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18-4 シャノンの悔恨④

 シャノンは一人村へ向かっていた。神太郎はまだ残っている手下たちの相手をしなくてはならないので単独での追走である。


 やぶを飛び越え、枝を潜り、崖を飛び降り、山道を走り抜ける。魔術で身体能力を上げているため、その速さは馬に比するほどだったが、土地勘は向こうが上なので追いつくかは微妙なところ。


 それに彼女の心は未だ動揺していた。


 そして、村が見えてくるとそれは大きくなる。


 悲鳴が聞こえてきたのだ。


 焦燥が極限に達したシャノンは、村に目掛けて飛び上がった。




 実際、村では村人たちが逃げ惑っていた。


 それらを追い回すのは騎馬の頭。剣を振り回しながら憤怒の形相で村人らを睨みつけている。


「貴様ら、よくも舐めた真似をしてくれたなぁ! 何人か殺さなきゃ気が済まんぞ!」


 馬でけば重症は免れず、頭部を踏めば即死は確実。成す術をもたない村人らを恐怖のどん底に陥れる。


 やがて、最初の標的は逃げ遅れたまだ五、六歳ほどの子供が選ばれた。泣きじゃくりながら走る幼子を追って、追って、追う。


 そして踏み潰す!


 ……と、思えた瞬間、相手が消えた。いや、子供がそば垣根かきねの下に潜ってしまったのである。尤も、一時的な避難にしかならないが。


 頭は面倒だとばかりに舌打ちすると、下馬して子供の足を掴み引きり出した。


「まずはお前からだ、クソガキ」


 そして、改めてその首元に剣先を突き刺し……、


「待ちなさい!」


 そこに横入り。シャノンだ。空から飛んできた彼女は着地すると魔杖を構えた。


 頭も慌てて子供を楯にし、その首元に剣を突きつける。


「もう逃げ場はありません。子供を離しなさい!」


「黙れ!」


「これ以上、罪を重ねないで!」


「罪を重ねるな? 上品ぶりやがって。良いところの育ちなんだろうが、余計にかんさわる。これ以上近づくとガキをぶっ殺すぞ!」


「くっ」


 魔杖を構えたシャノンは、それ以上は何も出来なかった。麻痺魔術の《レイブラッシュ》は非殺傷技だが、幼い子供相手だと後遺症が出来る可能性もある。他にも魔術はあるが、首元を裂かれる前に鎮圧させる確たる自信はなかった。


 シャノンは必死に打開策を考える。


 誰も犠牲者を出さずに済む方法を。



 その刹那――。



「ぐふっ!?」


 吐血。頭が血を吐いたのだ。苦悶くもんの表情を浮かべ、抱えていた子供を手放してしまう。シャノンも何が起きたのか分からず放心。


 それを成した犯人は……農夫。頭の背後から農具のピッチフォークで突き刺したのだ。


「娘のかたき!」


 農夫が更に力を込めると、ピッチフォークの刃先が憎き仇の身体を貫く。


「てめぇ!」


 それでも、頭もまた残りの力を振り絞って農夫に剣を突き刺し返した。


 互いの刃が互いの急所に突き、同時に倒れ込む。


 シャノンは慌てて農夫に駆け寄り、その頭を抱き上げた。


 頭は絶命。農夫の方も虫の息である。


「しっかりして下さい! 今、治療しますから!」


 間に合うことを祈り、治療魔術の準備に入る。ただ、そのためには身体に突き刺さった剣を抜かなければならない。


 けれど、手が震えてそれが出来なかった。


 恐怖から? 後悔から? そんな感情を押し殺しながら彼女は必死に抜こうとしたが、か細い腕は応えてくれない。


「どうして……。どうして……!?」


 ダメ、ダメ、ダメ。抜けない。


 情けなさのあまり目元に涙があふれてくる。


 すると、その腕を農夫が掴んだ。


 もういいとばかりに。


 そして、こう感謝しながら。


「娘の仇を討たせてくれて……ありがとうございます。これで心置きなくあの世で妻と娘に……」


 ……。


 そのまま安らかに眠るように目を瞑った。


 涙のシャノンに見送られながら。




 山賊の脅威は消え、村に平和が訪れた。


 村人らは大いに喜び、その立役者であるシャノンは神太郎と共に歓待を受ける。彼女も彼らの喜びに水を指さないよう表面上は笑みをもってそれに応えていた。


 そして、農夫の埋葬を見届けると村人らに見送られながら旅に戻るのであった。


 頭が残していった馬を拝借し、神太郎とシャノンは旅路を行く。


「うーん、乗馬は不慣れだけど、いつまでも乗れないってのもアレだしな。ちょっとずつ覚えていくか」


 手綱をガッチリ握りながら不器用に乗馬する神太郎。


 一方、その後ろに跨っているシャノンは終始俯いていた。村を出た突端、笑みを消し、溜め込んでいた悲哀を露にしている。


 そして、口でもそれを吐き出す。


「私のせいです」


「……」


「あの時、《レイフィッシュ》で山賊を殺していれば、あの人は死なずに済んだんです。あの時、撃っていれば死なずに……。あの人は私が殺したようなものです」


「……」


「撃てなかったんです。どうしても撃てなかったんです。この仕事を引き受けた時、覚悟を決めたつもりでした。それでも、私には人を傷つけることが出来なかった……。もし、今あの瞬間に戻れたとしても、やはりまた撃つことは出来ないでしょう。たとえ悪人だとしても……」


「……」


「私は思っていた以上に未熟者でした。自分への嫌悪感で押し潰されそうです」


 後悔と嫌悪に満ちた吐露。神太郎はそれらを一通り聞くと……こう慰めた。


「そういうこともある」


「え?」


「今回の失敗を次に生かせばいい」


 まるで農夫の死を軽く考えているような言葉。


 それは真面目な彼女にとって受け入れ難いものであった。


「次って……。人が死んでいるんですよ? 人間の命をそんな軽々しく考えるなんて」


 しかし、実際は違う。


「あのオッサンの命が軽々しいものかどうかは、これからのお前次第だろう?」


「っ!」


「これを機にお前が多くの人間を救うようになれば、あのオッサンも浮かばれるだろう?」


「……でも、もしあの時に戻れたとしても、私はまた山賊を撃てないと思います」


「なら、撃たなければいい」


「え?」


「よく分かったよ。お前はあまりにも優しい。なら、そっちの方面だけに力を入れればいいじゃないか。ほら、例えば村人たちを治療を施したように、医療だけを専門にするとかさ」


「確かにそういう専門特化の冒険者もいますが……」


「人には得手不得手えてふえてというものがある。弟が言うには俺には魔力が全くないらしい。人や魔獣をぶっ飛ばせても、お前のように傷を癒すことは出来ないんだ。お前も自分の短所を克服しようとせず、長所を伸ばしてそれで人助けをすればいいじゃないか」


「でも、理不尽な暴力を見逃すのも……」


「その時は俺の出番さ。どうだ? 俺たち、互いの欠点を補う良いコンビじゃないか?」


 そして、神太郎は笑顔を振り向かせた。


 それを見せられると、シャノンもまた笑顔を思い出す。


 彼の腰に腕を回し、その背に顔を埋めた。


「ありがとうございます。神太郎さん」


 互いの温もりを味わいながら、二人の旅は続いていく。



―シャノンの悔恨・完―

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