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19-4 涙のチューリップ④

 ヌルール庁舎の執務室では、町長たちを片隅に追いやってメルティモ男爵が主のように振舞っていた。ソファの上座に座る彼は、町長と役人らが提出した書類に渋い面をしながら目を通している。


 そして、それを投げ返した。


 慌ててそれを受け取った町長は言葉でも説得を試みる。


「ご覧の通り、我が町ではチューリップ産業によって成り立っています。開花の季節は国内外から多くの観光客が訪れ、町をうるおしてくれているのです。宿屋を始め、飯屋、花屋、駅馬車屋、更には飯屋に食材を下ろす肉屋や農家など……。他にも多くの者がチューリップに関わって生計を立てております。それが失われれば町は瞬く間に衰退し、多くの民が飢えに苦しむことになりましょう。どうか、今一度ご再考を」


「しつこい。そもそも花などで生計を立てようなどというのが不相応ふそうおうなのだ。元々は麦を育てる普通の農村だったと聞く。元に戻るだけではないか。陛下はこう仰っておられた。お前たちが花などを育てるから、サナワ殿下が悲劇に見舞われたのだと」


「そんな……」


 それはあまりにも言い掛かりだった。されど、下々の者の言葉など聞き届けられはしない。


 だが、上の者の言葉なら真摯しんしに聞いてくれよう。


 メルティモが町長らを説教していると、兵士の一人がノックをして入室してきた。彼は困惑した面持ちでメルティモに寄り、耳打ちをする。


 その内容にメルティモも驚愕。


「なに? シャノン殿下だと?」


「はい、そう申しております。指揮官に面会を願いたいと」


「馬鹿馬鹿しい。そんなかたり、とっとと追い払え。一々判断を仰いでくるな」


「し、しかし、兵の中には殿下のお顔を知った者はおりません。本人の証明として陛下から下賜かしされた魔杖を見せてきましたが、我々では本物かどうかも……。もし本当にご本人なら……」


「……そうだな。連れて来い」


 寝耳に水の知らせに、メルティモも少し戸惑ってしまった。しかし、よくよく考えれば、追い払うなど生ぬるいことで収めるべきではない。王族の騙りは極刑に値する。


 王子が亡くなった地で王女を騙る不届き者。そのような輩は自身の手で首をねなければ気が済まなかったのだ。


 町長らを退出させたメルティモは、ソファに腰深く座りながら扉を殺意の篭った瞳で睨みつける。


 彼の国家への忠誠心が激しい怒りとなって燃えていたのだ。


 そして、扉からそれが現れると……、


 立った。


 こう叫びながら。


「し、シャノン殿下ぁ!?」


 目の前に現れたのは彼が忠誠を誓う国家の王族、シャノン王女。メルティモは反射的にピンっと直立不動で立ち上がると、敬礼をした。


「王国軍、レブン・メルティモ男爵であります!」


「ああ、新年のパレードで騎兵隊を率いていた方ですね。ご苦労様です」


「っ! 覚えておいて頂き、感激であります!」


 彼女が美しくも温かい笑顔でねぎらうと、彼は素直に感動。話したことすらなかった自分を記憶に留めておいてもらえるのは忠臣の誉れである。


 彼は「さぁ、お座り下さい」と王女を上座に座らせ、更に彼女を連れてきた兵にも「何をしている。殿下にお茶をお持ちしろ」と命じた。


 それにしても、まさかの王女に登場にメルティモは戸惑いと疑問を隠せない。


「しかし、殿下。何故、このようなところに? しかも、お供が一人とは」


 彼はシャノンの後ろに控えている連れの若い男を見ながら言った。


 一方、その若い男、神太郎はその問いを聞いて、ついシャノンと目を合わせてしまった。


 つまり、メルティモはシャノンが勇者の人質になるという和解案を知らされていないということだ。


 王女を一個人に人質に出すなど恥でしかない。大方、エイゼンの中でも一部の人間にしか知らされていないのだろう。だが、シャノンにとっては実に都合が良かった。


 彼女は用件に入る。


「サナワお兄様をとむらうために王都から忍びで来たのです。しかし、チューリップ畑を焼くと聞き驚きました。男爵には何卒、中止を願いたいのです」


「それは……難しいご相談かと。陛下から命令ですので」


「それは承知しております。けれど、このチューリップ畑はヌルールの民の生活が掛かっているというだけではなく、これまで亡くなった者たちへの追悼も意味しているのです。そのようなことをしていては、いずれ民がエイゼンに従ってはくれなくなります」


