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19-5 涙のチューリップ⑤

 町中ではヌルールの民たちが絶望に陥っていた。皆が皆、将来を悲観し、これからのことを話し合っている。


 ただ、そこに思い掛けない知らせが飛び交った。サナワ王子遭難事件の慰霊式をチューリップ畑で行うというのだ。


 焼き払うと言いながら、今度はそこで慰霊式を行う。民は何がなんだか分からないと戸惑いつつ、畑前の広場に集まった。


 チューリップ畑を背に整然と並ぶ兵士たち。その前にあるお立ち台に立つのは、この国の象徴。脇に控えていたメルティモが高らかに紹介する。


「この方はエイゼン王国王女、シャノン・ローディオット殿下であらせられる! 皆、厳粛に拝聴するように!」


 王女の思い掛けない登場にどよめく民衆。そんな彼ら全てに届くよう、シャノンは魔術で拡声させて話しかける。


「エイゼン王女、シャノン・ローディオットです。先日の騒動でヌルールの民たちが不安に陥ったことを心苦しく思っています。ひとえに、王国がいたらないために起きた悲劇です。この場をお借りして深くお詫び致します」


 またもどよめく場。王族が下々に謝罪するなど想像もしなかったのだ。


「あのようなことは二度とあってはなりません。そのためにもその記憶を後世に残し、亡くなった人たちへの鎮魂を祈るため、私はここに新たにチューリップを植えさせて頂きます。皆さんには是非、その哀悼の意を世に伝えて頂けるよう、このチューリップ畑を護り続けて下さい」


 更に付け加えられる予想外の知らせに、どよめきは極限に達する。それでも、まだ信じられない民の一人が彼女に問う。


「それはつまり、処分はしないと?」


「はい、このシャノン・ローディオットが保障致します」


 そう答えた途端、「わああああああ!」と歓声が上がった。誰もが歓喜し、誰もが感謝する。「シャノン王女、万歳!」という声まで上がった。


 それからシャノンがチューリップを畑に植えるデモンストレーションを行うと、見守っていた民衆は拍手をもって賛する。


 そして、彼女は笑顔で手を振ってそれに応えるのであった。


 これでいいのかな? と、内心不安になりながら。


 慰霊式後、チューリップ畑の前にて、シャノンはメルティモと共に今回の企画者、神太郎に意図を尋ねていた。


「神太郎さん、勝手にこんなことをしていいんですか? もし陛下に知られたら……」


「いや、むしろ知ってもらわないと困る」


「え?」


「メルティモ男爵、今回の経緯はこうだ。チューリップ畑を処分すべくヌルールに到着したら、先にシャノン王女が到来していた。王女は民衆たちと慰霊式を執り行おうとしていたので、ここで畑の処分を実行したり式を中止させれば彼女の顔に泥を塗ることになってしまう。また、王女は男爵の任務がチューリップ畑の中でも惨事の現場となって荒れてしまったあの一角のみの処分と思い込んでおり、自分たちに式の手伝いを命じてきた。そして、逆らうわけにもいかず式を執り行うことに至った」


「うむ……」


「大切なのはここからだ。シャノンはエイゼン王に感謝の手紙を送れ。内容は、そうだなー……。『私はヌルールにて愛するサナワお兄様を想い、慰霊式を執り行いました。お父様が処分を命じた現場も、お兄様を弔うべく植えたチューリップによって美しくかざられております。この先もチューリップはお兄様のために咲き続けてくれるでしょう。私は、これから毎年ここのチューリップ畑に想いを馳せ、兄への慰霊を願います。これらはひとえに、メルティモ男爵を派遣して下さったお父様のお陰です。感謝の念が絶えません。愛するお父様、どうか身体に気をつけてご自愛下さい』……って感じかな? つまり、お前は天然ぶって徹底的に兄を尊び、父親に感謝をするんだ。エイゼン王はサナワ王子以上にお前を溺愛していると聞く。なら、その愛を利用してお前の行為を追認させるんだよ」


「なーるほど……。上手くいきます?」


「さっき言った通り駄目元だ。俺の兄はこういうズル賢いことが得意でな。兄ならもっと上手く言い包められるんだろうが」


「分かりました。では、お父様へはたっぷり感謝を込めて手紙を書きます」


「メルティモ男爵に届けてもらおう。念のため、カイラル王子を介して渡した方がいいかもな。彼なら察して上手く取り計らってもらえるだろう」


「承知した。確かに王子にお渡ししよう」


 シャノンもメルティモも承諾。上手い策というより苦肉の策であったが、エイゼン王のこの命令はただの八つ当たりである。可愛い娘の願いなら強行せずに聞き届けてくれるかもしれない。


