19-2 涙のチューリップ②
ヌルールは観光地なだけあって多くの宿がある。神太郎たちはそこから良さそうな一軒を見繕って今回の宿所とした。
「お? 良い部屋」
客室に入ったシャノンは、その設えにご満悦。
広々とした間取りに、ベッドが二つ。清潔感もあり、二階ということで落ち着きもある。
ベッドに腰掛けてみれば、厚い敷物が尻を程よく弾き返してくれる。次いで、窓から外を覗えば通りを歩く人々が……更に遠い先にはチューリップ畑まで望めた。
間違いなくこれまでの宿で一番良い部屋である。
「お? 良い部屋」
遅れて入ってきた神太郎も全く同じ台詞を吐く。
「ですよね? 観光地なだけあって宿の質もいいんですね」
「その代わり値は張ったけどな」
「たまにはいいじゃないですか」
「そうだな。ここまで頑張ったご褒美だ」
そして、彼はもう一つご褒美を用意していた。
「それと風呂が空いてるそうだぞ」
「お風呂あるの!?」
その知らせにシャノンは思わず声を跳ね上がらせた。
二人が宿屋一階の一室に入ると、そこには人一人が入れるサイズの木桶風呂があった。張ったばかりなのか綺麗な湯が満たされ、湯気もモクモクと上がっている。実に心地良さそうだ。
シャノンもそれを前にして「わぁ~」と大喜び。
王都を出て以来、初めての風呂である。勿論、王室の豪勢な風呂とは比べ物にはならないが、これまで水浴びや濡れタオルだけで済ませてきた身からすると湯に浸けられるだけで大違いである。
「早速入っちまえよ」
「はい」
そして、神太郎に促されシャノンは嬉々と服を脱いでいく………………わけもなく、彼女は冷めた視線でその邪魔者を見た。
「出ていって下さい」
「え? いや、俺は見張りだから」
「出ていって下さい」
「一人じゃ無防備だろう?」
「出ていって下さい」
「また攫われでもしたら……」
「出ていけぇ!」
ということで、神太郎は浴室から追い出されてしまった。
仕方なし。彼はロビーで待つことにし、そこの椅子に腰を掛けた……ら、声を掛けられた。宿屋の主人だ。
「どうだい? ウチの風呂は?」
「いいね。連れが喜んでいたよ。部屋も良かったし、いい宿だ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。ウチは人気で、開花の季節は常に満室なんだよ」
中年の彼はそう喜びながら向かいの椅子に座った。
「へー、じゃあ、俺たちが部屋を取れたのは運が良かったんだ」
「まぁ、良かったといえば良かったかな。今、観光客が激減していてさ」
「え? 結構いるみたいだけど、それでも全然?」
「ほら、この間の例の……サナワ王子殺害事件があったせいで、客が逃げ出したんだよ」
「あー」
「勇者が王子を殺害して、更に軍隊もやってきて観光どころじゃなくなってさ。まぁ、勇者が早々に王都へ向かってくれたから、この町はそこまで荒れはしなかったんだけど、客足が遠のいてね」
「そりゃ災難だったね。チューリップの開花期間って短いの?」
「元々は一週間ぐらいしかなかったらしい。でも、これが観光になってくると、時期を延ばすべく植える時期をずらしたり、品種改良をしたりしてね。今では一ヶ月ぐらいかな」
「一ヶ月かー。それでも辛いねー」
「本当だよ。特に主要な観光客は王都の住人だったからね。往来が封鎖されて大打撃だよ。でも、今朝になって封鎖解除を知らされたから一安心したところさ」
「そりゃ良かった」
流石、当事者なだけあって、ここの住民は勇者とエイゼンの対立は知っていたようだ。封鎖も解除されたというので和解も無事成されたらしい。
神太郎はこのまま何事もなく収まることを願うのであった。
しかしその想いとは裏腹に、翌日は物々しい音で目を覚ますことになる。
朝、宿部屋にて起床した神太郎。上体を起こし、背伸びをする。寝床が良かったのでぐっすり休めた。もう一つのベッドを見ると、シャノンはまだ熟睡中のようで掛け布団を口元まで覆っていた。まだ朝は早いし、出立までもう少し寝かせてやることにする。
ただ、そのまだ早い朝だというのに、外からは騒がしい音が聞こえたのだ。
起き切っていない身体を立たせ、窓際に寄る。
そして外を覗えば、通りには兵隊たちがいた。列を成して行進している。
「何事だ?」
大勢の兵隊が現れるなど物騒である。何事もなければ良いと思いながら、彼は部屋を出た。
神太郎が宿屋のロビーに出ると、主人も玄関から兵隊の行進を眺めていた。神太郎に気づいて挨拶をする。
「あ、おはよう。よく眠れたかい?」
「お陰さまで。何事?」
「さぁ? 何も聞いていないよ。勇者とのいざこざは収まったはずなのに」
すると、宿屋のお隣さんが「大変だ、大変だ!」と大慌てでやってきた。
その言葉通り、大変な知らせをもって。
「あの兵隊たち、チューリップ畑を焼きに来たらしいぞ!」
「「なっ、なんだってー!?」」




