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番外編1-8 家族愛⑧

 しかし、驚きだ。その突然の登場もそうだが、魔術が使えるなんて兄弟皆知らなかった。又四郎も思わず苦言を呈してしまう。


「仙兄ちゃん、遅い! 満を持して登場する主人公のつもりか!?」


 更に神太郎も。


「そもそも魔術なんか使えたの?」


「宰相ってのは危ない仕事だからな。身を護るヤツだけは身に付けておいた」


「何で教えてくれなかったの?」


「宰相ってのは危ない仕事だからな。情報管理は徹底してるんだ」


「まぁ、確かに仙兄ちゃんは防御に徹するタイプだったけどさ……。唐突過ぎるぜ」


 それはともかく、今はラースファルガだ。仙熊は兄弟の長子として神太郎に命じる。


「神太郎、丁度いい。あの魔獣を退治してお前の功績にしろ。それを理由に栄進させてやる」


 前に二人が話していた件だ。これほど王国に被害を及ぼした魔獣を討てば、魔軍七将討伐と並ぶ大功となろう。神太郎を出世させられれば三好一族の独裁も成せる。しかし、弟の腹は既に決まっていた。


「いや、ラースファルガ親子は無事魔界に帰す」


「これ以上暴れさせたら、この国は本当に滅ぶぞ」


「もう決めたことだ」


「お前の女たちも死ぬぞ」


 それは、ハーレムを志す神太郎にとって最もあってはならないこと。ハーレムとは、つまり女たちを命懸けで護ることなのだ。


「いや、護るさ。女も、国も、この親子も……」


 だが、それがどれほど困難でも、どれほど苦境であっても……、


「俺は護りのスペシャリスト、門番だからな」


 彼の信条に揺るぎはない。


 一方、檻の中ではラースファルガの子供が暴れ始めていた。つまり、英気を取り戻したということだ。冬那の治療が成功したのである。


「神兄!」


 彼女の呼び声に応じ、神太郎は檻から子供を引っ張り出すと、そのまま強引に担いだ。


「さぁ、ここからは俺の出番だ」


 そして走る。一目散に駆け出した。ラースファルガの親も子供に気付き、それを追っていく。


 駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。


 駆ける神太郎!


 馬より速く!


 豹より速く!


 隼より速く!


 目指すは北門。しかし、すぐに避難する群衆に追いついてしまう。流石に、一般市民の中に突入するわけにはいかない。彼は建物の上に飛び上がると、街中の建物の屋根伝いに走り続けた。ラースファルガもそれに続く。


「グオオオオオオ!」


 更に、背中の子供も親に気付き足掻き出した。


「分かった、分かった。暴れるなって!」


 暴れる巨体を背負いながら、更なる巨体に追い掛け回される。しかも、背負っているのは重さ二トン。足場にする屋根を選び間違えたら、落とし穴に嵌るかのように屋根が抜け地上に真っ逆さま。身動きが取れなくなりゲームオーバーである。


 慎重に、スピーディーに、そして大胆不敵に駆け進む。


 やがて、北門が見えてきた。だが、そこでも大勢の人々が王国を脱出しようと詰め掛けている。門はくぐれない。


 ならば!


「うおおおおおおおおお!」


 跨ぐのみ!


 ジャンプだ!


 足場にした建物は崩れ、背中の子供は激しくもがく。それでも、神太郎の脚力は五十メートルの城壁を悠々と飛び越えさせた。


 地には人。天には竜。対峙する両者を目にして、我先にと外に避難していた市民たちは、今度は我先にと城門内に戻り始める。


 こうして、城外から完全に人がいなくなると舞台は整った。


「ほら、返すよ」


 まず、神太郎は子供を解放した。子はトコトコと未熟な足取りで親の元へと向かい、親もまた大地に降りてそれを迎える。二頭は久々の再会を喜び合うように顔を擦り合った。


「さぁ、帰れ」


 次いで命令する。いや、実際は切願か。このまま大人しく帰って欲しいと、彼はただただ願った。その可能性はないと分かっていながら。


 そして、その通りだった。


 ラースファルガは子供を下がらせると、再び殺意を神太郎へ向けた。爪を大地に食い込ませ、目をひん剥き、威嚇の声を上げている。人間抹殺の意思は消えていない。


「……だよな」


 戦意を向けられた以上、彼も応えざるを得なかった。


「お前の気持ちは分かるよ。家族を引き裂かれたんだからな。酷い人間もいたもんだ。だが、お前の怒りによって俺の大切な家族が失われるのは見逃せない」


 堂々と構える神太郎。


「俺が来た以上、もう二度と門を越えさせない。俺は門番だからな」


 伝説の魔獣相手であろうと全く気圧されないその覇気は、最強の門番の証である。


 そして……、


 激突!


 同時に飛び出した両者は、互いの頭を狙って頭突きをぶつけ合う。激しい衝撃が大気を震わせた。結果、弾き飛ばされたのは……神太郎!


