20-4 呪われた決闘④
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その日の夜は不気味なほど静かだった。
山々に囲まれたとある盆地。そこにエイゼン王立魔術師団二千名が展開していた。彼らはエイゼンが誇る最強の軍団であり、もうすぐ現れるであろう敵を待ち構えていたのだ。
その中にグラントの姿もあった。まだ十代で初の実戦だというのにその佇まいは、歴戦の勇士のように落ち着いている。それは自他共に認める優秀な魔術士であるという自負があったからであろう。
初陣にて祖国のために華々しい戦果を上げる。それしか頭になかったのだ。
その心意気を察したのか、隣にいた彼の先輩が声をかける。
「グラント、堂々としているな」
「今か今かと待ち侘びています。自分はこの日のために鍛錬を続けてきたのですから」
「羨ましい。俺なんか内心ビビッているよ。何せ、相手はあの勇者なんだからな」
今回の相手はヌルールでサナワ王子を殺害した勇者とその妻の大魔導師だ。他国の王族を殺めたのは普通ではないし、たった二人に魔術師団を投入するのも普通ではない。異常な事態だ。されど、相手が誰であろうとグラントの滾る戦意に変わりはなかった。
「相手が勇者だろうが魔王だろうが、やることに違いはありません。エイゼンのために死力を尽くす。それだけです」
才能ある若き魔術士は、ただただ己の活躍の場を望むのみ。
やがて、観測兵が敵を発見した。
夜の暗闇のせいで多くの者はまだ見えていなかったが、師団長の指示に従い、その場所に向け一斉砲撃を開始する。二千名もの上級魔術士による何万、何十万発もの《レイフィッシュ》の光弾が、雨の如くその一点に降り注いだ。
着弾点は明るく輝き、爆音が延々と鳴り響く。一方的な攻撃のそれは戦闘というより、嬲り殺し。否、ただの作業のようであった。
更に、《パイロクス》による火炎放射で駄目押し。十分間に及ぶ攻撃は、動物から植物までその場にいる全ての生命を奪った。
真面目なグラントですら内心自分が活躍出来なかったと少し落胆してしまうほどの事務的な攻撃だった。
……。
しかし、どよめきがその落胆を掻き消した。
最前にいた魔術士たちが、着弾点から動く影を見つけたのだ。しかも二つ。
マグマのように赤く溶けた大地の上を悠々と歩く二つの人影。あの爆発の連続なら生命どころか酸素だって無くなっているだろうに、全く堪えていない様子である。
師団長が再度の攻撃を命じ、再び光弾の雨が降り注ぐ。
対して二人の内、妻の方が《ミラーラ》で半ドーム上のバリアを張り、全周囲からの攻撃を完全に封じた。
次いで反撃。妻が人差し指を突き出して横一線に軽く引いてみせると、相対していた魔術士たちの首がスパッと落ちる。
更にその指をグルグル回してみせると、別の魔術士たちの首が捻じ曲がり、遂には引き千切られてしまった。その死に様に、強者である魔術師団員たちは声を上げてしまう。
「うろたえるな! 攻勢を緩めるな! 第二、第三隊は左右から……」
序に、そう命令していた師団長の頭が妻の遠隔によってパーンっと破裂すると、魔術士たちも限界を迎える。皆一斉に恐慌に陥り、逃走を始めたのであった。
彼らは一流である。本来なら敵前逃亡などしないプロ中のプロだ。だが、一流故に相手との魔術の力量差を感じ取ってしまったのである。
大人と赤ん坊……。否、象と蟻……。否、それ以上の差があったのだ。
指揮官を失い壊走を始める魔術師団。されど、そんなこと相手が許してはくれない。
突如、退路先の地面の中から巨漢たちが現れた。ゴーレムである。生命をもたない無慈悲のマシンが、魔術士たちに襲い掛かっていく。
