番外編1-3 家族愛③
午後から建国祭の催事の一つ、上覧会が開かれる。興行主たちの催し物を国王に観覧して頂くためのイベントだ。その会場である凱旋広場には、国王とその催し物を一目見ようと民たちが続々と集ってきていた。
「また、えらい人が増えてきたな」
神太郎はその人ごみっぷりに呆れてしまう。互いが互いを押し合い、普通に移動することも困難なほどだ。女たちと離れ離れにならないよう常に気を遣わざるを得ない。
「神太郎、ほら、ステージの一番前を取らないと」
観客がステージを目指して押し進む中、ネクスタリアも彼の腕を引っ張りながら急かす。しかし、建国祭初心者の神太郎とお淑やかに育てられてきた令嬢たちでは、特等席争いは荷が重かった。結局、前から十列目辺りで妥協することになる。
「あー、もう。こんなところじゃ全然見えないじゃない」
不満の王女。爪先立ちして必死に前を伺っているが、それでも圧倒的に身長が足りなかった。尤も、彼女ならこんなところから見る必要もないだろうに。
「お前なら王族用の上覧席から見れただろう」
「市民のように楽しむのも一興じゃない」
神太郎の当たり前の突っ込みに、ネクスタリアは持論で応じた。それは相変わらずの無法ぶりであったが、一方で自由気ままに振舞う彼に共感を覚えさせもする。
だから、神太郎は特に小さいネクスタリアと冬那を両手で抱くと、それぞれ自分の左右の肩に乗せ肩車をしてやった。
「これで見えるだろう?」
「おー、いいじゃない、神太郎」
寡黙な妹は反応を示さなかったが、王女は大喜び。すっかりデートの主役を奪われてしまったルメシアとユリーシャは、彼氏の隣でしかめっ面を晒すしかなかった。
やがて、上覧会の主役が現れる。
王宮を背に設けられた屋根付きの上覧席。そこにこの国の主バルディアランが現れると、観客たちは一斉に喝采を送った。民が国王を直に拝見出来る貴重な機会である。誰もがその登場を待ち侘びていた。
続いて第一王女サラティナ、宰相三好仙熊、外務局長カザルビン公爵も登場。国王の脇に控えることで、彼の威容を演出する。
「相変わらずの陛下のご声望、何よりでございます。これも陛下の治世の賜物ですな」
民たちに手を上げて応えている国王に、カザルビンはそう賞賛を送った。ただ、それは三好家への牽制も含まれていただろう。この繁栄は三好一族ではなく国王によるものであると、仙熊に突きつけていたのだ。
「如何にも。陛下の勇者登用が国民に希望を与えております」
一方、仙熊も負けじとそれに応じた。このように、両者の牽制は度々繰り広げられていたが、今のところは実績を上げている三好派の方が優勢と言える。ただ、カザルビンもまたこの建国祭に向けて策を用意していた。
「陛下、最初にお見せする催し物は、私めが用意したものでございます。きっとお気に召して頂けましょう」
そして面々が着席すると、上覧会の開幕となる。
その真向かいのステージの上に現れたのは、幅六メートルほどの巨大な箱。全体に布が被せられており、随分勿体ぶっている。観客たちも訝しむばかりだ。
だが、箱の脇に控えていた人物がその布を剥がすと……、
「おおおおおおおおお!」
彼らは一斉に声を上げた。
その箱の正体は檻。そして、その中身は魔獣だった。市民たちの中には、その恐ろしい生き物を初めて見る者も少なくない。見た者は大抵命を落としているからだ。そのため、こうやって安全が保障された中で見れる魔獣は、絶好の見世物と言えた。
「ご覧下さい、陛下。我々は凶暴な魔獣を生け捕りにしたのです。勇者などいなくとも、このぐらい容易いのです」
得意げに告げるカザルビン。これは、国王の勇者への依存を抑えようという魂胆だろう。
片や、仙熊はそれを黙って見ているだけ。魔獣一頭捕らえた程度では大した説得力にもならないと分かっていたのだ。尤も、このような活動を積み重ねられることには警戒している。
