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14-1 心地良い男①

 ヒマラヤのような巨大山脈『マルト連峰れんぽう』。この世界でも有数の山岳地帯である。だが、侵入者には容赦のない場所でもあった。


 常に激しい吹雪が吹き荒れており、またその雪のよって辺りが真っ白になって険しい山肌を隠してもしまう。更に、視界をほとんど奪って一寸先もうかがうことを出来なくさせていた。何より寒い。生きることを許さない氷点下の世界だ。


 この山は人間を拒んでいた。


 そして、その抵抗をあざ笑うかのように、彼は悠々と歩いていた。


 白銀の世界を一人進む神太郎。吹きつけられる吹雪も、荒れた山肌も、塞がれた視界も、極寒の気温も事もなげにしていた。


 因みに、キックスとはルーシを故郷へ連れて帰るということでふもとで別れていたのだが、どちらにしろこの地獄にまで付いて来ることは出来なかったであろう。


 人間離れした体力でどんどん上へと登る神太郎。彼自身、雪で真っ白になってしまうも、しばらくして見つけた洞窟に避難することでそれを払える余裕が生まれる。


「ふぅ~。しかし、上機嫌な空模様だな。折角の登山だっていうのに吹雪のせいで景色も楽しめないぞ。一先ず昼飯タイムで気分転換をするか」


 この洞窟はそこそこ奥が深いようで、神太郎は雪が入って来ないところまで進むと、腰を下ろしてバッグを漁った。朝、町で買っておいたサンドイッチがあるはずだ。


「へへへ、奮発して牛肉サンドにしちまったぜ。甘辛そうなタレが掛かっていて、美味そうだったんだよなー」


 そして、笑顔でそれを取り出すと……、


「げっ!?」


 その顔が凍りついた。何せ、そのサンドイッチも凍っていたから。神太郎は寒さに平気でも食料の方は駄目だったようだ。


 試しに水筒の水を飲もうとしてみるも、やはりそちらもカッチンコッチン。火を起こして温めたいところだが、当然薪になるようなものはない。どうしようもなかった。


「何てこったい……。他に腹ごしらえ出来そうなものあったかな?」


 そうぼやきながら、神太郎はバッグを漁り直す。


 すると……、


「うわっ!?」


 と、後ろから驚きの声が聞こえた。


「うおっ!?」


 振り向いた神太郎もまた驚き声を返す。


 彼の前に現れたのは、身長二メートルを越える毛むくじゃらの生物。白く、大きく、猿というか人間というか……。一言で言えば雪男のような生き物だった。この洞窟はまだまだ奥まで続いていたのだが、どうやらそこから出てきたらしい。


「な、何だ!? こんなところにも魔獣がいるのか!?」


 またもやの魔獣との遭遇に、神太郎は嫌気が差してしまう。勿論、彼の場合は恐怖からではなく、どちらかというと面倒臭さからだ。


 ただ、すぐにこうも思い直す。


 食べられるかも? と……。


 すると、雪男が少し不機嫌になりながらこう答える。


「失礼な。儂は獣じゃない。魔族だ」


 魔族も魔獣も様々な姿をした生物だが、その大きな違いは知能の高さにある。人の言葉を話せるそれは間違いなく魔族であった。


 人を害する凶悪の遭遇に、神太郎は嫌気が差してしまう。勿論、彼の場合は恐怖からではなく、どちらかというと面倒臭さからだ。


 ただ、すぐにこうも思い直す。


 魔族も食べられるかも? と……。


 すると、雪男は少し不気味がりながらこう問う。


「お主、何か変なことを考えていないか?」


「そ、そっちこそ俺をどうするつもりだ?」


 図星を指されて慌てて問い返す神太郎。しかし、魔族だって大抵は悪巧みをしているもの。後ろめたさなんて必要ないはず。尤も、今回ばかりはその大抵には含まれていなかったが。


