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16-1 調停者・神太郎①

 魔術国家エイゼンでは今日もまた陽が登り、新しい一日が始まろうとしている。


 不安と恐怖に駆られる一日が……。


 五十メートルはあろう巨大な城壁に囲まれたエイゼン王国・王都イージョ。人間界でも強国と名高いこの国は、この数日前から滅亡の危機に陥っていた。


 前代未聞の勇者による人間国家の包囲。それは勇者を希望と見出していた民たちを震え上がらせ、ただの一人の人間と侮っていたエイゼン首脳部を大きく狼狽させていた。


 だが、その中に戦意をたぎらせた者もいる。


 エイゼン王女、シャノン・ローディオットはこの日も王都を囲う城壁の上にいた。


 十七歳と若く美貌も備えた少女であるが、包囲が始まってからはそれに反した険しい面持ちばかりをしている。そして、その顔で外の様子を伺っていた。


 その視線の先にあるのはゴーレム、ゴーレム、ゴーレム、ゴーレム……。何百、いや何千というゴーレムたちが整然と並んでいたのだ。


 意志も生命も疲れもない無機質のマシンが、鼠一匹も逃すまいという完全な包囲を敷き、王国を常に威圧していた。そして、その足元にはその打破を試みようとした兵士たちの亡骸が……。


 それを見て、シャノンは心痛から顔をしかめてしまった。そこにはべっている侍女が申し出る。


「シャノン王女、ここは危険です。お下がり下さい」


「王族が引き篭もっていては怯えている民に申し訳が立ちません」


「しかし、御身にもしものことがありましたら……」


「多くの兵が身を呈して抗っているのに王族は一滴も血が流さないなど、示しがつかないでしょう」


「で、ですが……」


 王女の勇ましい言を前に、侍女は困ったように口をつぐむ。ただ、彼女も王女を諌めるよう上から言いつけられている身なのだ。だから、それを察しているシャノンも最終的には渋々従うことにした。


 王城へ戻る馬車の中。シャノンは車窓から街の様子を伺う。


 どの民も覇気はなく不安を抱えた表情を晒している。今は大きな混乱は起きていないが、このままではいずれ破滅的な騒乱に至ってしまうだろう。どうにかしなければならないが、どうにも出来ない状況だ。


 その上、シャノンの気掛かりは民のことだけではなかった。


「陛下のお加減はどうですか?」


「はい、今日は比較的に調子が良いと聞いております」


「そう、良かった。陛下……お父様もお歳だから……」


 侍女の知らせで、少し安堵するシャノン。


 彼女の父、エイゼン国王は今年で六十を迎える老父である。近年は体調が優れないことが多かったのだが、王都包囲の報を聞くと一時寝たきりになるほど身体を壊してしまったのだ。そのため、今はほとんど今回の対策に関われないでいる。


 そして、その老王の代わりに国政を仕切っているのが王太子のカイラル・ローディオットだった。




 エイゼン王城・王太子執務室。この日もカイラルは朝から執務に励んでいた。机に向かって書類に目を通し、サインを入れてはコーヒーを一口(すす)る。これが彼の朝のルーティンである。


 齢二十八のふくよかな体型の壮年。その面持ちは威厳はあるものの決して険しくはなく、誰もが親しみを感じる柔和なものだった。ただ、この亡国の危機においてもいつも通りの温厚ぶりなので、一部の者は彼で大丈夫なのかと不安がる者もいた。


 そして、そこにその一部の者が入室してくる。


「失礼致します」


 王城に戻ったシャノンは、いの一番にカイラルの元を訪れた。その面はやはり険しいまま。対して、兄カイラルは書類に目を通しながら諭す。


「朝っぱらから城壁に行っていたそうだな。相手の前に身を晒すなど危ないことをするな」


「お兄様こそ、毎日毎日変わらぬ書類仕事……。この危機を打破しようとは思わないのですか?」


「今、我々にやれることはない」


「敵を目の前にしてお手上げと言うのですか!?」


「他に何が出来るというのだ?」


「反攻計画を練るべきです」


「反攻はしたではないか。その結果、部隊は全滅だ。これ以上無駄な血は流せない」


「ここで屈してこそ、これまで死んだ者が無駄死にで終わってしまうではありませんか!」


 シャノンは兄の目の前まで寄ると、その激情をぶつけるかの如く机を激しく叩いた。


 それにはカイラルも眉間にシワを寄せてしまう。


「全く、女らしくない激しさだ」


 カイラルは持っていたペンを置くと、一息吐いた。次いでこう評す。


「陛下は……父は私たち兄弟をそれはそれは溺愛して育てて下さった。その結果、私は温厚な人間に、お前は正義感と慈愛心の強い人間に、そして弟サナワは傲慢な人間に育った。全ての原因はサナワの性格によるものだ。そして、その敵討ちに固執した父がそれを悪化させてしまった。父が命じた勇者の討伐部隊は壊滅し、更に王都の包囲を突破させようと部隊も全滅した」


