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20-2 呪われた決闘②

 翌朝。……いや、既に昼に近かった。


 遅ればせながら宿場を出発した神太郎とシャノンは、近道をするために街道から離れた人気ひとけのない荒地を進んでいた。


 整地はされておらず、岩場も多い。馬も大きく揺れて乗り心地の悪い経路であるが、ここを通れば日没までにはキダイの領内に入ることだろう。


 ただ、後ろに乗るシャノンの顔色は悪かった。いや、悪かったというか、真っ赤である。その真っ赤の顔を俯かせ、額を神太郎の背に当てていた。


 一方、神太郎は逆に顔を上げて彼方を見渡している。


「この経路なら日暮れまでにはキダイに入れるだろう。やれやれ、シャノンちゃんのせいで出発が遅れたからなー」


「私のせいですか!?」


「お前が全然起きないから」


「起きなかったのは寝かせてくれなかったからでしょう!」


「自分だってノリノリだったくせに」


「そっ……! 言っておきますけど、私はそんな尻の軽い女ではありませんよ。一時の気の迷いというわけでもありません。ちゃんと考えて、それで……ああなったんです」


「分かってる、分かってる。お前は真面目な子だからな。俺のこと、そんなに好きか?」


「……神太郎さんは私が出会った初めてのタイプでした。不躾で不真面目で適当なところがあって、一見駄目な人です。けれど、リアリストであり、その内面はとても優しくとても頼りになる人でした。私を叱り、あるいは支え、導いてくれています。神太郎さんに出会えて私の世界は広がりました」