「いや、お主こそ何をしに来たんだ?」


「え?」


「ここは儂の住処だ」


「えっ!?」


 つまり、神太郎の方が道義を弁えない不躾者ぶしつけものということだった。これには彼も気まずくならざるを得ない。


「そりゃ失礼した。丁度休むのにいい洞窟があったもので……。そうだ、ご挨拶代わりにこのサンドイッチをあげるよ。美味いぞ」


 そして、その後ろめたさを拭うかのようにカッチンコッチンのサンドイッチを差し出した。戸惑いながら受け取る魔族に、「さぁ、どうぞ、どうぞ」と強引に勧める。


 魔族の方も初めて見るタイプの人間に押され、渋々口にしてしまう。


 すると……、


「……美味い!」


 滅茶苦茶口に合った。シャキシャキと氷を砕くような音を出しながら一瞬で平らげてしまう。


 お陰で二人はすぐに打ち解けられた。神太郎がバッグの中から干し芋を見つけると、二人で分けて歓談を始めた。


「ほう、メメッソって言うのか。魔族はこういうところを住処にするものなのか?」


「いや、儂は魔族の世界が嫌になってな。遠く離れたここで隠遁いんとんしていたのさ。こんな寒々しいだけの何もないところ、魔族も人間も興味を抱かないしな」


 神太郎の問いに、メメッソと名乗った魔族は肩を竦めながら答えた。


「でも、暇だろう? 飯とかはどうしてるんだ?」


「まぁ、腹が減ったら麓の森に下りて獣とか狩るが、数ヶ月何も食わなくても大丈夫だしな」


「魔族って人間も食うのか?」


「そういう奴もいるが、儂はあまり好まない。普段は特に何もせず……寝てるな」


「へー、優雅な生活だなー」


「皮肉は止せ。つまらないに決まっているだろう。けれど、他の魔族に見つかると面倒だから目立ったことは出来ない。近年、儂たちの主である魔王が代替わりをしたのだが、今度の魔王はこれまでと違った変わり者でな。これまで通りの忠誠を示す者がいる一方、反感を持つ者もいて色々揉め事が起きているのだ。儂はそういうのに嫌気を差して出奔しゅっぽんしたのさ」


「魔族の世界も大変なんだなー」


 神太郎は干し芋をしゃぶりながら言った。どこの世界も関係性に苦労しているよう。


 一方、メメッソは彼の態度の方が気になって仕方がなかった。堪らず苦言に呈してしまう。


「お主、儂のことが怖くないのか?」


「え?」


「誰もが恐れる凶悪な魔族だぞ? 普通は逃げ出したり、泣き喚いたり、命乞いをしたりするものだ。なのに、何だ? その態度は」


「な、何だって言われても……。別に害意はないんだろう?」


「まぁな」


「ならいいじゃないか。これも何かの縁だ。仲良くしようじゃないか」


「変わった男だな……。本当に人間か?」


「分類上は……」


「普通の人間はこんなところまで登って来れないぞ。そもそも何でこんなところに?」


「エイゼン王国への道中なんだが、近道するためにこの山を越えようと思ってな。山の天辺まではまだ掛かりそうか?」


「ここまで来たらもうすぐだ。ただ、ここから先は絶壁ばかりで足場になりそうなところはほとんどないぞ。一歩でも踏み間違えれば何百メートルも下へ真っ逆さまだ」


「うーむ……。正直、この吹雪の中じゃ踏み間違えない自信はないな」


 屈強な神太郎でも視界ゼロの中を進むのは容易ではないよう。近道のつもりが遠回りになってしまう事態は、流石にもうゴメンだ。何か策は? と、神太郎は頭を悩ませた。


 その様子を前に、メメッソもまた干し芋をしゃぶり続けた。


 何か考え込むように。


 そして、最後に干し芋を平らげるとこう言った。


「飯の礼だ。途中まで案内してやろう」

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