13-1 疎ましい男①
夜が明けたばかりの早朝の北門。勇者とエルゼン王国を講和させるための使者として神太郎が旅出の準備をしていた。恋人のルメシアとミリーシャもわざわざ見送りに来てくれている。
「何か、突然のことで頭が追いつかないけど、とにかく綺麗に収めてきてね」
「道中気を付けてね。城壁内と違って物騒だから」
「ああ、任せておけ。旅を楽しんでくるよ。それよりお土産は何がいい?」
ルメシア、ミリーシャと気遣いの言葉を送るが、当人はいつものマイペースぶり。完全に観光気分だった。
「楽しむ必要はないし、お土産の心配もいらないから、講和の方に集中してよ。エルゼンは人間界にとっても大切な国家なんだから」
「はいはい」
相変わらずの適当な返事に、忠告したルメシアは堪らず憂虞。多くの命が懸かっているのだから、もう少し真剣になってもらいたい。
「あのね、魔族を倒す勇者は私たち人間にとって唯一の希望なの。なのに、逆に人間国家を滅ぼしたなんてことになったら大問題よ。もし世の中に知れ渡ったら、世界は大混乱に……んっ!?」
ただ、そのガミガミ口を不意に唇で閉ざされると、彼女ももう何も言えなくなってしまった。本能に負け、じっくりとその感触を味わってしまう。
そして、神太郎が顔を離すといつもの変わらぬ笑みでこう宥めてきた。
「大丈夫さ。俺を信じろ」
次いで、彼はもう一人の恋人にも別れの挨拶のキスをする。ただ、そのミリーシャにはルメシアとは別の不安があった。
「けど、神太郎、本当に徒歩で行くの? 流石に馬の方が……」
「自分の足の方が頼りになる。馬の世話もしなくて済むしな」
神太郎は外套を纏いながら自信満々に答えた。馬に乗れないという本音を隠しながら。
「さぁて、出発するとするか」
こうして、彼は北門の巨大な扉を開けると救国の旅に赴くのであった。
……。
……。
……。
……が、
ポツン――。
「あ?」
神太郎の鼻の頭に雫が落ちた。その先である空を見上げてみると、あったのは雨雲。
やがて小雨が降り始めた。
「げっ、雨だ。仕方ない。今日はヤメヤメ。出発は明日にしよう」
「何言ってるの! 火急の事態なのよ!?」
後退りする神太郎の背を思いっ切り押し返すルメシア。仕方なくミリーシャまで背を押し始めると、彼もやっと前に進み出す。
「ほら、いってらっしゃい!」
こうしてルメシアたちに手を振られながら、神太郎はトボトボと旅路についたのであった。
尤も、そんな姿を見せられれば見送る方も浮かない顔をせざるを得ない。
「大丈夫かな……?」
「うーん……」
ルメシアのその言葉をミリーシャも否定する気にはなれず。この雨もこれからの前途多難を表しているかのよう。
二人は一抹の不安を抱きながら手を振り続けるのであった。
そして案の定、大丈夫ではなかった。
「……道に迷った」
キダイ王国を出立して半日後、神太郎は街道の分岐点で途方に暮れていた。一応、地図は持っていたのだが、どっちが北でどっちか南かも分からないから用を成さない。趣味が地図観賞だったくせにピンチになったのである。
「右の道か、左の道か……」
既に雨雲を抜け、見晴らしのいい晴天となっていたが、それでも行き先を決めかねている。そもそも、この世界の地理など全く知らない身だ。もし間違いに間違いを重ねれば、エルゼンどころかキダイ王国に帰ることすらも出来ないかもしれない。
「こりゃ間に合わないな。すまん、エルゼンの民たち。成仏しろよ」
そして、早々と諦めて手を合わせた時だった。
「うん?」
神太郎の視界に一台の幌馬車が映った。自分と同じく旅人のよう。
早速声を掛けてみれば、その一団のリーダーらしき男が応じる。
「エルゼン? ああ、それならあっちの道だ。まだまだ遠いぞ」
「なんなら途中まで同じだから一緒に行きます? この先の森は迷い易いので」
更に女性がそう申し出てもくれる。リーダーが「おいおい」と気乗りしない態度を見せるも、彼女が「いいじゃない。困った時はお互いさまでしょう」と押し退ける。そして、神太郎もありがたいとばかりに世話になることにした。
馬車の荷台に同乗し出発すると、リーダーが自己紹介を始める。
「俺はベル。剣士だ。それと彼女が弓使いのルーシ、アイツが戦士のカンク、で、端にいるのが魔術士のキックス。俺たちは冒険者だ」
隣に座る女性、御者席の強面の大男、最後に荷台の端にいる細身の男を指していく。四人とも若く初々しさを感じさせる。まだ十代ぐらいか、その歳で物騒なこの世界を旅するとは立派なものだ。ただ、神太郎は何よりも初耳の単語が気になった。
「冒険者?」
「何だ、知らないのか? 俺たちみたいに世界中を旅して人々を助ける者をそう呼んでいるんだ。盗賊や魔獣退治を主にしているが、時には人捜しや護衛なども引き受けたりしている。どこの国も隅々のことまでは面倒を見切れないからな」