 ただ、これには一つ問題がある。メルティモがそれを口にする。


「しかし、陛下に王女の現在位置を知らせても良いのですか? 追っ手が差し向けられるのでは?」


「それも狙いの一つだ。王にとって最優先は王女の奪取。ここのチューリップなどどうでもいいと放っておくさ。つまり、俺たちは王の気を引きつける囮ってわけだ」


 しかし、それは彼が宿で言っていた避けるべき懸念である。これまで慎重だった神太郎が自ら自分たちを危険に晒すことに、シャノンは驚いてしまった。


「いいんですか? 居場所がバレることをあんなに反対していたのに」


「まぁ、急いでキダイに帰れば良いさ。暢気のんきな旅路が駆け足の旅路になるだけだ」


 そして神太郎はこうも付け加える。


「それに俺もここは好きだからな」


 その美しい光景を眺めながら。


「ありがとう、神太郎さん」


 普段はたわけて、危機の前では合理的。だが、その本質は厚い情だ。シャノンも彼の本心が自分と同じことに心底嬉しくなった。


 ただ、この中で笑顔でない者が一人いる。


 メルティモの畑を見る表情は、何ら情緒を感じさせるものではなかった。シャノンもそれに気づく。


「メルティモ男爵、どうかされましたか?」


「いえ」


「何か懸念でも?」


 王女に詰められれば、忠臣も沈黙を貫くことは敵わず。彼はしばらくすると本音を明かした。


「……実は、私は個人的にもこの畑を焼き払いたかったのです」


「えっ!?」


「十九歳の私の息子も軍人でした。そしてあの日、サナワ王子の護衛として同行し、命を落としたのです」


「っ……。それは……申し訳ありません。ご子息を亡くしたのは兄のせいです」


 シャノンは堪らず謝罪した。全ては兄の軽率な行動のせいだと。しかし、彼はそれを拒む。


「いえ、王族を護るのは我々の義務です。不満などありはしません」


「なら、殺した相手には?」


 息子を殺した男の息子も問うが、それにも興味はない。


「軍人は戦うのが宿命だ。その相手に特別な感情を抱くことはない」


 彼にあるのは……、


「息子が軍人の道に進んだ時、私は喜びました。そして同時に覚悟もしていました。いつか戦いで命を落とすことを。それは思いのほか早く訪れましたが、それでも私には悲しみや後悔はありませんでした。怒りもなく、悲しみもない。……あったのは、『何もない』でした」


 空虚だ。メルティモの心にポッカリと穴が開いてしまったのだ。


「あの日以来、私の中の何かが消えてしまった。息子を失った喪失感がこれほどまでのものとは思いもよらなかった。どうすればいいのか? 私には全く分からない。そんな折、陛下からチューリップ畑の処分を命じられ、これだと思ったのです。息子が亡くなった場所をなくしてしまえば、息子の死もなくせる。勿論、息子は帰ってきませんが、息子の死による喪失感はなくせるかもしれない……と」


 最後は言葉を震えわせてこう言った。


「私は息子を……息子を……心から愛していた」


 その言葉にシャノンは心を締め付けられ、神太郎もまた哀れんだ。あの事件は被害者だけではなくその遺族の心も苦しめていたのだ。


 彼の吐露に、シャノンは同情と申し訳なさで苦しくなってしまう。


 謝罪も拒まれた彼女が彼にしてあげられることはあるのだろうか?


 その空いた心を埋める方法を持っているのだろうか?


 シャノンはかける言葉を探し続けた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……いや、探す必要などなかった。


 すぐ目の前にあったではないか。


「男爵、貴方もチューリップを植えていきませんか?」


「え?」


「貴方の息子さんが亡くなったこの場所で、貴方が新しい息吹を与えるのです」


「しかし、息子の死を受け入れられない私が弔うことなど……」


「時には、辛い現実を無理やり受け入れることも必要なんじゃないか?」


 神太郎もまた彼女に同調した。


「このまま現実逃避を続ければ、いつか綻びが生まれ大変なことになる。自分の手で区切りをつけるのも一つの手だと思うな」


「子供の癖に生意気なことを……」


「彼と同じ息子という立場からのささやかな助言さ」


「……」


 時は戻りはしない。


 なら、前に進むしかない。


 事実は消えはしない。


 なら、受け入れるしかない。


 そしてシャノンがチューリップの苗を差し出してくると、メルティモは躊躇ちゅうちょしながら受け取った。息子の死を認めることを恐れるように。


 それでも彼は拒む本心を懸命になだめながら屈み、畑の隅にそれを丁寧に、丁寧に、丁寧に、丁寧に植えた……。


 つぼみもないまだ若い苗。けれど、父が込めた愛情に応えるように、いずれ美しい花を咲かせてくれるだろう。


「子供に先立たれるのは辛いものですね」


 彼の嘆きは、まだ子供がいないシャノンにも共感させた。


 日本には『親に先立つは不幸』ということわざがあるが、それはどこの世界でも同じである。


 それでも、厳格な軍人である彼は堂々たる振る舞いを保っていた。


 ……。


 ……いや。


「ばかやろう……」


 ついこぼしてしまったぼやき。


 その言葉の先は殺した相手か? しくは命令した主か? それとも早死にした息子か? いや、自分自身か……?


 やがて、その大きな身体が肩を震わせた。


 ずっと。


 ずっと。


 ずっと……。


 シャノンも思わず手を口で押さえ、神太郎も無常を感じて天を仰ぐ。



 そして、チューリップの若葉に朝露あさつゆのような雫が落ちたのであった。



―涙のチューリップ・完―

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