 彼女がそう褒め称えると、神太郎も「ほ~」と笑みを浮かべた。


 シャノンが赤裸々に本心を明かせば、次は彼の番だ。


「神太郎さんは私のどこが気に入ったんですか?」


「え? うーん、見た目」


「………………は?」


「可愛いし、胸も大きし」


「な、何ですか、その理由!」


「だ、だって一目惚れだったし。一目惚れってことは見た瞬間だろう? 見た瞬間ってことは、つまり見た目ってことだ」


「うーん、まぁ……仕方ないか」


 一目惚れと言われると、シャノンも渋々納得。見た目が好きというのも悪い気分ではないし。


「だから和平交渉の際、ついお前を人質にするって条件を付け加えちゃったんだよね」


「え? あれ、神太郎さんの独断!?」


「そうそう。本当は何とかって魔術書だけだったんだよ」


「分かってましたけど、そこまで破廉恥とは……」


「けど、結果的に正解だっただろう? 人質を取っていなかったらすぐ破談になっていた」


「まぁ、そうですね」


 しかし、見事なまでの不純な男である。尤も、そういうところが真面目な彼女に魅力的な刺激を与えてしまったのかもしれない。


 それに外の世界に触れられたことも彼女は喜んでいた。


「それに、私もお城を出れて良かったと思ってます。様々な経験が出来て。辛いことも多かったけれど、その分、成長出来たような気がします」


「そうだな」


「キダイに着いたら、もっと色々な経験が出来るでしょうか?」


「勿論。楽しみにしていろ」


「はい」


 そして、シャノンはこれからの新しい生活、神太郎と一緒にいられる生活を思い描くように、まぶたを閉じるのであった。


 乙女は想いを巡らす。


 昨夜、一線を越えた。


 なら、その関係はもう人質ではなく恋人同士ではないか。


 いや、既に夫婦と言っていい。


 純真な彼女はこれから迎えるであろう甘い生活を心を躍らせながら思い描くのであった。


「神太郎さん、そういえば住むところってどんな……」



 そして、再び瞼を開けると……、



「え……?」


 そこは森の中だった。


「え?」


 おかしい。ほんの数秒前まで岩場の荒地にいたというのに。しかも、神太郎も馬のない。彼女がたった一人、木々が生い茂った暗く深い森の中で座り込んでいた。


 ただ、彼女も魔導師なだけあって、すぐに状況を察する。


 そして、その推察は正解だとばかりに木々の合間から彼が現れた。


「グラント」


「お迎えに上がりました、シャノン殿下」


 エイゼンの上級魔術士グラント・マーベルッシ。エイゼン国王からの追っ手である。


「驚きました。まさか貴方が無接触の《テレポス》を使えるとは……」


 どうやら、待ち伏せしていた彼によって転移魔術テレポスによる誘拐をされてしまったようだ。


 魔導師のシャノンでも複数人で転移するなら相手に触れていないと出来ないが、グラントはそれを無接触の遠距離からこなしてみせたのである。完全に虚を衝かれてしまった。


「しかも、転移先はかなり遠い場所のようですね。これほどの力があったのは予想外です」


「陛下の賜物です」


 グラントは持っていた魔杖を見せながら言った。それはエイゼンの国宝。


「『ラブレセル』!?」


「陛下はこの国宝の魔杖『ラブレセル』を私に貸与してまで、貴女を連れ帰るよう命じたのです」


「けれど、その力はそれだけじゃない。グラント、貴方、もしかして……」


「私はそれほどの覚悟をもってここおります。お帰り頂けますね?」


「また勇者と争うというのですか? この国を戦火にさらすなど、私は断じて認めません」


「殿下、このまま和平が成れば、この国は永遠に勇者の脅威に脅かされることになります。今後、民はあの恐ろしい影に怯えながら生きていくことになるのです。そんなもの、安寧とは言えない。この国に真の安寧をもたらすには、勇者の排除が絶対なのです」


「勇者の実力は思い知ったでしょう。我々では敵いません。私も最初は貴方と同じ気持ちでしたが、勇者やその息子の神太郎さんと会っているうちに、彼らに虐げる意志はないと分かりました。敵対しなければ害にはなりません」


「貴女は騙されている。勇者の恐ろしさを分かっていない。奴がその気になれば、多くの民を死に追いやることが出来るのです。そんな危険な存在を野放しにしていいわけがない」


「グラント……」


「勇者を倒す。それが私の使命であり、エイゼン王の望みなのです」


 力強い眼差しで宣言する若き魔術士。


 どう説得しても彼には届かないよう。ならば、シャノンも意を決するしかない。


「グラント、私は城に戻る気はありません。それがエイゼンのためと信じているから」


「では、無理にでも連れて帰らせて頂きます」


 グラントが魔杖の先をシャノンに向けると、彼女も魔杖を握り締めて応えた。



 そして、光弾を発射!



 意外にも、先手を打ったのは平和主義のシャノンだった。


 ただ、発射された弾は空へ……。


 次いで破裂。


 まばゆい光が周囲を覆った。


「《ブライト》?」


 予期しない閃光弾魔術に、腕で顔を覆いながらいぶかしむグラント。尤も、答えはすぐに導ける。争いを好まない彼女なら、目晦めくらましの隙に逃亡するという手を考えるだろう。


 ならば、追駆するまで。グラントは身構えながら光が収まるのを待った。


 戻ってくる視力。


 目の前には……シャノン!?


 意外にも彼女は動かずその場にいた。


「っ!?」


 ただ、もう一人いる。


 姫の前に立つのは、その守護者だ。


 グラントはその名を苦々しく呼ぶ。


「三好神太郎……」


「やれやれ、捜し回ったぜ。急にいなくなるんだもんな。あれも魔術ってヤツか?」


 彼がここに現れた理由は、あの《ブライト》だ。あれは以前山賊のアジトに乗り込む際に取り決めていた合流の合図である。前回使うことがなかったあれが、ここで生きたのである。


 しかし、それにしてもその登場にはグラントも驚かされた。ここからさらってきた場所まで距離五キロはあるだろう。その距離を瞬時に移動出来る身体能力は、大きな脅威だ。


「追っ手はお前か。こっそり女を攫おうなんて、随分姑息な奴だったんだな」


「殿下の身の安全を優先したまで。貴様を始末することに変わりはない」


 グラントも魔杖に殺気を込めると、神太郎もシャノンを下がらせながら構えた。


「魔術ってのは厄介そうだな。シャノン、お前のことまでは面倒を見切れないかもしれない。離れていろ」


「はい。ただ……」


 この時、シャノンはグラントを殺さないで欲しいと言いかけた。だが、今のグラントは尋常じんじょうではない。神太郎に負担を強いらせれば危機に陥らせるだけだ。


 彼女が今願うべきは想い人の方である。


「気をつけて下さい。今のグラントは以前より遥かに強力です」


「お前もな。自分の身を護ることだけ考えろ」


「ご武運を」


 そして、彼女は転移魔術で男たちから距離を置いた。


 護るべき者がいなくなり、全力を出せる場が整った。


 互いに戦意をたぎらせ、互いの敵手を睨み合う。


「今回は一人っきりのようだが大丈夫か? 助けを呼びに行った方がいいと思うぞ。それとも、この間の失態で部下に見放されたか?」


 茶化して余裕を見せる神太郎。片や、グラントはただただ使命に燃えていた。


「貴様がいる限り、シャノン殿下は間違った道を歩み続ける。殿下をお助けするのはこの俺だ!」


「そうかい。なら、やってみろよ。ただ、俺から奪い返すの簡単じゃないぞ。護るのは得意分野だ」


 尤も、神太郎の茶化しもまた普段通りの証。つまり、冷静だということ。


「何せ、俺は門番だからな」


 神太郎が立ち塞がるのは新しい家族のため。



 王女を懸けた決闘が今始まる。

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