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20-1 呪われた決闘①

 王都を発ってはや十日。この頃になると、神太郎とシャノンの二人旅もすっかり様になっていた。


 神太郎も馬の扱いを覚え、その後ろに乗るシャノンも不快な乗り心地に慣れてきている。景色の移り変わりを楽しむ余裕もあった。


 ある時は擦れ違う人々に会釈しながら街道を行き、


 ある時は霞んで見えるマルト連峰を仰ぎ、


 ある時は小雨に肩を濡らせながら川を渡り、


 ある時は美しい夕日を眺めながらほとりを進む。


 二人だけの時間が、二人の安寧と絆を生み出していった。


 そして、今日も順調に旅路を行くのである。


 魔獣に襲われながら。


「来ます! 追いつかれます!」


 馬の後ろに乗るシャノンが後方を見ながら叫んだ。


 荒野を疾走する神太郎とシャノンの馬。その後を追ってくるのは魔獣レイクーガー。背丈が二メートル近い巨大なネコ科の獣で、それが五匹の群れを成して神太郎たちを追っていた。


「《レイブラッシュ》!」


 魔導師シャノンは十八番の麻痺魔術の光弾を放つ! ……も、かわされる! ネコ科の俊敏さに全く対応出来ていなかった。才能ある魔術士といえど、いきなり実戦は難しいか。


「どうにか出来ないのか?」


「そ、そうですね。こういう場合は幻惑魔術の《ファンタラージュ》か、若しくは睡眠魔術の《スレイプ》か……」


「もういい。俺がやる」


 仕方ない。シャノンに任せているとどうも怪しいので、神太郎は自ら飛び出した。馬の背に足を乗せて空高く跳び上がると、レイクーガーたちの前に着地!


 そして瞬く間に……、


 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!


 五匹のレイクーガー、それぞれの顔面に拳を打ち込んだ。俊敏を誇る獣も、それを遥かに上回る神速の動きは全く見えていなかったよう。鼻や頬や額に、鉄のような拳をモロに食らってしまった。そして、その一発は彼らに圧倒的な実力差を思い知らせるに十分だった。


 文字通り尻尾を巻いて逃げていくネコたちを、神太郎はヤレヤレとばかりに見送るのであった。


 そこにシャノンがつたない手綱捌きで戻ってくる。


「神太郎さん、大丈夫ですか?」


「お前こそ。自分に任せろと言いながら不甲斐ない」


「それは! ……獣を傷つけないようにと」


「魔獣にまで気遣っているのか。まぁ、お前らしいが……」


 神太郎は呆れながら騎乗した。


 ともかく、難が去って何よりだ。二人は再び旅路へと戻る。


「二人乗りでも長距離行けるのか? って思っていたけど、この馬は大丈夫そうだな」


「ええ、頑張ってくれています。実は、時々私が魔術で体力を回復させていたんです」


「ほう。そりゃいいな」


 神太郎がよく走ってくれたと馬の首を撫でてやると、シャノンも同じく褒めてあげた。


「ところで、神太郎さんって本当お強いんですね。魔術を一切使わないであんなことが出来るなんて。人間離れしています」


「うん? まぁ、生まれもった才能だな」


「対して、私なんて全然お役に立てずに……」


「魔獣との実戦は初めてだったんだろう? 何事も初めは上手くいかないもんだ」


「それでももう少し出来ると思っていたんですけどね。ちょっと落ち込んでいます」


「仕方がないさ。お前は荒事には不向きなんだ」


 彼も温室から出てきたばかりのお姫様に過度な要求をするつもりはない。それに目的地はもうすぐだ。荒事ともおさらばだろう。シャノンも気を取り直す。


「キダイ王国の国境まであと二日ってところですね。心配していた追っ手も来なさそうで良かったです」


「そうじゃないと困る。わざわざ魔獣が出る地帯を通ってまで近道をしたんだからな」


 すると、彼女はふと頭に不安が過ぎった。


「あの……。キダイに着いたら、私はどうなるんですか?」


「勿論、俺と一緒にいてもらうぞ。人質なんだから」


「はい……」


 ただ、それも神太郎の言葉ですぐに拭えたのであったが。




 夜、到着した宿場町にて夕食を取ると、宿部屋にて身体を休める。ベッドが一つしかない粗末な部屋だが、もう慣れっこである。シャノンはそのベッドの上で草臥くたびれた身体をほぐしていた。


「神太郎さんって、キダイでは門番をしているんですよね? やっぱりお仕事は大変ですか?」


「大変だよー。キダイは門が四ヶ所しかないから出入りが激しくてさ。毎日大行列が出来て、それをさばくのにてんやわんやだ。上司からも毎日のように怒られるし……。帰ったらまたあの仕事に戻るのかー」


「でも大切なお仕事ですよね。立派だと思います。それに神太郎さんが護っている門なら、皆安心出来るんじゃないですか?」


「なら、もう少し給料を増やしてくれてもいいんだけどなー」


 神太郎は背を向けながら一笑した。


 そして何故背を向けているかというと、彼はさっきから机に向かっていたからだ。何をしているんだとシャノンが顔を覗かせてみると、やっていたのはパズル。王都の城から持ち出してきたアレだ。


「あー、お城から持ち出したパズル? そんなに気に入ったんですか?」


「一つだけ形が分からないんだよ。鶴のヤツ」


「鶴? ああ、それなら……」


 すると、シャノンがちょちょいのちょいとピースを動かしてあげると……、


 あら不思議。完成、鶴!


