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14-3 心地良い男③

「神太郎!?」


 案じる声を上げるメメッソ。だが、今は神太郎より己のことに気を遣うべきだ。


 神太郎を襲った影が彼の前に降り立つ。


「見つけたぞ、メメッソ。随分捜させたものだ」


 それは巨大な鳥の姿をした怪物。いや、魔族だった。加えて、更に二人もの魔族が現れ、メメッソの後ろに着地。完全に囲まれた。それでも彼は戦意をたぎらせて堂々と応じる。


「ムロウダッカか……。諦めを知らぬ男だな」


「あの魔王に与する腑抜け共のことは見下しているが、それ以上にその争いから逃げ出す奴は許せん。同じ魔族として貴様のような臆病者がいることが耐え難いのだ」


 鳥の魔族ムロウダッカもまた敵意を剥き出しにしていた。巨大な翼を広げ、戦闘態勢に入る。


「その上、あろうことか人間と交わっているとはな。怒りを通り越して嫌悪を抱く。今更命乞いをしても無駄だ。貴様は存在自体が許されん魔族なのだ」


「命乞いなどする気はないし、生き様を曲げる気もない。そして後悔もない」


 メメッソも拳を握った。


 一対三。勝機は薄い。いや、全くないと言っていいだろう。それはメメッソ自身が分かっていた。それでも怯みはない。これは覚悟していたことなのだから。


 互いに構え、互いに殺気をぶつけ合う。


 あとは踏み込むだけ。


 ……。


 ……。


 ……。


 しかし、踏み込まない。メメッソは勿論、仕掛けてきたはずのムロウダッカたちすら手を出そうとはしなかった。


 それは皆ある違和感を得ていたから。この四人とは別のとてつもない殺気を感じ取っていたからだ。


 そして、それがムロウダッカの背後に現れる。


 振り返った彼が目にしたのは、崖からよじ登ってきた憤怒の形相の神太郎。怒りのあまり掴んだ岩を握り潰し、足場にした地面には足跡を残していた。


 遥か下に落としたはずの人間が生きている上、もう戻ってきたことにムロウダッカは驚きを隠せない。そのことを問い質そうとしたが、その前に神太郎の方から吼えた。


「テメェ、よくも落としてくれたな……。お陰でバッグを落としちまったじゃねぇか! 中身をばら撒きながら!」


 力強い足取りでムロウダッカに迫っていく。


 対して、まずお供の二人の魔族が同時に仕掛けた。鋭く伸ばした爪で神太郎に襲い掛かる。


 だが、それでも彼の足取りは緩まなかった。かわしもしなかった。視線すらやらなかった。


 一人目の魔族が神太郎の肩に斬りつけるも圧し折れ、お返しに手刀で袈裟斬りにされる。次いで、二人目が腹を突き刺そうとするもやはり爪は砕け、お返しに拳で土手っ腹に穴を開けられた。そしてこれらの所作の最中も、神太郎は自分を蹴落とした犯人だけを睨み続けていた。


「な、何だ……、何だコイツは……?」


 驚き、慌て、臆するムロウダッカ。それでも後退りしなかったのは、人間に屈するなど受け入れられないという矜持きょうじからか。


「何なんだ、貴様はぁ!」


 魔族はそう叫ぶと、口から炎を吐き出した。火炎放射器の如く激しい炎の渦が、迫る神太郎に浴びせられる。


 それでも止まらない。ムロウダッカは必死に炎を浴びせ続けたが、神太郎の歩みは全く緩まず。目の前まで迫られ片手で首を掴まれると、炎を吐くことも出来なくなってしまった。


 そして、神太郎は自身が火達磨になったことに目もくれずに……、


 ゴキっ――。


 その首を圧し折った。


「ったく、くっそ面倒なことになっちまった。雪山の中からバッグ探すの面倒くせーな」


 燃える外套がいとうを脱ぎ捨てながらぼやく神太郎。運良く火が移ったのはそれだけで済んだ模様。


 一方、メメッソはただただ唖然。成る程、彼が魔族である自分を恐れないわけだと納得せざるを得なかった。


 但し、次の彼の言葉にはもっと度肝を抜かされてしまうが。


「そうだ。この魔族、食べてみるか? 鳥にそっくりだから美味いかもな」


「えっ!?」


「魔族は人間を食べるんだろう? なら、人間も魔族を食べてみてもいいじゃないか」


「……」


 本当にとんでもない男だと、メメッソはもう畏敬の念を抱くしかなかった。


 それから神太郎に流されるまま、天空での食事とする。


 神太郎の燃やされた外套をそのまま薪代わりにし、駒切れにしたムロウダッカの肉をその爪を串代わりにして焼いていく。やがて香ばしい匂いが二人の鼻をついてきた。


「お? 美味そうな匂いだ。さぁ、頂くか」


 そして、出来上がった二本の串焼きを二人でそれぞれパクリと頂く。


「美味い! やっぱり温かい食べ物はいいな」


「あ、ああ、そうだな」


 神太郎の言葉に同意するメメッソだったが、正直なところ味はよく分かっていなかった。人間すら食う彼も流石に同族の肉は初めてだったのだ。


 何はともあれ、温かい食べ物は心まで温かくしてくれる。二人は食事を楽しんだ。


 そんな中、神太郎はさりげなく問う。


「なぁ、メメッソ」


「何だ?」


「この連中は隠遁していたお前を捜していたんだろう? 見つかったのは雲の上を抜けてこんな見晴らしのいいところに出てしまったからか?」


「……」


「そんな危険を冒してまで、何故俺を道案内してくれた?」


「サンドイッチの礼さ」


「お前の命が懸かっていたんだぞ?」


「……楽しかったのだ。お主と話せたのが。他人と会話をしたのは何年ぶりだっただろうか」


「大した話はしていないだろう?」


「大した話ではなくても、儂にとっては心地良かったのだ。この死の山に隠れ住む孤独な儂にとって、久しぶりに……本当に久しぶりに楽しい時間だった。お主には感謝している」


 メメッソは笑顔を浮かべて本心から感謝をした。


 そんなことを言われれば神太郎も心地良い気持ちになってしまう。嬉しくないはずがない。だから、彼もまた本心からこう申し出る。


「大した雑談すらしなかったのに喜んでくれるなんて、俺も嬉しいよ。もっと話をしたいが、悪いが急いでいてな。……俺はキダイ王国の北門で門番をしている。今度、遊びに来いよ。そこで酒でも酌み交わして存分に語り合おうじゃないか」


「……」


「冗談でも社交辞令でもない。本気さ」


 そのあまりの突飛な申し出に、メメッソも返答に困惑してしまった。しかし、神太郎の眼差しを見ていれば、それが本気だと分かる。


 人間の枠にも魔族の枠にも収まらない破天荒な男。魔族世界のしがらみを嫌った男がそれに魅入られてしまうのは、当然だったのかもしれない。


「フフ、考えておこう」


 それでも控えめな返答をしたのは、あまりにも心踊ってしまい冷静に考えられなかったからであろう。


 そして、神太郎もそれを尊重するように微笑む。



 旅の道中であった心地良い出来事であった。



―心地良い男・完―

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