番外編1-5 家族愛⑤
燃えるキダイ王国。国中でお祝いを口にしていたのに、今では国中が悲鳴を上げている。最も目出度い日は、最も痛ましい日となった。
神太郎たちも何とか広場近くの建物の陰に避難していたが、これ以上どこに逃げればいいのか分からず立ち往生してしまっている。安全なところなど、この国にはない。
「このままじゃ、本当に国が滅びる……」
その痛ましい光景に、ルメシアは胸を押さえながら心痛してしまう。
「お願い、神太郎。この国を救って」
そして恋人にそう願った。
「神太郎にしか倒せないわ」
同じくユリーシャも。無力な彼女らに出来る唯一の手段だ。
けれど、それでも彼の反応はよくなかった。険しい表情でその光景を見つめているだけ。
「もう管轄云々どころじゃないでしょう! 自分たちの居場所を失うのよ!」
面倒臭がっているのが理由かと、ルメシアは必死に叱った。
しかし、実は違う。
神太郎は同情しているのだ。
「とてもじゃないが、あれを討つ気にはなれないな」
あの魔獣に。
「冬那の言う通りなら、あの魔獣は自分の子供を救いに来たんだろう。あの子供がこの国に来てどのくらい経った? 魔界奥深くの住処を発ち、長い間ずっと探し回ってやっと子供を見つけたんだ……。その親の心境を考えれば、とても殺す気にはなれない」
「でも……」
「お前たちこの世界の人間にとっては、魔獣の命より人間の命の方が大切なんだろう。その感情は普通だ。責めはしない。だが、別世界人である俺は違う。人間の命も、魔族の命も、魔獣の命も、俺にとっては等しい価値だ。俺もこれまで魔族や魔獣を討ってきたが、それはあくまで喧嘩を売られたため。けれど、今回は人間が売った側だ。で、反撃されているわけだ。自業自得としか言いようがない」
別世界人である神太郎はキダイ王国に恩はあるが、忠誠心はない。キダイ王国が謂れのない言い掛かりで危機に瀕していれば助ける気にもなるが、己の悪事で招いたことなら他人事のように傍観するだけだ。
しかし、それでもユリーシャは納得出来ない。
「けれど、この国にはそれに関わっていない無実の人間も大勢いる。その人たちも命を落とすなんて理不尽過ぎるわ」
「世の中は理不尽だらけだ」
「神太郎!」
「もし、お前たちが魔族に攫われたら、俺は必ず助けに行き、犯人の魔族を殺す。魔獣に攫われても魔獣を殺す。人間に攫われても人間を殺す。お前たちを見世物にしていたら、それを見て楽しんでいた観客も同罪だ」
「っ!」
「ただ、殺すのは憎いからじゃない。同じ事件を二度と繰り返させないためだ。あの魔獣はもう二度と子供を攫わせないために、人間を根絶やしにするつもりなのかもな。人間が魔獣を一纏めにして危険な生き物として見ているように、魔獣もまた人間を一纏めにしているんだろう」
彼のその客観的な推測は当たっていたかもしれない。そして、自分たちを例に出されたルメシアとユリーシャは、もう反論することも出来なかった。
神太郎がこの世界と一線を画す考えで生きていることは恋人たちも知っている。そして、信条が固いことも。
この世界の人間では、彼の考えを変えさせることは出来なかったのだ。
……。
……。
……。
だから、今度は同じ世界の人間が言った。
「でも、このままじゃラースファルガも救われない」
そう口にしたのは彼の最愛の妹、冬那だ。
「檻の子供の方だよ。かなり弱っている。たとえ親が救い出しても、衰弱死は免れない」
そして、ここにいる誰よりも神太郎のことを知っている彼女がこう請う。
「家族が離れ離れになるなんて悲しいよ」
それは、家族で異世界転生してきた二人だからこそ生まれる哀憫だった。
「私からもお願い。あの親子を助けてあげて!」
更に、ネクスタリアも懇願。母のために規則を破った彼女は、魔獣とはいえその親子愛を無視することが出来なかった。
神太郎にとって人間も魔獣も変わりはない。なら、そのために費やす情もまた同じだ。
兄は妹に問う。
「どうしろと?」
「私が子供に滋養強壮薬を飲ませる。そして、神兄が子供を壁の外まで連れ出してくれれば、親も付いて行ってくれると思う」
「かなり適当な策だが、他にないか。だが、殺すならともかく傷つけずに帰すとなると俺一人じゃキツイな」
神太郎は強いが、ただ身体が丈夫なだけの人間である。空を飛び回りビームまで放つ怪物が相手となると、出来ることは少ない。
「私たちも手伝う」
そう申し出たのは、やはりルメシアとユリーシャ。だが、二人には荷が重過ぎる相手。寧ろ、足手纏いになりかねない。それに、もっと大事な役目がある。
「駄目だ。お前たちはネクスを護れ」
王女の護衛である。それを任せられたら、彼女らも異論を唱えられなかった。
しかし、神太郎の荷が重いのもまた事実。ラースファルガの気を引き付けながら冬那を護りつつ、子供への投薬を成功させて、更にそれを城壁の外へ連れ出す。
困難だ。至難である。それでも、彼はそれを成功させようと、頭の中で何度もシュミレートした。
……。
……すると、
「っ!」
解決策を見つけた。
いや、向こうからやってきたと言うべきか。
その光景に、彼はこう呟きながら笑みをこぼす。
「持つべき物は家族だな」
この建物の陰に、とある二組が避難してきたのだ。
「ったく、もう。何なのよ、あれ。滅茶苦茶じゃない!」
そう立腹する千満と、その連れクレハに……、
「あー、くそ、屋台が台無しだ! 売り上げもパーじゃねぇか!」
そう立腹する又四郎と、その連れマリィである。
偶然か、運命か、他の兄弟も同じ場所に避難して来たのだ。神太郎はその来訪を歓迎。
「丁度良かった。姉ちゃん、又四郎、手を貸してくれ。あの怪物を追い返す」
「え? 俺の力が必要? ……フフフ、そこまでして頼まれたら仕方がないなー。いいでしょう。遂に、S級暗殺者の実力を発揮する時が来たってわけか!」
その頼みに、最強を自認する又四郎はノリノリで承諾。
「えー!? 何で私がそんなことしなきゃならないのよ。か弱い公爵夫人なのよ?」
一方、可憐な貴婦人を自認する千満は難色を示すも……、
「このままじゃ、その嫁ぎ先もなくなるぞ」
「ムっ……。分かったわよ」
結局、自分の立場を護るために渋々応じた。
人は揃った。策も練った。あとは天運次第か。
三好神太郎は、異世界での初めての難戦に挑む。




