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19-1 涙のチューリップ①

 チューリップが名物の町、ヌルール。


 普段は人がまばらの田舎町であるが、チューリップが咲く季節になると、それを鑑賞しに国内外から多くの人々がやってくる。


 大通りは観光客であふれ返り、それを目当てに店や娯楽が立ち並ぶ。開花する時期は常に大賑わいだった。


 その中に神太郎とシャノンの姿もあった。


 活気溢れる通りを行く二人は、その賑やかさにあちこちに目移りしてしまう。遊び人の神太郎は堪らず笑みをこぼしてしまった。


「いいねー、この雰囲気は。祭りみたいで大好きだ」


「そうですね。心が躍ります」


 シャノンも同じである。王女の彼女だって庶民の祭りは大好きだ。お陰で、この間の傷心も少しは癒えてきた。


 神太郎は露店で鳥の串焼きを買うとシャノンと一緒に食べ、次の露店でソーセージを買うとシャノンと一緒に食べ、次の露店で団子を買うとシャノンと一緒に食べた。


 モグモグと口を動かす度に、シャノンの顔はほころんでくる。


「食べ歩きははしたないと思っていましたけど、これはこれでいいものですね」


「な? 経験だよ、経験」


 こうして二人は露店巡りを満喫すると、今回の目玉チューリップ畑へと向かった。




「おおおおおお!」


 赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤……。


 全面、赤色。


 眼前に広がる広大な赤いチューリップの群れに、神太郎は感嘆。シャノンも「うわ~!」と感心の声を上げた。


 町の郊外にあるチューリップの畑。その面積はおよそ三十ヘクタールにも及び、しかも赤ばかりではなく、離れたところには白や黄色のチューリップも見えた。中々飽きさせない光景である。


 現代人の若者からすれば花の観賞など年寄り臭い趣味に感じるかもしれないが、生の実体験は心を豊かにしてくれるものだ。テレビやネットがない世界なら特に。


「凄いな~。わざわざ来た甲斐があったよ」


「そうですね」


「俺、このチューリップ見たさに調停の使者になったんだよ」


「そうなんですか。……え?」


 エイゼンを救ったのはオマケってこと? と、シャノンはつい唖然としてしまった。


「けど、何でチューリップなんだろうな?」


「さっき、お店の人に聞いたんですけど、大昔、この町で疫病が流行って多くの人が亡くなったそうなんです。ある老人も娘一家を亡くしてしまい、それをとむらうために娘が好きだったチューリップの球根を家族の人数分植えたそうで。それを見ていた他の遺族たちもならって植えるようになったんだそうです。その後もこの町では疫病に限らず人が亡くなる度にチューリップを植えるという習慣が出来て、今ではこんな広大なお花畑になったそうですよ」


「へー」


「しかも、観光客が来るようになってからは、彼らまでも身内の故人をしのんで植えていくそうです。何か、素敵ですよね」


「観光客までも? そりゃ増えるよなー。この町の観光資源だから、町全体で手入れもしているだろうし」


 神太郎は感心しながら延々と続くチューリップを見回した………………ら、


「……ん?」


 違和感に気づく。


 畑のとある場所だけ荒れていたのだ。そこへ近づいてみると、どうやら人が踏み荒らした跡のよう。


 屈んでそこの土を触る神太郎。シャノンもまたこの光景に少し残念な気持ちになってしまった。


「随分酷いことをする人がいるんですね」


「……ここだよ」


「え?」


 彼は土をすくいながら言った。


「今回の騒動の現場」


「っ!」


 血を吸った土を掬いながら……。


 ここでサナワ王子が勇者と揉め事が起こし、殺害されたのである。


 次兄が亡くなった場所。そう知らされると、シャノンも頭に冷や水を浴びせられた気持ちになった。


「気の毒にな」


「いえ、いいんです。構いません」


 加害者の息子のお悔やみの気持ちを、被害者の妹は丁重に遠慮した。


 同じく彼の隣で屈む。


「サナワお兄様は傲慢な性格で、よく周りの者に当たり散らかしていました。我侭わがままで、卑怯で……。今回の件は身から出たさびでしょう。私としては、巻き込まれた護衛の者たちの方に申し訳ないという気持ちがあります」


「……」


「好きではありませんでした。もう少し寛容になってくれればといつも思っていました。でも、彼は自分が変われる機会がなかったんでしょうね」


 自分が神太郎に会えたからこそ、シャノンはそう思えた。


「フフ、優しいな、お前は」


 神太郎は呆れを混じらせながらその寛容ぶりを褒めた。でも、彼女らしいとも思った。


「せめて安らかに眠れますように」


 そして妹はその慈愛心をもって、兄たちの冥福を祈るのであった。


「チューリップ、植えていくか?」


「そうですね。私の花もこの素敵な景色の一部になって皆を楽しませられるといいな」


 こんな美しい場所に凄惨な記憶は相応しくない。


 あんな事件が起きたことを忘れさせるように、その傷痕の上に彼女は新しい球根を植えることにした。


 ここがこれからも人々を癒してくれる場所であるようにと願いながら……。



 ただ、それは叶いそうになかった。

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