「ああああああ!」


 自分が全く出来なかったものが突然目の前に現れ、神太郎は声を張り上げてしまった。


 一方、シャノンはご満悦。今まで助けてもらってばかりだったから、やっと一つお返しが出来たと思ったのだ。


 尤も、それは逆だったのだが。


「お前、何てことをするんだ!」


「え?」


「俺が自力で解きたかったのに勝手に答えを教えやがって。これまでの苦労が全て水の泡じゃないか!」


「う……」


「答えは自分で見つけてこそ意味がある」


「ごめんなさい」


 シャノンは素直に謝った。その通りだと思ったから。だから神太郎も一転、いつもの笑みに戻った。


「まぁ、悪意からやったわけじゃないのは分かるさ。お前らしい純粋な親切心からだろう。ただ、それが必ずしも相手のためになるとは限らないってことだ」


「人助けをするにも時と場合によると?」


「あと相手もな。赤ん坊に何でもかんでも手を貸していると、将来用を足すにも自分でケツも拭けない大人になっちまうってことだ」


「成る程……」


 手を差し伸べることが必ずしも正しいとは限らない。


 ただ、それが命が懸かっている場合ならどうだ? シャノンはついそんなことを考えてしまったが、あくまで考えるだけ。口にしなかった。


 もし神太郎に問うたら、容赦ない返答が返ってきそうだったから。


 そして、明日も早出なので早々に就寝することにする。


 ベッドに寝転んだシャノンが「おやすみなさい」と言うと、壁を背もたれにしていた神太郎も「おやすみー」と返事。二人とも、ゆっくりと目を閉じた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……が、シャノンはしばらくして目を開けた。


「神太郎さん、そんな格好で辛くないですか?」


「慣れた」


 ならと、シャノンはまた目を閉じた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……が、シャノンはしばらくしてまた目を開けた。


 そして、かけていた毛布も開けた。


「良かったら……。まだ一人入れそうですし」


 これには神太郎も驚く。


「さっきのパズルのお詫び?」


「そういうわけではありません。ただ、神太郎さんにはいつも助けてもらっているのに、一人だけ固い床の上なのは申し訳ないと思って……」


 普通の紳士なら遠慮するところだが、彼は普通でも紳士でもないので、「なら、遠慮なく」と下種げすな笑みを浮かべながらベッドに潜り込んだ。


 殿方と初めて床を共にする。自分から言い出したものの、シャノンはやはり緊張していた。


 胸が高鳴り、身体も強張る。そして、それを悟られないように必死に平静を装っていた。何事も起きないことを願いながら。


 ただ、相手は神太郎である。それだけで終わるはずがない。


 彼はシャノンを抱き寄せると、向き合って身体を密着させた。


「え? ちょ……」


 そこまで許可していないとシャノンは神太郎の顔を見るも……、


「狭いからくっ付かないと」


 と、彼は気にせず押し通す。


 力強くも安堵を与えてくれる抱擁。その心地良さに、彼女もつい追認してしまった。


 ただ、相手は神太郎である。それだけで終わるはずがない。


「っ!?」


 神太郎の手が彼女の弾力のある尻を掴んだ。


「し、神太郎さん!?」


「ほら、ここを掴んでおくと抱き易くて良いだろう?」


「良くありません!」


 シャノンの否定も構わず鷲掴み。


 その堂々とした破廉恥ぶりに、彼女の中には恥ずかしさと呆れが混在していた。


 尤も、その割には抵抗するのは口だけである。


 神太郎の顔が鼻先まで近づいても、それは変わらなかった。


「顔、近過ぎです」


「まぁ、狭いからね」


 更に距離は唇同士が触れそうになるところまで迫る。


「怒りますよ?」


「怒らないで」


 そして……。


「神太郎さ……んっ」


 ……。


 ……。


 ……。


 シャノンは初めて味わうその感触に戸惑い、高揚し……じっくりと味わった。


 五秒か、十秒か、いやもっとか……。


 やがて離されると今度は神太郎から質問する。


「まだ怒ってる?」


「怒ってます。………………こういうこと、夫婦になってからするものでしょう」


 顔を紅らめながら正直に答えた乙女。全く抵抗せずに受け入れてしまったことから、嘘で取り繕うことも出来なかった。


 そして、今度は彼女の方から神太郎を抱き締めた。


「もう、どうしてくれるんですか。……責任取って下さいね」


 抱擁し合う二人の若人わこうど


 互いの温もりを感じ合い、互いの想いを交し合う。


 乙女は初めて味わう恋慕に溺れていった。



 こうして夜は更け、二人の間も深くなっていくのであった。

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