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19-3 涙のチューリップ③

 ヌルール庁舎。その会議室にて、ヌルール町長もまたチューリップ畑処分の知らせを聞かされていた。


「チューリップ畑を焼くとは……。一体、如何なる理由で!?」


「陛下の命である」


 その相手は兵を率いていた初老の男、メルティモ男爵。王都から派遣されてきた軍人だ。


「この度のサナワ殿下の落命は、このチューリップ畑に原因があるとのこと。それ故、陛下は不吉であるとし処分を命じられたのだ」


「そんな……。我が町はチューリップ畑で成り立っているのです。あれが無くなれば多くの者の食い扶持ぶちが失われてしまいます。生きてはいけません。どうか、お考え直しを!」


「黙れ、陛下は忌々《いまいま》しいチューリップを焼き払えと命じられたのだ。陛下に逆らうというのか?」


「そ、そのようなことは……」


「お前たちと論じるつもりはない。これは決定事項なのだ。何人たりともチューリップ畑に近づけてはならぬ。よいな?」


 町側は当然反対を示したが、全く取り付く島もなかった。


 この件は直ちに町中に広がり、住民たちを不安に陥らせていく。チューリップ畑は軍によって封鎖され、押し掛けた住民と兵が押し問答を起こす様相も見られた。




「チューリップ畑を焼く!?」


 起床早々その知らせを聞かされたシャノンも驚愕してしまった。寝グセが付いたままの顔を宿部屋の二階の窓から出し、チューリップ畑を見渡す。そして、その場所が兵に囲まれているのを見ると事実と受け止めた。


「な、何でそんなことを!?」


「サナワ王子が死んだ理由の一つだからとさ。まぁ、ぶっちゃけ八つ当たりだろうな」


 神太郎はベッドの上でヨガストレッチをしながら答えた。


「そんな……。それじゃ、この町の人たちはどうなるんですか?」


「失業だろう。宿も露店もチューリップ売りもぜーんぶ。ここの主人も絶望した顔をしていたよ。気の毒にな」


「無意味です。畑を焼き払うなんて。そんなことをしたって亡くなった者は帰ってきませんし、復讐にすらならない。悲しみが増えるだけです」


「全くその通りだ。お前の親父さん、ヤバイよなー」


「で、でも、本来は優しい方なんですよ。子供想いで」


「子供を溺愛しているのは知ってるよ。だから、チューリップ畑を焼こうなんて考えるんだろう?」


「ちが……。今はちょっと感情的になっているだけで……」


そばで見る姿が必ずしも正しいわけではない。時には距離を置いてみるとその人の本性を垣間見ることもあるんだなー」


「け、けど、私の誕生日はどんなに忙しくても一緒に祝ってくれて。私が初めて馬に乗った時も手取り足取り教えてくれて……」


「……」


「私が贈った花は今も自室に飾ってくれていて、私が風邪を引いた時は数時間おきに見舞いに来てくれて……」


「……」


「お母様が亡くなった後は、彼女の分もたっぷり愛情を注いでくれたんです。お父様は本当に本当に……最高の父親でした」


 最後は心苦しそうに言った。


 好きなのだ。父のことが本当に大好きだったのだ。その父が民を不幸をしようとしていることに、彼女はとてつもなく苦しかった。


 ……。


 しばらくの沈黙。


 そして、娘は決意する。


「止めます」


「うん?」


「そんな大好きなお父様が民に恨まれないように、私がチューリップ畑を焼くのを止めます!」


 父と民、両方を救えるのは自分だけしかいない。それが彼女が導き出した答えだ。


 ……ただ、それを聞かされた神太郎はというと、渋い面を晒していた。先日の山賊討伐を宣言した時のように。だから、シャノンは気まずそうに問う。


「……駄目ですか?」


「どうやって止める気だ?」


「その……軍の指揮官に止めるように訴えて」


「お前の頼みは国王の命令より優先されるのか?」


「そっ……、それは……」


 若き情熱も正論を前にしてはタジタジになってしまう。


 神太郎、更に正論を重ねる。


「お前の親父さんはお前を人質に出すことを嫌がっていた。そのお前がここにいると知れば全力で取り返そうとしてくるだろう。また王都脱出の時のような争いが起きるぞ」


「っ!」


「毎回上手く逃れられるとは限らない。たとえ逃げられたとしても、場所が知られたら延々と追っ手を送ってくるだろう。今度は死人も覚悟しないとな」


 それは決してあってはならぬこと。


 彼の言葉はシャノンから熱が引かせ、冷静さを取り戻させていく。先日、自分のせいで農夫を死なせてしまったのだ。あのような悲劇はもう繰り返したくなかった。


 しかし、だからといってチューリップを諦めることもまた出来ない。あれが失われればこの町は衰退し、それによっても命が失われることになるだろう。


 自分では何も出来ないもどかしさから、王女はまた己の未熟さを痛感するのであった。


 神太郎が問う。


「どうする?」


「………………」


 長い黙考。シャノンは何度も何度も考えを巡らせた。


 王都脱出。


 誘拐未遂。


 山賊退治。


 これまでの出来事を思い出しながら、自分に出来ること、自分が後悔しないこと、自分がやるべきことを探し続ける。


 そして……覚悟をもって答える。


「チューリップ畑を護ります。皆が幸せになるには、これしかありません。どちらかを護り、どちらかを見捨てるなんて選択は選べないんです。……私は最高の決着を目指したい」


 ヌルールの町を護り、更に誰も傷つけることなく軍から逃げおおせる。それが彼女が望むゴールだ。


 当然、神太郎はそう上手くことが運ぶとは思えなかった。


 ただ、彼のその心中を察したかのように、シャノンはこうも付け加える。


「絶対叶えられます! ……神太郎さんが手伝ってくれるなら」


 上目遣いで。


 そんなことをされれば、ハーレム男の矜持が拒むことを許さない。


「分かった。やってみろ。お前の国だ」


「ありがとう、神太郎さん」


 シャノンの笑みの感謝を、神太郎もまた笑顔で受け取るのであった。


 さっきからずっと続けていたヨガストレッチをしながら。

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