18-1 シャノンの悔恨①
神太郎とシャノンは山間の山道を進んでいた。主要街道から外れた狭く険しい登り道で、そのためか人と行き交うことはほとんどない。周囲の高い木々のせいで陽も入らない物寂しいところだ。
先頭を行く神太郎はふと立ち止まると、少し遅れているシャノンを見た。彼女も何とか付いてきているが、肩で息をするほど疲労している。やはり、その華奢な身体ではこの山道は厳しかったよう。
「魔術で体力を回復させられるんじゃなかったのか?」
「はい。でも、いざという時に魔力が尽きていると困りますので」
「それじゃ意味がないだろう。こんなだったら遠回りになるが主要街道の方を選ぶんだったな」
「大丈夫です。付いていけてます」
シャノンがそう言うも、実際は神太郎の方が彼女に合わせてペースを緩めていた。このままでは次の宿場に着く前に陽が落ちてしまう。結果、野宿だ。
しかし、必死で付いてきている彼女を追い立てる気にはなれず。王女という身分を鑑みれば大変努力している。「鍛えろ」と言った手前、その意気を削ぐようなことは出来なかった。
まぁ、野宿もいい経験か、と、神太郎が思い直した時、前方に人影を見つけた。荷車を引いている五十代ぐらいの初老の男だ。身なりから察するにこの辺りの農民だろうが、この登り坂で荷車を引く様は実に辛そうである。だから、彼女は考える暇もなく駆け上がった。
「手伝いましょう」
シャノンは疲れを忘れたかのように農夫の元に駆け寄ると、後ろから荷車を押し始める。当然、農夫は戸惑ったが……、
「え? い、いえ、そんな……」
「気にしないで下さい。この坂では大変でしょう?」
「……ありがとうございます」
彼女の純心からの笑みを見せられると、彼は心を振り絞るように弱々しく感謝した。
相変わらずの慈悲心である。だが、これでは遅い歩みが更に遅くなってしまう。
仕方なし。神太郎は小さく溜め息を吐くと、「ほら、変わってやる」とシャノンの代わりに押し始めた。彼の膂力のお陰で荷車はスイスイと登り始める。
「この老体には堪えるようで、どうも助かりました」
「いえ、このぐらい当然です。助け合わないと」
シャノンが農夫の隣を歩きながらニコニコと答えると、彼の方もやつれた顔を無理やり微笑ませた。
「旅の方々ですか? こんな道を通るなんて珍しい」
「選んだのは彼なんです。きっと貴方がお困りしていたのを感じ取ったのでしょう」
神太郎を見ながら言うシャノンに、当人は眉を八の字にした顔を晒してしまう。
ただ、その険しい表情は彼女の皮肉によるものだけではなかった。
「何を運んでいらっしゃるんですか?」
シャノンは荷車の荷を見ながら問う。荷はそこそこ大きいようだが、保護用のゴザに覆われていて何かは分からない。
尤も、この農夫の場合は保護というより見られないために覆っていたのだが。
それでも教えるのは手を貸してもらった者の務めと思ったからであろう。
彼はこう明かした。
「娘です」
「えっ……?」
全く予期しない返事にシャノンは絶句。
神太郎もまたゴザの隙間から見える足の裏を見ながら淡々と押し続けていた。
山間にあるボロ屋ばかりの小さな村。その内の一軒が彼の家である。
到着した神太郎たちはそこでひと休みさせてもらうことになったのだが、その空気はやはり重苦しいまま。
娘が家の寝間に寝かされると、シャノンは彼女に祈りを捧げた。自分と同じ歳ほどの少女だったから、より同情してしまう。神太郎も隣で黙々と手を合わせていた。
「お悔やみ申し上げます」
「祈って頂けて娘も喜んでいるでしょう」
感謝する農夫。
「もう陽が暮れます。良ければ、今日は我が家に泊まっていかれてはどうでしょうか? 娘を運ぶのを手伝ってもらったお礼もしたいですし」
「え? あ……」
返事に困るシャノン。こんな時に滞在するのは相手に悪いと思ったのだ。しかし、神太郎の方はお構いなく。
「では、お言葉に甘えて」
彼はその好意を遠慮せずに受けることにした。
しばらくして陽が暮れ始める。
神太郎が宿泊の礼にと庭で薪割りをしていると、そこにシャノンがやってきた。
「神太郎さん、良いのですか? 娘さんが亡くなられたのだから、余所者は気を遣って立ち去るべきじゃ……」
「あのままだと野宿だったぞ」
「でも……」
「野宿は辛いぞ。お前なんか、宿に泊まっていても無法者に襲われるぐらいなんだからな」
「う……」
彼女も昨夜のことを思い出すとこれ以上反論は出来ず。それを横目に、神太郎は最後の薪を斧で割った。
「しかし、寂れた村だな」
辺りを見渡してみれば歪な田畑とボロ屋ばかり。山の合間にある集落だから土地も狭く、主要街道からも外れているので人の出入りは少ない。農業以外に産業らしいものはないので、豊かになりようがない場所だった。
尤も、他にも理由があったのだが。
そして居間にて夕食を迎える。
「大したもてなしは出来ませんが、どうぞ召し上がって下さい」
そう言って農夫が食卓に出してくれたのは麦粥。しかも、その一品のみ。王女のシャノンは初めて見るそれに戸惑いつつも必死に平静を装った。
次いで、隣の神太郎を見ると彼は変わらぬ態度で「頂きます」と食してるので、それに倣う。
味は……薄い。かなり薄い粥である。美味しいとはとても言えない代物だったが、神太郎や農夫が特に気にしていないのを見ると、自分も我慢して食べ続けた。
何か会話が弾めば気にならなくなるかもしれないが、娘が亡くなったばかりである。談笑など望むべくもなかった。
それでも、この沈黙に居心地の悪さを感じたシャノンは何とか話題を作る……も、
「あの、ご家族は?」
「妻が数年前に病で亡くなりまして……。それ以来、娘と二人っきりでした」
「そう……だったんですか。それは大変お気の毒に……」
彼女はすぐにその話題にしたことに後悔した。
「まぁ、娘は一足先に妻のところに行ったということです。あの世で仲良くやっていることでしょう」
「そうですね」
ただ、農夫が気にせず前向きに答えてくれたので、シャノンも少しは気が紛れた。
次いで、今度は神太郎が質問。
「俺たちはヌルールという街を目指してるんですが、どのくらい掛かりますかね?」
「ヌルールなら、人の足だと一週間ぐらいかな」
「結構あるな。まぁ、急ぎじゃないからいいか」
「ただ、何事もなければですが。……この辺には山賊が現れるのです」
「山賊?」
「どこからやってきたのか、この山を根城にするようになって山道を通る者から追い剥ぎをするようになりましてね。当然、この村も荒らされるようになり、金目のモノや食料などを片っ端から奪われてしまって……。そして遂には娘までもが……」
彼が振り絞るように口にすると、シャノンは食事の不満を忘れて心が引き締められる想いをしてしまった。
「数日前に攫われて……。今朝、森に死体で捨てられているのが見つかったんです」
「酷い……」
「ですから、お二人もお気をつけ下さい。特にお嬢さんのような方は狙われ易いので」
娘を亡くしたばかりだというのに、その口から出るのは客への気遣いばかり。シャノンは立派だと感嘆しつつも、どことなく悲しいと感じてしまった。




