18-2 シャノンの悔恨②
夜更け。神太郎とシャノンは、用意してもらった別室にて床に着いていた。隙間風が入ってくるボロ部屋だったが、意外にも豪勢な部屋に慣れた王女に不満はない。それは、あの農夫のことばかり思い浮かんでいたからだ。
しばらく天井を眺めて悶々《もんもん》としていた彼女は、つい隣で眠る新太郎にその想いをぶつけてしまう。
「ねぇ、神太郎さん。どうにかしてあげられないかな?」
「何が?」
「勿論、あの人やこの村のことよ。普通なら助けてあげたいと思うでしょう?」
「気の毒だとは思うが、他人事だしな」
「良くしてもらってるじゃない」
「これは娘を運ぶ手伝いをした礼だろう。あの人の言うとおり、急いで山を抜けた方がいい」
「何て薄情な! 助けてあげて下さい。貴方なら山賊を懲らしめることなんて簡単なことでしょう?」
憤慨のあまり上体を起こすシャノン。対して、神太郎はずっと目を瞑ったままだ。そして瞑ったままこう諭す。
「俺にやれって? 自分は何もせず」
「っ! そ、そういうわけじゃ……」
「冒険者に憧れているようだが、冒険者ってのは自分の力で人々を救うもんなんだろう? その正義感は立派だが、他人の困りごとに首を突っ込みながら他人の力で解決しようとするのは見っともないぞ」
「分かってます!」
彼女はつい切れ気味に答えると、立ち上がって部屋を出ていってしまった。神太郎の「どこへ行く?」と問いに「お手洗いです」と答えながら。
悶々とした気持ちが彼女を暗い屋内をふらつかせる。
神太郎の言うとおりだ。彼らを助けたいと思ったのなら、自分で立ち向かうべきだろう。けれど、先日無法者相手に無様を晒した今の彼女には、そんな自信など全くなかった。誘拐されたあの時、もう少ししっかり振舞えていたらここまで臆病になることもなかっただろう。
弱者を救いたいという理想と己の非力という現実のギャップが、王女の純心を苦しめていた。
気づくと、シャノンは娘が安置されている寝室の前にいた。
そして、その扉の隙間からは農夫の背中も見えた。
肩を震わせている彼の背中が……。
客の前では気丈に振舞っていた彼が、娘と二人っきりになってやっと感情を露にしていたのだ。
その健気な光景に、シャノンの心もまた貰い泣きしてしまった。
彼らに罪はない。
彼らに過ちはない。
あるのは良心だけだ。
なのに、何故このような目に遭わなければならないのか。
世に蔓延る非情な不条理。
それを正すのは誰の役目?
民を救うのは誰だ?
それは彼らを統べる者だろう。
この国の王女は決心する。
翌朝。ぐっすり眠れた神太郎は、上機嫌に背伸びをしながら庭に出た。
明るい陽の光が彼の目を完全に覚まさせ、心地の良いそよ風が身体を撫でてくれる。
そして、騒がしい声音が耳を損ねてきた。
何事だ? と、その方向を見てみれば、何やら人だかりが……。
この村の村人たちと、その中心にはシャノンがいた。その彼女がある村人の包帯が巻かれた腕に、魔杖から出る淡い光を当てていた。魔術で治癒しているのである。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「次の方、どうぞ」
一人終われば、更にもう一人。
「先日の山賊の襲撃で腰を痛めてしまって」
「任せて下さい」
そうやって治療が必要な者全員に施していく。ただ、これは一宿一飯の礼というわけではない。この治療会も村人たちを集めるためでもあった。
そして粗方治療を終えた彼女は、皆の前でこう宣言する。
「皆さん、私は冒険者です。この村の惨状を耳にし、大変心苦しい想いをしています。そこで、皆さんのためにも山賊を退治することにしました。この村に安寧を取り戻してみせます!」
突如と現れた救世主に村人たちは「おお!」と歓声を上げ、離れて見ていた神太郎は「え?」と瞠目してしまう。
ただ、喜んでいる者ばかりではない。一人の老婆が躊躇する。
「しかし、私たちには冒険者さんに報酬を支払う余裕など……」
「安心して下さい。報酬はいりません」
「本当ですか?」
「困っている人たちを助けるのが、私の生き甲斐なんです」
それでも彼女の誠意の前ではそういう者までも素直に受け入れるようになった。
最後に、泊めてくれたあの農夫が請う。
「どうか、村を救って下さい」
「必ず」
シャノンも彼は報われるべきだと思っていた。
村人らは大いに感激し、シャノンもそれを見て高揚する。
失意の村に光明をもたらす彼女は、正になりたかった冒険者そのもの。
希望に満ちた笑顔が溢れる中、神太郎だけが渋い面を晒していた。
その後、彼はその渋い面のままシャノンを裏庭に呼び出した。尤も、彼女の方も怯みや後ろめたさはなく堂々としていたので、覚悟しての発言だったのだろう。ならば、神太郎も責める気はない。
「よ~く考えてのことか?」
「見て見ぬ振りをするのは私には出来ません」
「俺がここのいざこざに首を突っ込みたくなかったのは、お前の身を案じてのことだ。お前の命はお前だけのものではない。人質に何かあっては、勇者とエイゼンの和平も壊れることになるんだぞ? この国は滅びる」
「……」
「それを納得してのことか?」
神太郎も面倒臭さから関わりたがらなかったのではなかった。寧ろ、この国を想っての最善を選んでいたのである。大事を前にしては小事に構っているわけにはいかないということだ。
それでもシャノンは冷静に答える。
「……私は未熟です。物事を大局的に見ることは出来ません。それを自覚して尚、私は彼らを見捨てることが出来ませんでした。ごめんなさい」
そして謝った。
己の未熟を認め、彼の気遣いを無碍にしたことを謝罪する。そこまでされれば、神太郎ももう何も言うことはない。
「……分かった。引き受けた以上、最善を尽くそう。手伝うよ」
「っ! ありがとうございます!」
全てを承知の上なら、彼女の良き試練になるだろう。