 弾丸のように水平に飛翔し、轟音と共に城壁に食い込まされる。お陰で、壁には見事なクレーターが出来てしまった。


「ふぅ……やるじゃない」


 最初の力比べは神太郎の負けか。いや、どちらかと言えば質量勝負だったのだから当然の結果か。彼は何事もなかったかのように地面に降りると、腕を回し、腰を回し、屈伸をして身体のエンジンを掛けた。


「成る程な。その辺の魔族より遥かに手強い」


 力勝負は分が悪い。ならば、優れている部分を武器にして戦うべきだろう。それは俊敏性だ。


 神太郎は素早くラースファルガとの距離を詰めると、その顔面に拳骨を食らわせた。次いで、すぐさま懐に入りもう一発。


 顔と腹、二ヶ所に深く拳をめり込まされた魔獣はこれまで発しなかった痛々しい悲鳴を上げてしまった。獣も直ちに反撃の爪を放つも、自身の身体を駆けずり回る神太郎には掠りもせず。強大な力も当たらなければどうということはなかった。


 その後も、彼はその巨体を這いずり回りながら、身体に打撃を打ち込んでいく。相手ももだえる蛇のように身体をくねらせるが、神太郎は器用にしのいでみせた。このままラースファルガが諦めるまで続けていくつもりである。


 しかし、相手は伝説の魔獣。この程度で制せるほど容易い相手ではない。獣は正攻法が駄目だと分かると、四本の角を光らせてその上に光の輪を出現させた。


 そして、そこから放たれるのはいかずち。自身の身体ごと神太郎に雷撃が浴びせた。


「うおっ!?」


 流石の彼も突然の雷速の攻撃には対応出来ず。モロにくらい、蚊トンボのように地べたに落とされてしまった。そこに駄目押しの魔獣の巨足。逃げる間もなく、彼の小さな身体は完全に踏み潰されてしまう。


 その無残な光景は、北門からも確認することが出来た。


「しんたろぉぉぉ!」


 そう叫んだのはルメシア。彼女を始め、ユリーシャやネクスタリア、マリィ、クレハ、そして三好兄弟たちは、神太郎の戦いを見届けるべく北門の城壁上に移っていた。だが、その苦戦ぶりを目にし、誰もが顔を曇らせている。


「助けに行かないと!」


 ユリーシャがそう提案するも……、


「不要だ」


 仙熊が却下した。そしてその言葉通り、潰された神太郎は何事もなかったかのようにその巨足を持ち上げ返している。その上、そのまま三十メートルの巨体を投げ飛ばした。ルメシアもユリーシャも彼が強いことは知っていたが、これは予想を遥かに超えた強さ。つまり、仙熊が顔を曇らせている理由は別にある。


「神太郎め、手を抜いているな。本気で魔獣を帰す気か」


 それは弟の不甲斐なさに対してだ。えて急所を狙わず、戦意を奪うためだけの戦法。だが、そんな戦い方ではいずれ足元をすくわれるだろうと、彼は危惧していたのだ。


 伝説の魔獣ラースファルガより神太郎の方が強い。遥かに。されど、神太郎自身がやられなくても、王国を焼かれてしまったらこちらの負けなのだ。魔獣の吐く死の閃光はそれが可能であり、乱射されればそれを防ぐ手立てはない。ならば、再び吐かれる前に殺すべきだろう。


「神太郎、これ以上国を焼かれる前に殺せ!」


 長子、仙熊は厳命した。……だが、


「私は神太郎を支持するわ。仙兄さんはいつも過激過ぎなのよ」


 次子、千満は弟側に付いた。


「俺も神兄ちゃんに賛同だな。魔獣が可哀想じゃんか」


 四子、又四郎も。


「仙兄は悪魔ね」


 五子、冬那までも。


 特に、一番可愛い末子の反対には、仙熊も強いショックを受けてしまった。


 どちらにしろ、ここは北門。神太郎のテリトリーだ。今は彼に任せるしかない。


 そして三子、神太郎はというと、雷撃でボロボロになった服を剥ぎ取っていた。しかも、その肌は焼き焦げているどころか、赤くもなっていない。健康。万全。切り傷すらなかった。身を起こしたラースファルガも、その健在ぶりに驚いている。


「もういいだろう、帰れ」


 十分実力差も思い知っただろうと、神太郎はまた忠告した。されど、魔獣はそれでも構わず飛翔する。接近戦は不利だと学習し、上空五百メートルから閃光を浴びせることにしたのだ。


 だが……、


「グフっ!?」


 大地に向け開かれた口が無理やり閉じられた。その上顎うわあごに叩き込まれた神太郎のかかと落しによって。跳躍だけで一瞬で距離を詰め、たった一発で怯ませる。更にもう一発打ち下ろした鉄拳を食らわせると、ラースファルガは地面に激しく叩きつけられた。


 地に捻じ伏せられる天を舞う竜。神太郎はその目の前に着地すると、三度忠告する。


「終わりだ。帰れ」


「グルルル……」


「人間たちは十分報いを受けた。これ以上は不要だ」


「グル……」


「頼む、帰ってくれ……」


 そして懇請こんせいした。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 しかし、それでもラースファルガの怒りは収まらなかった。当然か、この獣は勝ち負けを求めているのではない。二度と家族を辛い目に遭わせないために戦っているのだ。神太郎を家族の脅威と見なしている。


 対峙する両者の想いは、家族を護りたいという全く同一のものだった。

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