一方、観客側にいた神太郎、ルメシア、ユリーシャの三人はその魔獣に見覚えがあった。体長五メートルほどの白いトカゲ……。前に北門で脱走騒ぎを起こし、ユリーシャが収めたあの白いリバウドである。
「あの時のトカゲかー」
あんなこともあったなーっと思い返す神太郎。ただ、あの時より衰弱しているようでユリーシャもそのことに気づく。
「前より元気がないわね」
「まぁ、ずっと檻の中に入れられちゃあな」
獣は檻の中で伏せたまま。息はしているようだが、声も上げない。北門の時に見たあの元気さが全くなかった。檻から出すのは人間にとって自殺行為だろうから、まともに運動もさせてもらえなかったのだろう。それどころか、餌もまともに貰えていたかどうか……。
「リバウドは凶暴だから、討伐するのも大変だしねー。それを生きたまま捕獲したんだから、いい見世物になるわ。でも、魔獣と言えど可哀想ね……」
ルメシアも同情しつつも、建国祭の見世物としては妥当だと思った。
が……、
「リバウド?」
その単語に反応したのは冬那。彼女はすかさず訂正する。
「あれはリバウドじゃないよ。リバウドはこげ茶色であって白じゃない」
確かに、世にも珍しい白いリバウドとして銘打っているが……。神太郎も問い返す。
「でも、アルビノとか変種とかの可能性もあるだろう?」
「リバウドは猛毒を持っていて、そのために四本の牙を鋭く発達させているんだけど、あれにはそれがない。抜けたわけでもなく、元々小さいみたい」
「よく知っているな」
「王宮薬師として毒の研究もしているから、魔獣のことは一通り調べたの」
実に優秀な妹だ。兄は嬉しくなった。
「それじゃ、何て生き物か分かるか?」
「多分、ラースファルガの子供だと思う」
「「え?」」
その単語に反応したのはルメシアとユリーシャ。二人はすかさずそれを否定する。
「いやいや、ラースファルガって魔界の奥深くを住処にしてる伝説の魔獣でしょう? 人間が踏み込めるような場所には生息していないって」
「そもそも文献でしか名前を聞いたことがないし、見たことがある人間自体いるかどうか……。あれがそうだとは言い切れないと思う」
苦笑しながら説くルメシアとユリーシャ。ただ、それは呆れからの笑いというより、焦りからの笑いという感じだ。そうであっては困ると。
「因みに、ラースファルガってどんな魔獣なんだ?」
その件に関して全く無知な神太郎が二人に質問した。
「その巨体は全長三十メートルにも及び、その手足は空を自由に飛び回らせ……」
「その口は閃光を吐き、その角は雷を呼び寄せ……」
「その皮膚はオリハルコンより硬く、その顎はダイヤモンドすら噛み砕き……」
「その目は千里先すら見通し、その鼻は人間の臭いも嗅ぎ分け……」
「滅ぼした国は数知れず……」
「魔族すら恐れる魔獣」
そう交互に解説してくれたルメシアとユリーシャ。要するに、人間の手に負える獣ではないということらしい。
「ただ、最後の目撃例は百年も昔の遥か遠い国でのことだから、心配しなくて大丈夫」
そして、最後にルメシアがそう締めた。
……、
……、
……、
……ら、
「ん?」
何やら辺りが暗くなった。日差しが遮られたようだが、おかしい。さっきまで雲一つない晴天だったはず。神太郎は……いや、ここにいる全員が空を見上げてしまった。
そして、見た。
太陽を背に飛ぶ巨大な生物の姿を……。
噂をすれば影がさす。正に、その諺通りである。
「目撃例が更新されたようだな」
全長三十メートルの白い巨躯。四本の手足には翼のような膜が張られており、その頭部には四本の角が生えている。どちらも檻の中の子供には見られないものだ。泳ぐよう天空を舞うそれは、トカゲと言うより東洋の竜に近かった。
伝説の魔獣ラースファルガである。




