16-5 調停者・神太郎⑤
そして、その二人がやってきたのはとある城壁の前。城壁の中でも城門や街並から離れた寂れた箇所だ。シャノンの転移魔術によって、誰にも見つからず到着したのである。
「おお、本当に瞬間移動だ。凄いなー」
感動の神太郎。異世界ならでは体験にご満悦。
一方、言われたまま転移したシャノンは質問する。
「それでどうするんですか? こんなところで」
「いや、ここから外に出ればいいだろう? 壁をピョンと飛び越えてさ。別に城門から出ないといけないってルールがあるわけじゃないし。連中は城門に人を集めているだろうから、逆に他の場所は手薄ってわけさ」
「ああ、成る程」
「な? 賢いだろう?」
「でも、城壁には王都を護るための防御魔術が張られていて、物理的出入りが無理なんですよね」
「なぬ?」
「上空も含めた半円形のドーム型のバリアが張られているんです。その防御魔術が掛けられていないのが城門のみなのです」
「……」
「……」
沈黙。
そして……、
「何で言わない!?」
「そっちこそ、言わなかったからじゃないですか!」
怒鳴り合い。
怒る神太郎に、怒り返すシャノン。
「こういう重要なことは予め教えておくもんだろう!?」
「分かるわけないじゃないですか! 先に説明しておいて下さいよ。説明!」
コントのような言い合いをする二人。すると、そこに一人の男が現れた。
「シャノン王女」
グラントである。このような状況なのに落ち着き、据わった目をしている。シャノンもその登場は予想外だった。
「グラント? どうしてここに?」
「探知魔術で貴女を予めマーキングしておきました」
次いで察する。
「陛下に……お父様に密告したのは貴方ですね?」
「私も停戦は必要と思っていました。だが、あの条件には従えない。アスタライヤの書を見せることも、貴女を渡すことも!」
「グラント……」
「貴女は王族というだけではなく、魔術国家エイゼンに百年ぶりの現れた魔術の天才です。陛下のみならず、国民にとってもなくてはならない象徴なのです。それを野蛮な勇者の手に渡すわけにはいかない。これはエイゼンに生きる者全ての意思なのです」
そしてグラントが指を鳴らすと、多数の魔術士たちが姿を現した。彼の部下である。それが神太郎たちを囲うようにゆっくりと迫る。
後退りして城壁に背を預ける神太郎とシャノン。そんな二人に最後通牒を突きつけられる。
「王女、城にお戻り下さい。今なら穏便に済ませられます」
「私が人質にならなければこの国は滅びます」
「いえ、そんなことはさせません。国民が一致団結して抗います。人の意志はそんな弱くはない」
「グラント」
「王女」
主人と従者の問答は決せず。
だから、神太郎がシャノンに問う。
「シャノン、コイツら全員を殺せるか?」
「えっ!?」
「コイツらを突破して人質にならないと、この国は滅びる。コイツらと三十万ものエイゼンの民、どちらの命が大切だ?」
「そ、そんなの……選べません」
「駄目だ。選べ」
神太郎、強いらせる。
それでも選べず。どちらを犠牲にしてどちらを救うなど、彼女にとって不埒だった。その慈愛心はあまりにも潔癖だったのである。
究極の選択を前に苦悶の表情を浮かべる王女。だが結局、グラントらを蹴散らすことも城に戻ることも選べなかった。
次のグラントの言葉を聞くまでは。
「全員、王女を奪取せよ。調停者は殺していい」
「待って!」
実力行使を誇示されれば、もう迷うことすら出来ない。彼女は屈した。
「分かりました、戻ります。けれど、神太郎さんの命だけは」
「陛下からは殺害するよう命じられています」
「グラントっ!?」
どちらにしろ、流血は避けられなかった。
ただ、この場を決するのはシャノンでもグラントでもない。
この戦争と止める力をもつ男だ。
グラントを止めようと飛び出そうとしたシャノンを、神太郎が手を掴んで止める。更に、そのまま彼女を肩に担いでしまった。
そして、「え? あの?」と戸惑っている彼女を他所に、邪魔者たちに宣告する。
「今回はシャノンの顔を立てて見逃してやる」
「何?」
グラントは一瞬意味が分からなかった。
一瞬だけだったが……。
神太郎は徐に壁に振り向くと、拳を握り思いっきり……、
殴った!
その瞬間、ここにいる誰もが踏ん張った。
突然地響きが起きたので地震だと思ったのだ。
だが、違う。
壁である。震えていたのは城壁であり、神太郎が殴った場所からヒビが入っていった。更にそれは壁全体へと稲妻のように走っていく。
そして崩壊。
高さ五十メートルにも及ぶ巨大な城壁が崩れていった。
上から落ちてくる大量の瓦礫に、魔術士たちは大慌て。ある者は走って避難し、ある者は防御魔術を張って身を護る。
グラントもまた降ってくる瓦礫の雨に対し、閃光魔術《レイディング・レイ》を薙ぎ払うように照射。上級魔術士らしく力によって強引に防いでみせた。
ただ、それ以上の暴力を目にしていては、それを誇る気にもなれなかったが。
彼はこの惨状を成した主を睨む。
たった一発の拳で王都の守護を粉砕した神太郎。彼はその瓦礫の山の天辺に立つと、その惨状を見渡していた。
「あーあ。えらいこっちゃ……」
街を囲う城壁のうち、凡そ二キロに渡る部分が崩壊。鉄壁の防御に大きな穴が開いてしまっている。仕出かした当人もこの結果には困惑してしまった。
対して、彼の肩に担がれたままのこの国の王女は大怒り。
「あーあ、じゃないです! 何てことをしてくれたんですか!?」
「俺だって、精々人が通れる程度の穴を開けるつもりだったんだよ。けど、お前が城壁には防御魔術が掛けられているって脅すから、こっちもちょっと力を入れ過ぎちまったんだ。俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ!」
「貴方がしたことでしょう。そもそも、防御魔術が掛けられたこの城壁は魔族とて破ることは出来ない代物だったんです。それを魔術も使わずに、ただ殴って壊すなんて非常識です。超非常識なんです! 何なんですか、貴方は!?」
「ただのイケメンさ。まぁ、何はともあれこれで脱出出来るな」
ともかく目的は達せそうである。神太郎は追っ手らに「あばよ!」と捨て台詞を吐くと、そのまま王都の外へと去っていくのであった。
「ま、待て!」
慌てて追おうとするグラントだったが、すぐに足が止まってしまう。何せ、王都の外にはゴーレムの群れが待ち構えていたのだから。勿論、使者である神太郎は襲われることもなく、その中をスイスイと行ってしまう。
グラントは口惜しそうにそれを見送るしかなかった。
エイゼンが誇る鉄壁の城壁を破壊され、国の宝である王女を奪われる。
しかも、それを憎き勇者の息子にやられたのだ。
それは耐え難い屈辱である。
否、完全な宣戦布告だ。
エイゼンの若き勇士は激しい憤りと王女奪回の誓いを胸に、去りいく怨敵の背を見つめ続けるのであった。
―調停者・神太郎・完―




