05.兄、宰相 姉、公爵夫人 ……俺、門番②
そこに、また人がやってくる。
「神太郎~、ちゃんと来てたんだ」
しかも、今度の来客は美人だ。その美しく着飾った衣装も公爵令嬢であるルメシアに負けてはいない。神太郎に親しそうに話し掛けていたせいで、ルメシアは顔を強張らせてしまっている。面白そうなので神太郎は放っておくことにした。
「門番の仕事、真面目にやってる? 心配だわ~」
「結構気に入ってるぞ。今のところ転職は考えていないな」
「そりゃ良かった。アンタ気分屋だから。……それより、早くその女の子を紹介してあげなさいよ。そういう気の効かないところは相変わらずね」
もう少し黙っていたかった神太郎だったが、ここは大人しく従っておく。
「ほいほい。彼女は俺の上司のルメシア・ケルヴェイン。で、ルメシア、こちらの令嬢が三好千満。我が三好兄弟の次子で、つまり俺の姉だ」
「あ、お姉様……。どうも初めまして」
ルメシアもその正体が分かると表情を和らげた。そしてこの姉はというと、
「ええ、よろしく。アルサンシェ公爵家に嫁いだから、今は千満・アルサンシェね」
既婚者なのだ。まだ十九歳なのに早過ぎるとも神太郎は思ったが、それは彼に結婚願望がないからかもしれない。
「姉ちゃんの方はどうよ? 十九歳で人妻生活に入った感想は?」
「まぁまぁね。悩みはあるっちゃあるけど、今のところ正解かな」
「姉ちゃんは男の理想が高かったからな。少女マンガに出てくるような高身長イケメン貴族なんているわけないだろうって思ってたし」
「どんな高い理想でも、願っていれば必ず叶うってね」
そう笑顔で答えている姉を見て、弟は自分と同じようにこの世界を満喫しているようで何よりと思った。
「どう? 大好きなお姉ちゃんが幸せそうで嬉しいでしょう?」
「……まぁね」
が、彼は何か嫌な予感もしてきた。
「で、神太郎にちょっと頼みがあるんだけどさ」
「……なんぞな?」
聞き返すも千満はすぐには口にせず。近くのウエイターが持ってきた酒を受け取ると、一口含んで間を置いた。弟の嫌な予感が膨れ上がる。
「私って美人でいい女じゃない? だから、社交界に出ると男たちにモテモテで……。その代わり、貴婦人たちからは嫉妬の対象にされてさ。時折、嫌がらせとかされるのよ。でも、女子中学生みたいなしょーもないイジメとかじゃなくて、上流階級らしく上品な感じなの。まぁ、そういうところも面白いんだけど」
「どこの世界も人間って変わらないんだな。けど、姉ちゃんの胆力ならそんなの跳ね返しちまうだろう?」
「勿論、上流階級のひ弱なお嬢様如きに屈しないわよ。貴族のイジメを庶民の私がたった一人で跳ね除ける。そのお陰で、今の旦那の目にも留まってプロポーズもされたんだから」
「良かったじゃないか」
「けれど、それで余計嫉妬を買ってね。特に、ハインバイル侯爵家のアルサリアって娘が、前々からウチの旦那を狙っていたらしくてさ……。遂には、私の命まで狙い始めたのよ」
「それはまた上品なイジメなことで……。噂の悪役令嬢ってやつか?」
「そ、それ本当ですか?」
聞きに徹していたルメシアも、その件にはつい口を挟んでしまった。公爵夫人の暗殺計画なんて聞き流すことなど出来ないか。
「暗殺されそうってことだよな? お国に言って助けてもらったら?」
「それは無理ね。何せ、王国の治安を護る治安局のトップが、そのハインバイル家なんだから」
神太郎の提案にルメシアが答える。
「それに、勇者一族を快く思っていない貴族も多いし」
「じゃあ、兄貴でも助けてやれることは少ないか」
勇者に宰相……。いくら優秀といえど、突然現れた別世界人たちがこの国で我が物顔をしているのだ。それを使う国王たちは大歓迎だろうが、既得権益を侵された者たちは内心不満で一杯だろう。
「親父も兄貴も姉ちゃんも目立ち過ぎなんだよ。そりゃ反感もたれるわ。俺らみたいな他所者は、ひっそりと生きるのが長生きのコツなんだって。俺みたいにな」
「成る程……」
神太郎の向上心のなさに不満をもっていたルメシアも、これには納得したようだ。が、千満は違うよう。
「何言ってるの。持ちうる才能を世に出さないことこそ、世界に対する罪よ」
「成る程!」
ルメシアもその論理の方が気に入ったようだ。
そして、肝心の千満の用件が明かされる。
「ということで国は当てに出来ないから、神太郎、アンタに警護を頼みたいのよ」
面倒くさ――。
そう口走りそうだった神太郎だったが、必死に押し留めた。しかし、相手は肉親である。嫌がっていることはすぐに察せられてしまう。
「何よ、お姉ちゃんが心配じゃないの? アンタ、門番の仕事をしてるんだから、警備とかもお手の物でしょう?」
「いやぁ……警護の専門家に任せた方がいいと思うな。ってか、アルサンシェ家には警備とかいないの?」
「いるけど、相手は治安局を自由に操れるのよ。つまり、多少手荒い方法を取っても揉み消せるってわけ。こちらも可能な限りの対策はしておきたいじゃない」
その言い分も理解出来るせいで、神太郎は強く拒むことが出来なかった。しかし、警護となれば二十四時間常に気を張ることになるだろう。自由なんて望めやしない。一度でも引き受けると、なし崩し的に押し付けられることになる。彼は何とか断る方法を考えた。だが、
「いやぁ、俺、仕事があるし……」
「いいじゃない。引き受けてあげなよ。姉弟なんでしょう?」
神太郎が仕事を理由に断ろうとすると、あろうことかその仕事の上司が勧めてきた。更に、千満が駄目押しをしてくる。
「私が死んでもいいってわけ?」
「そうは言ってないけど……」
「言ってるじゃない」
この姉は昔から強引だった。豪腕と言ってもいい。これほど気が強いのなら自分の助けなど必要ないと思った神太郎だったが、これ以上怒らせるのは危険だとも臆してしまう。
「取り敢えず、今日は家まで送っていくよ」
「……まぁ、いいわ」
結局、彼は自分自身を護るために警護を引き受けざるを得なかった。