17-4 王女の初冒険④
宿へと戻る二人。シャノンは神太郎の大きな背中に身を預けながら、彼の肩越しに地面を見つめていた。
今日の出来事を何度も何度も思い出しながら、己の間違いを探し続ける。他にもっといい解決方法はなかったのかと……。
それを知ってか知らずか神太郎がこんなことを言う。
「分かっただろう? 同じ部屋で寝ようとした理由が。一緒にいれば攫われることなんてなかった」
「……」
「それに昼間のあの時も、お前が慈悲心を見せなければアイツらも足の骨折だけで済んだだろうしな」
「……皮肉ですか?」
眉間にシワを寄せるシャノン。片や、神太郎は逆に笑みでこう説いた。
「いや、勉強さ。人はこうやって失敗しながら学んでいくものだ」
「慈悲がそんなに悪いことなのでしょうか。私は間違っていたとは思いたくない」
「慈悲は悪くない。悪いのはお前の見識の浅さだ。大切に育てられたから世間のことを分かっていないのさ。世の中の人間は皆賢く、高潔で、反省が出来るものと思っている。しかし、実際はアイツらのような欲深い愚か者も多い。それぞれの人種にはそれぞれ合った対応をするべきなんだ」
「……彼らを反省させることは出来ないのでしょうか?」
「連中があんな人間になったのは生まれや育ちのせいだろう。生来の気質もあるだろうな。他人のお前がああだこうだ言ったところで聞いてはくれないさ」
「だからって、ああいう人たちに手を差し伸べないと世の中は一向に良くなりません」
「うーん、そうかもなー。ただ、一つ言えることはお前にはそんな力はないってことだ」
「っ!?」
「お前は弱い。魔導師という立派な称号をもっていても修羅場を経験していないから、あんな連中に無様を姿を晒すんだ。世間を知らず経験もしていないから、お前の高尚な志もただの戯言にしか聞こえない」
「……」
シャノンは言葉が出なかった。その通りだと思ったから。自分の無力さを身をもって思い知らされ、俗人と呆れていた神太郎に救われてしまう。自分は口だけで実を伴っていなかったのだと証明されてしまった。
希望と善意に満ち溢れていた若い王女は、とてつもなく苦い現実に苦しめられるのであった。
ただ、神太郎はこうも付け加えた。
「だから、今回王室を出たことをいい機会だと思って見聞を広めていくことだ」
「え?」
「世の中を知り世の中に触れ、自分を鍛え上げろ。俺は好き勝手に生きている。けれど、それはそれを成せる力があるからだ。お前も慈愛を施したいのなら、それを叶えられるほどの力を身につけろ。弱者を救えるのは強者だけだ」
彼はシャノンの信条そのものを否定していたわけではない。単に、それを行うにはまだ早過ぎると思っていただけなのだ。
シャノンも「うん」とその助言を素直に受け入れる。やはり実体験は言葉より何十倍も説得力があった。
顔を神太郎の肩に埋め、その温もりを感じるシャノン。
これまではストレスすら与えられず何不自由なく育てられてきた。だけど、王女としてではなく一人の人間として接してくれる彼は、厳しく、時には突き放したりするも、決して気配りは欠かさない指南をしてくれる。それが彼女には新鮮で、えも言われぬ心地良さがあったのだ。
そして、シャノンは言い忘れていた大切なことを告げる。
「神太郎さん」
「うん?」
「助けてくれて……ありがとう」
「どういたしまして」
神太郎は箱入り娘にとって理想的な先生だ。
「それと足に頬擦りしたの、忘れていませんから」
「じゃあ、お返しに俺の足に頬擦りしていいよ」
「……結構です」
不埒なところを除けば……だが。
天に輝く美しい満月が、二人の道程を明々と照らしていた。
―王女の初冒険・完―