「お父様を非難するのですか!? あんなに可愛がってもらったお父様を!」


「勿論、父のことは愛している。だが、親の愛情と国主として差配は分けて考えよ。サナワが殺されても穏便に解決するべきだったのだ」


「暴力で事を成す勇者に従えと? 多くの兵が亡くなったのですよ」


「勇者とは魔族を討ち果たせる力。暴力の化身そのものだ。そして多くの兵が亡くなったのは、その暴力の化身に攻撃を命じた父によるものだ」


「そんなの……受け入れられません。親が子の仇を取ろうとすることが悪いことなのですか!?」


「仇を討ちたいのなら国民を巻き込まず父一人でやるべきだった」


 そう言われるとシャノンも返す言葉が見つからず、机から手を離した。そんな妹に兄はまた諭す。


「シャノン、お前の正義感は立派なものだが、短慮で直情的なところが瑕でもある。物事は俯瞰ふかんして捉えよ」


 シャノン、それにも反論出来ず。だから代わりに振り絞るように問い返す。


「では、このまま滅びるのを受け入れろというのですか?」


「そんなことは言っていない。今はやれることはないと言っただけだ。今はただ待つのみ」


「待つ?」


 そこに彼が待っていた知らせもって若い男が入室してくる。


 名はグラント・マーベルッシ。二十歳という若さながら上級魔術士の位を与えられた秀才である。今はカイラルの護衛として侍っていた。


「失礼致します。キダイ王国より調停の使者が到着致しました」


「来たか。すぐに会おう」


 待ちに待った終戦の目処に、カイラルは力強く席を立つ。だが、その方針を聞いていなかったシャノンは「調停!?」と驚きの声を上げてしまった。


 納得出来ないとばかりに、部屋を出て廊下を進む兄に訴える。


「お兄様、屈するのですか?」


「和解だ。互いの利となる終着点を探す」


「そんなの、向こうが無理難題を押し付けてくるに決まっています!」


「まず話してみないと始まらん」


 更に付き従うグラントにこう命じる。


「話を円滑に進めるためにも会談に出席するのは私一人だ。重臣たちにはそう言いつけておけ」


 今求められているのは早急な決着である。だが、気の強いシャノンがただ待っているだけなど出来るはずがなかった。


「私も出ます」


「お前がいるとまとまるものも纏まらん」


「いえ、絶対出ます!」


 そして、彼女はカイラルを足早に通り越すと、真っ先に使者が待っている応接室に踏み入ってしまった。


 自らドアを勢いよく開け、敵意が溢れた目で睨み付けるシャノン。


 その視線の先にいたのは、ソファに深く座って紅茶を啜る一人の若い男。彼は王女が現れたというのに席を立とうとはしなかった。それが彼女の癇に障る。尤も、彼からすれば彼女がどこの誰かなんて分かるはずもないのだが。


「お待たせした。私がエイゼンの執政を任されている王子のカイラル・ローディオットだ」


 続いて入室してきたカイラルがキチンと自己紹介すると、男も態度を改めて立ち上がって応じた。


「三好神太郎、十七歳。独身。趣味は歯石取り動画の視聴。好きな食べ物はかりんとう」


 にこやかに握手して挨拶を締める両者。そして、時間が惜しいカイラルは早々に本題に入ろうとする……が。


「神太郎殿、よくお越し下さった。早速、和解の条件を詰めたいのだが……」


「あ、ちょっと待ってもらえますか?」


「うん?」


「その前に腹ごしらえをしたいんです。本当はどこか飯屋に寄ってからこの城に伺おうと思っていたんですが、城門をくぐると否応なくここに連れて来られてしまって」


「ははは、それは気が利かず申し訳ない」


 その気の抜けた返事に、カイラルは思わず笑った。だが、彼女は逆だ。


「腹ごしらえ!? どういう事態か分かっているのですか!? 今も多くの民が苦しんでいるのですよ? なのに……!」


 シャノンのその吼えっぷりに、堪らず怯んでしまう神太郎。兄が呆れながら妹をなだめる。


「失礼した。彼女は妹のシャノンです。シャノン、振る舞いを改めろ」


「しかし!」


「そうだ、神太郎殿。我々も朝食がまだなのでご一緒にどうか?」


「おお、それはありがたい」


 そして「ちょっと!?」と不満に口にした彼女を無視して、客人を食堂まで案内するのだった。

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