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16-2 調停者・神太郎②

 王室用の食堂。王族が使うに相応しい絢爛豪華けんらんごうかな装飾の一室にて、三人は長テーブルに腰掛けて朝食を堪能していた。


 特に神太郎はエイゼン一の食事に舌鼓したつづみである。


「美味い。これほど美味いパンは初めてだ。流石、王室御用達だな」


 まだ温かい出来たてのパンを千切っては頬張り、千切っては頬張り……。しがない平民の給料ではとても手が出ないものだろう。


「気に入ってくれて何より」


「急いで来たもので道中ロクなものを食べてこなかったから、それもあって最高だよ」


「速やかな来訪に、我々も感謝している」


 調停者の上機嫌ぶりに、後ろにグラントを侍らしているカイラルも一先ず安堵。……だが、


「民の中には恐怖で食事も喉が通らない者もいるというのに」


 シャノンがそう嫌味を加えると、眉を八の字にして「シャノンっ」といさめざるを得なかった。仕方なく話題を変える。


「神太郎殿、勇者殿とは既にお会いになられたか?」


「イエス、いつもと変わりなかったです」


「それは平静だったと受け取ってもいいのかね?」


「イエス、父は至って穏やかです」


 その返答にシャノンが堪らず口を挟む。


「父? 貴方、勇者のお子なのですか!?」


「イエス、息子です」


「お兄様、話になりません。間に入るべき調停者が向こうの身内なんて。これでは公平な話し合いなど到底望めない!」


 再び反対するシャノン。ただ、今回の異論は筋が通っていたので、カイラルも諌めることはせず。それに神太郎が勇者の身内だということは、キダイ王国に送っていた特使メイザーレ伯爵からの知らせで既に承知していた。


「勇者殿を宥める人間となれば身内が最適であろう。こちらに不満はない」


 そして、シャノンの「しかし……」という反論を遮りながら本題に入る。


「神太郎殿、食事中ですまないが、このまま本題に入りたい。勇者殿はどこまでやる気だ?」


「それは父の方が知りたがっていました」


「何?」


「全ての発端は、そちらのサナワ王子が父を侮辱したことに始まります。父はそれに激怒し、王子を成敗した。父としてはそれでこの揉め事は決着がついているのです。しかし、エイゼン王国はサナワ王子の敵討ちのために続々と軍隊を送り込んでくる。だから、父は仕方なくその発生元であるこの王都を包囲したのです。こうでもしないと、エイゼンは延々と刺客を送り込んでくる。それが父の見解です」


「つまり、この包囲はあくまで自衛のためだと?」


「その通り」


 それは自分たちに一切非はないという言い分だった。されど、シャノンは納得出来ない。


「だからって、やり過ぎです。多くの兵が亡くなったのですよ?」


「そりゃ、勇者を殺そうとしたんだから返り討ちにされることもありましょう」


「だからやり過ぎなんです。勇者の力は圧倒的。ならば、攻めてくる兵を殺さずに済む方法もあったはず」


 それは正義感と慈愛心の強い彼女らしい主張だった。しかし、それを聞いた神太郎はパンを食べようと開けた口が塞がらず。しばらくして、呆れるようにこう評した。


「盗人猛々しいとはこのことだな」


「なっ!? そんなにおかしいことですか? 悔しいけれど、勇者と我々とでは大人と子供の差がありました。ただ、大人が子供に対して本気で剣を振り下ろすのは間違っているでしょう。もっと穏便に収められたはず」


 この意見にも神太郎は溜め息を吐いてしまう。そして、こう返答した。


「……アンタは二つ間違っている」


「え?」


「一つ目、大人と子供の差だったのは結果論だろう。それに相手を子供と見縊みくびった結果、喉元をっ切られるなんてこともありえるからな。親父も死にたくないから相手に気遣うなんて人の良い真似はしない。どんなに実力差があろうと、親父はアンタらを子供ではなく対等な相手だと見ていたんだ。アンタ、自分で自分たちをおとしめているのに気づいているのか?」


「う……」


「二つ目、親父は本気など出していない。全くな」


「っ!」


 今度はシャノンの方が言葉を失った。自分たちの立場の弱さを突きつけられ、反論の言も見出せず。


 カイラルは彼女が静かになったのを確認すると早速交渉に入る。


「では、勇者殿も早く矛を収めたいということだな?」


「ええ、そのための条件も聞いています」


「聞こう」


「条件は一……いや、二つ。まず一つはエイゼン王国の魔術書を無制限に閲覧させること」


「魔術書を?」


「父に同行している母が大魔導師だというのは知っているでしょう? 私は詳しくはないのですが、何でもこの国には禁忌とされている古代魔術の書物があるとか。母はそれに興味津々なのです」


「確かに、我が国は世界有数の魔術国家であり、古の魔術書『アスタライヤの書』も受け継がれている。王族でも閲覧することは許されず、とある場所に厳重に封印されている。ただ、その封印は高度な魔術によって行われており、今の我が王国でも解くことは出来ないのだ」


「その辺は母がどうにかするでしょう。駄目なら駄目で大人しく引き下がるでしょうし。そちらはただ閲覧することを認めてくれれば結構です」


「分かった。それでもう一つは?」


「それは……人質をもらいたい。具体的にはシャノン王女をです」


 神太郎はシャノンを見ながら言った。本人が驚きで瞠目している中、説明を続ける。


「和解したと思ったらまた軍隊を差し向けられるなんてのは勘弁とのこと。当然の条件だと思いますが?」


「そうだな」


「ただ、父たちは旅をしている身なので、彼女の身は私がキダイ王国でお預かりします。条件はこの二つのみ。それさえ叶えてくれれば、国王の謝罪も賠償金も不要とのこと。この件も双方の誤解によるものとして責任の所在も定めずに収めると言っています」


 カイラルはその提案にしばし考えてから頷く。


「承知した。ただ、執政を担っているとはいえ私一人では決めかねないので、返答は明日まで待ってもらえないだろうか。それまで部屋を用意するので休まれるといい」


「分かりました。ただ、勇者側が譲歩することはないと考えてもらいたい」


 こうしてグラントが険しい面持ちをする中、最初の交渉は終わった。




 王太子執務室。カイラルはシャノンを連れてそこに戻ると、当事者となる彼女の意見を聞いた。


「お前はどう思う?」


「私が人質になるのは構いません。私の身一つでこの危機が救われるのなら喜んでキダイ王国へ赴きましょう。けれど、アスタライヤの書を見せるのは反対です。あれには古の聖隷魔術師たちが生み出した秘術が記されていると伝わっております。悪用されれば世界中に不幸を撒き散らすことになりましょう」


「うむ。勇者の連れの大魔導師は、あれほどの大量のゴーレムを使役するほどの魔力をもっている。あの封印も解けるかもしれないしな。陛下も同意見だろう」


「……」


「となると、策は一つしかない。シャノン、協力してくれるか?」


「……全てはエイゼンのため」


 ここに至って反目し合っていた兄妹の意志はやっと一つとなる。


 二人は国家のために危険な賭けに出るのであった。

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