「仰ることは分かりますが、私の判断では……」


 先ほどまで高圧的だった男も、僅か十七歳の王女の前ではタジタジ。だが、それでも聞き届けることはなかった。


「どうしてもですか?」


「お許し下さい」


 先程まで笑顔だったシャノンも顔を険しくさせてしまう。


 予想していたとはいえ、お願いだけでは解決出来そうにない。


 ならば、もう少し乱暴にいく。


「どうしても聞き届けて下さらないのなら、私が止めます」


「え?」


「私が貴方たちからチューリップ畑を護ります」


 シャノンは携えていた魔杖を両手で握り締めて宣言した。


 つまり、戦うというのだ。


 勿論、慈愛のシャノンにその気はない。ブラフだ。だが、彼らエイゼン軍に対してはとてつもない効果がある。王女に剣を向けるなど出来やしない。彼女はたった一人で王国軍の一部隊を押し留められる強力な存在だった。


「殿下、おたわむれを」


「本気です」


 彼女の真剣な眼差しを見せられれば、メルティモも本気で受け取らざるを得ない。


 王女を押しのけるという不敬を働いてまで畑を処分するにも、彼一人の判断で決められるものではなかった。


「では、一先ず王都の陛下にお伺いを立てさせて頂きます」


「え?」


 メルティモの判断は当然だろう。だが、シャノンにとっては実に都合が悪かった。神太郎も「それは不味い」と小声で彼女に忠告すると、慌てて止める。


「それは……ちょっと待って頂ければ」


「しかし、陛下のご意向を伺わなければ」


「分かってます。分かってますけど、その……」


 毅然きぜんな態度から一転、しおらしくなる王女。メルティモが怪訝けげんな表情をするようになると、彼女は助けを請うように神太郎を見た。


 仕方なし。話し合いはシャノンに一任していたが、手を貸すことにする。


「申し遅れました。俺は三好神太郎。勇者の息子です」


「ミヨシ……、勇者の息子!?」


 彼の挨拶にメルティモはまたも驚かされる。ただ、本当に驚くべきは次の言葉だ。


「実は勇者とエイゼンの和解の件ですが、その条件にシャノン王女を勇者側に人質に出すというのがあるのです。つまり、彼女はキダイ王国へ向かう途中なのです」


「人質!?」


「男爵が知らなかったとなると、一部の者にしか知らされていないのでしょう。勿論、交渉の全権を担ったカイラル王子も承知の上です。ただ、エイゼン王はそれが気に食わないようで、王女を取り戻したいと考えています。エイゼン王に王女の到来を知らせれば、追っ手を送り込むことでしょう。貴方にも奪取命令が下されるはず」


「……」


「しかし、王女が王都に戻れば和解は破棄されたことになる。勇者が再び攻め立て、次は確実に滅ぼされることになるでしょう。ですから王都には……エイゼン王には彼女のことは知らせないでもらいたい」


 神太郎は正直に全てを明かした。下手な言い訳をするより、その方が確実だと思ったのだ。


 驚きで瞠目しているメルティモがシャノンを見ると、彼女もその通りだと頷いた。


 黙考するメルティモ。


 信じ難い話だが辻褄つじつまは合う。勇者が王都の包囲を解除したのも、王女がお供を一人しか連れずこんなところに現れたのも……。


「キダイへ向かう道中、有名なチューリップ畑を一目見ようと立ち寄ったのですが、そこに貴方方が現れた。本来なら名乗り出ず町を離れるべきなのですが、シャノン王女は民のことを想って姿を現したのです。ご考慮願えないだろうか?」


 神太郎がそう付け加えると、メルティモは更に考え込んでしまった。


 またシャノンも言い足す。


「男爵も勇者の力はご存知でしょう。私は国のために、民のために自ら望んで人質になるのです。どうか、ご配慮下さい」


 王女にまで懇願こんがんされると、彼ももう断ることは出来なかった。


 その後、三人はチューリップ畑の前にやってきた。その美しい景色を眺めながら議論を続ける。


「分かりました。殿下がここにいる件は私のところで留めておきます。しかし、それでもここの処分は行わなければなりません」


「どうにかなりませんか?」


「私の一存ではどうにも……。お許し下さい」


「そうですか」


 メルティモが心苦しそうに答えると、シャノンもそれ以上は請うことは出来なかった。代わりに悔しさを漏らす。


「こんなに美しいものが何故失われなければならないのでしょうか。凄惨な事件があったばかりだというのに、更に悲劇を塗り重ねるなんて……」


「しかし、王室の権威を保たなければ国家は成り立たないのです」


 メルティモの言うとおりだろう。尤も、彼の場合はそれだけではないのだが。


「お父様は動転なされている。私がお傍に付いていられれば、こんなことには……」


 ともかく、シャノンはまたも己の無力さにさいなまれてしまった。


 ……。


 すると、神太郎が案ずる。


「じゃあ、駄目元で一丁試してみるか?」


「え?」


「重要なのは王室の権威なんだろう? それは王女であるお前自身ももっているはずだ。それを存分に使おうじゃないか」


「?」


 それは彼女にしか出来ない秘策だ。

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