」


「うん、日頃は研究や勉強がほとんど。人の相手をするより好きだから助かってる」


「最近は何を勉強してるの?」


「魔界風邪の特効薬の研究。ワクチンは一先ずものになって治験中なんだけど、実用段階になるまでしばらく掛かるかな。魔族毒療法も研究してみたかったんだけど、あっちは権威があるらしくて新米の私は手が出せない感じ」


「難しそうでよく分からないけど、優秀なのはよく分かった。そういえば、宮廷では様々な薬を取り揃えているんでしょう? わざわざここまで買いに来るなんて珍しいよね」


「今回の患者はエルフだったから」


「エルフ? 俺でも聞いたことがあるぞ。耳の長い人種だろう?」


 その単語に神太郎はつい反応してしまった。


「うん、エルフは長寿の生き物で、普通の人間とは薬の効き目が違うみたい。特に今回の病気は今までの宮廷薬師じゃ手に負えないみたいだから、私に出番が回ってきて」


「この国にエルフがいるのか? 見たことないぞ」


「いるにはいるけど数は少ないっぽい。エルフの国があるんだけど、そこの外交官が駐在している程度みたい」


「それに希少な人種だから、国の中心地ならともかく、私たちが詰めている北門辺りじゃまず見ないね」


 冬那の説明にルメシアが補足した。


 数が少ない……。希少……。その単語が、神太郎の興味をより湧き立たせる。


「エルフか……。折角の異世界だ。俺のハーレム要員に是非加えたい。なぁ?」


 そして、彼はウキウキに要員候補のルメシアにそう振ると、


「知るか」


 冷たくあしらわれた。


 そこに何やら喧騒が聞こえてきた。近くの飯屋からである。店内を覗くと、見えてきたのは席に着いている屈強な男四人組とそれに対峙する少女が一人。あまり穏やかではない雰囲気のよう。


「あぁん? 俺たちは客だぞ。なのに追い返そうって言うのか?」


「お客様は神様だろうが!」


 そう吼えるのは男たち。対して、


「で、でも、これ以上のツケは困ります。そろそろお代金を払って頂かないと」


 少女もまたおどおどしながらも反論していた。その状況から察するに、無銭飲食を繰り返す悪い男たちと、それに立ち向かう店の看板娘というところか。しかし、どこの世界にもいるものだ。「お客様は神様」だなんて言う輩が。


「ははは、又四郎、あれがお前の言っていた神様か?」


 だから、神太郎はその冗談を言わざるを得なかった。されど、又四郎は怒りもしなければ呆れもしてくれない。代わりにこう答えてくる。


「……これだ。これだよ、神兄ちゃん。これこそ、俺が望んでいた展開だ」


「は?」


「おい、お前ら!」


 そして一人、堂々と男たちに立ち向かっていった。


「大人しく代金払って、とっとと失せろ。店が迷惑してんだろ」


 突然首を突っ込んできた十五歳のガキ。それに男らは驚き、戸惑い、嘲笑あざわらう。又四郎は身長165センチという小柄な方だから、余計にそれを誘ったのかもしれない。それを黙って見守る神太郎と冬那。唯一弟のことを知らないルメシアだけは憂う視線を神太郎に送ったが、彼が見ていろと促すと大人しく従った。


「おい、随分イキってるじゃねぇか、ガキ」


「ヒーローを気取るには少しタッパが足りねぇんじゃねぇか?」


 一方、男どもは当然あしらおうとする。も、


「フン、お前らこそ脳みそが足りないんじゃねぇか?」


 ヒーローのその一言で堪らず立ち上がり、憤怒を剥き出しにさせた。180センチ越えのムキムキ野郎共が又四郎を囲う。


「チビ、テメェには社会常識ってのを教えてやらねぇとな」


「それは無銭飲食をしているお前らにだろ?」


 口舌に関しては又四郎の方が一枚上手のようだ。格好つけるだけのことはある。問題はヒーローぶるだけの実力があるかどうかだ。激高した男は、舌戦を諦め遂に実力行使に出る。


「このクソガキ!」


 又四郎に振り下ろされる巨大な拳!


 それを受け止めるは小さな掌!


 見事。又四郎は涼しい顔でそれをやってのけると、お返しの拳骨を相手の顎に食らわした。


 巨体が宙を舞い、木のテーブルに落下、打ち壊す。それを見た看板娘が悲鳴を上げると、残りの三人も殺気を漲らせた。


「このおおおおおお!」


 あとは殴っては殴り返しの大乱闘。又四郎、どうやらワザと殴られているようだ。チビと言われたのを気にしているのか、タフネスでも差を見せつけたいのだろう。面子を気にする男らしい。


「流石、S級暗殺者を自称するだけのことはあるなー」


「戦い方が全然暗殺者らしくないけどね」


 神太郎の一応の賛辞に、冬那が一応の同意。弟が口先だけでないことが分かり、兄は一安心する。これで弱かったら目も当てられないところだった。


「くそ、覚えてろよ!」


 そしてボコボコにされた男たちは、お決まりの台詞を吐いて逃げていくのであった。その場に残ったのは、ご満悦の又四郎。


「お前らこそ覚えておけよ! 俺は異世界転生最強の男、三好又四郎。いつでも相手になってやるぜ!」


 それは、今までにない充実感に満ちた笑みだった。それを神太郎にも見せる。


「雑魚相手に大立ち回りの無双劇。これこそ異世界転生だよ。神兄ちゃんの言う通り、やっぱ自分から行動に出るもんだな」


 ウキウキで説く弟に、兄もまた嬉しくなった。妹には敵わないものの、彼のこともまた愛しているのだから。


 最後に、ヒーローはヒロインに安堵の言葉を送る。


「君、大丈夫か? 連中は追っ払った。もう安心していいぞ」


 店内の隅でしゃがんでいた看板娘に、又四郎は紳士のように手を差し伸べた。初めは又四郎のことを訝しむ少女だったが、害はないと分かるとその手を握り立ち上がった。


 そして、


 その手をきつく握り締める。


「何てことをしてくれたんですか!」


「………………へ?」


「お客さん、結局代金払わずに逃げちゃったじゃないですか! しかも、店内をこんなメチャクチャにして!」


 予想外の非難に、又四郎は呆け顔を晒してしまった。確かに彼女の言う通り、代金を取れなかったどころか、椅子は折られテーブルは割られと店内は酷い有様。


「これじゃ、もう営業出来ないじゃないですか! どうしてくれるんです!?」


「ちょ、ちょっと待って。これ異世界転生だろ? ここは賞賛じゃないのか? どう考えても俺が絶賛される場面だろう!」


「何言ってんですか。責任取ってもらいますよ!」


 確かに、客観的に見れば又四郎がしたことは店の利益には繋がっていない。もっとスマートに解決させれば良かったのに、派手を好むその性格が災いとなった形だ。これも中二病のせいか……。


 その又四郎が神太郎に助けを請う視線を送る。看板娘に手を握り締められ、逃げられないよう。……こうなっては仕方がない。


「残念、ここは今日は営業出来ないようだ。別の店にするか、ルメシア、冬那」


 兄は弟を見捨てることにした。両脇の美少女二人の肩を抱え、百八十度転進する。


「は? 神兄ちゃん……? 待って、弟を見捨てんのかよ? 神兄ちゃん!?」


 こうして、彼は断腸の思いでその場を後にするのであった。



「神兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」



―弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番・完―

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