敵側の一転攻勢。その目まぐるしい展開に目を丸くしていたグラントも、ここに至ってやっと状況を理解する。しかし、やれることなどない。
「《テレポス》だ! 転移しろ!」
「さっきからやっている! けど、転移先を意識出来ない。妨害されている!」
「空から逃げれば良いだろ!」
「やってみろ! 撃ち落されるぞ!」
「火力だ! 火力を集中しろ! ゴーレムなら破壊して突破出来る!」
「あのはゴーレムには《ミラーラ》がかかってるんだよ! 他の手を考えろ!」
論じ合う仲間たち。いや、論じるというよりは、ただ取り乱しているだけか。
すると、その仲間の内の一人が急に苦しみ出す。見えない何かに全身を締め付けられているかのように、身体がどんどん細くなっていく。そして、最後は身体中から血を噴出して絶命した。
「ひゃああああああ!」
その様を見せられた仲間たちは、もう論ずることも止めて声を上げながら一目散に逃げ出していく。
戦場のあちこちで上がる悲鳴。妻の念動魔術《テレクス》による圧殺があらゆるところで行われていった。
さっきとは真逆。一方的な攻撃のそれは戦闘というより、嬲り殺し。否、ただの作業のようであった。
グラントは恐怖する。精鋭の魔術師団が一方的に敗れたこともそうだが、相手のやり方に嫌悪感を覚えていた。彼らが敢えて惨たらしい殺し方をしているのは明白。
恐怖を植えつけるためか? はたまた、ただ鬱憤をぶつけているだけなのか? どちらにしろ、相手を壊乱させるには十分である。
それでもグラントは一人立ち向かおうとしていた。正直、正気ではなかったのだろう。祖国に尽くしたい、活躍したいという若者らしい夢だけが、彼を死地へと駆り立てた。
……が、
「危ない!」
至近で爆発が起きた。突然の熱と爆風に襲われるが、咄嗟に伏せられて難を逃れる。声の主が彼を庇うように覆い被さってくれたのだ。
それは、あのビビッていると言っていた先輩。少なくとも彼はグラントよりは冷静で勇敢だった。
「あ、ありがとうございます、先輩」
その冷静さが伝染したのか、グラントもまた落ち着きを取り戻し感謝をした。尤も、それは彼には届かなかったが……。
今の爆発で下半身を失い絶命していたのだ。
若者を恐怖が包む。猛りは消えたが、逆にもう一歩も動けない。
そのまま死体のように仰向けに伏すしかなかった。
夜空は飛び交う光弾と爆発で度々明るくなり、周囲からは爆音と悲鳴が鳴り止まず聞こえてくる。
グラントはただただ死の嵐が過ぎ去るを待つしかなかった。
……。
……。
……。
どのくらい経ったのだろうか。
いつの間にか静かになっていたが、それでもグラントは動けないでいた。
やがて、近づく足音が聞こえてくる。
グラントのすぐ間近まで来た。
勇者とその妻である。先輩の死体が覆い被さっていたお陰で、グラントが生きていることには気づいていないよう。妻の方は暗くて分からなかったが、傍を歩いていた勇者の方はよく見えた。フルフェイスの兜を被っている筋肉質の男だ。
そして、グラントは聞いたのだ。
「フッ、フ、フッ、フ、フ~ン♪」
鼻唄を。
無残な死体が散らばるこの地獄のような場所で、勇者はまるで朝の散歩しているかのように上機嫌に歩いていたのである。
大虐殺を行っても心を痛める様子はなく、逆に怒りや敵意、大きな喜びすらも見せてはいない。
平常。
まるで日常の光景かの如く、何ら感じ取っている様子はなかった。
それが若きグラントには衝撃的で、理解出来ず、激しい嫌悪感を抱かせたのである。
その後、奇跡的に生還し、一足先に王都に帰還したグラントだったが、あの光景は深々と脳裏にこびりつくものであった。