「ああ、成る程」
神太郎は以前弟が引き受けた畑荒らしの巨大猪ガーフボア退治のことを思い出した。彼らみたいな者がああいうことに対処するのだろう。
「俺たちもまだ駆け出しだが、腕は既に一流だ。大型魔獣だってもう十頭も仕留めている。いずれ魔族も討ち果たせたらと思っているんだ」
「無茶しないでね、ベル。魔族と戦わずに済むならそれに越したことはないんだから」
勇ましく宣言するベルをルーシが心配そうに嗜めた。そこに神太郎が質問。
「やっぱり魔族を倒すのは難しいことなのか?」
「そりゃそうだろう。魔族は魔獣とは比べものにならない強さだってのは子供でも知っているぞ。力は魔獣を凌ぎ、魔術は人間より遥かに強力。そんな魔族を一人でも倒せればもう英雄だ。国からたんまり褒美を貰えるし、民からは絶え間ない賞賛を受けられる。歴史に名を残せるぞ。まぁ、この人間界では魔族なんて滅多に遭遇しないけどな」
「ああ、多くはないんだ」
「アンタ、随分物知らずだな」
呆れるベルをルーシが「失礼でしょう」とまた嗜めた。
さて、今度は神太郎の自己紹介の番だ。
「俺は三好神太郎、十七歳。独身。趣味は写経。好きな食べ物はカステラの敷き紙についたザラメ。キダイ王国で門番をしているんだが、今朝、初めて国を出たんだ」
「今朝? 何を言ってんだ。キダイ王国からここまで徒歩なら一ヶ月は掛かるぞ」
「そんなに掛かるのか。まぁ、俺の場合は途中にあった山々を一直線で突っ切ってきたからな」
神太郎は獣道すらない山岳地帯を駆け抜けてきたのである。時には落石に遭い、時には魔獣に襲われ、時には足を滑らせ滑落した。それでも無事に走破。絶大なショートカット効果を得ていたのだ。尤も、そのオリジナルルートのせいで道に迷ってしまったのだが。
しかし、彼のことを知らない者からすれば戯言にしか聞こえない。
「おいおい、変なヤツ拾っちまったな。大丈夫か?」
御者席のカンクもまた肩を竦めながら苦笑した。
「というわけで、俺たちは冒険者だ。道中、危険な仕事を受けることもある。その時は自分の身は自分で護ってくれよ。そっちの面倒までは見られないからな」
最後にベルがそう忠告し、ルーシが「大丈夫、私たちが護りますから」とフォローしてくれて話は締められた。
ベルとカンクは神太郎のことをあまり歓迎していないようだが、ルーシには素晴らしい道徳心があるよう。ただ、神太郎が最も気になっていたのはその三人ではない。
最後の一人、キックスはその間も会話に加わらず陰キャのようにずっと隅で縮こまっていた。
「止まって!」
突然そう叫んだのはルーシ。その言葉に従いカンクが馬車を止めると、ベルと共に周囲を警戒した。陰の薄かったキックスまでも荷台から外を窺っている。事情が分からないのは神太郎だけ。
「異音がある。何か潜んでいるかも」
どうやらルーシは聴覚が鋭いようで、それが何か違和感を得たようだ。
場所は深い森の中。まだ昼間だというのに薄暗く、草木の擦れる音が雑音となって人間たちを惑わす。それでも彼女には確信があるよう。
ベルは下車すると冷静に剣を抜き構えた。
「ルーシ、数は?」
「十。大きくはないわ」
「小型魔獣の群れか。まぁ、どうせゴブリン辺りだろう」
そして、その予想通りだった。
生い茂った木々の間から姿を現したのは、緑の肌をした小人たち。大きさとしては人間の子供ぐらいだったが、鬼のような恐ろしい形相しており、棍棒や石ナイフなど原始的な武器を手にしている。それが奇声を上げながら馬車に向かってきたのだ。
しかし、ベルたちに怯みはない。
「お客さんは荷台に隠れていろ。ルーシ、カンク、キックス、行くぞ!」
彼のリーダーらしい号令に従い、三人も馬車から飛び出した。
冒険者の腕の見せ所だ。
まずベルは愛刀の剣を抜くと、襲い掛かってきた一匹目を横一文字で斬り、次いで二匹目を袈裟斬りで仕留める。三匹目は振り下ろしてきた棍棒を躱して、その喉元を突いた。
一方、カンクも負けていない。彼は巨大な斧を担ぐと、たったひと振りで三匹を真っ二つにしてみせた。
更にルーシも冷静に矢を放ち、迫るゴブリンを射殺す。
そしてキックスはというと………………ただただ三人の後ろに隠れていた。魔法の杖、『魔杖』を両手で握り締め、何かぶつぶつと呟いているだけ。神太郎は「なーにをしてるんだ?」と眉をひそめるばかり。
その上、回り込んできたゴブリンの一匹に襲い掛かられると、虚を衝かれた彼は「ヒィっ!」と悲鳴を上げてしまう始末。結局、間一髪ルーシが放った矢がそれを仕留め、事なきを得た。
何はともあれ、ベルたちは無事ゴブリンを撃退してみせたのであった。
「どうだ、お客さん。これが冒険者だ」
「お見事」
格好良く納刀しながら誇るベルを、神太郎も素直に賞賛。モネ婆さんの件を思えば、彼らのような者が必要とされるのも納得だった。




