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04.兄、宰相 姉、公爵夫人 ……俺、門番①

 あれから一週間。魔軍七将襲来の混乱から国が持ち直してきた頃。


 この日、神太郎は休日を迎えていた。しかも公休だ。さぞや気分がいいだろう。……というわけにはいかないようで、今、彼は苦痛の時間を過ごしていた。


 キダイ王国宮廷・大広間。ここで行われている宰相任命式に、彼は出席させられていたのだ。


 燦爛さんらんたる空間で行われるおごそかな式典。出席者はどれも煌びやかな服を纏っており、どう考えても一介の兵卒がいていい場所ではない。


 ただ、幸運にも末席に座らされている。少しぐらい寝てもバレはしないだろうと、彼は気を緩ませていたが……、


「こら、寝ないの」


 隣に座っていた上司ルメシアに邪魔されてしまった。彼女はケルヴェイン公爵家の人間として出席しており、本来はもっと前の席に座るはずだったのだが、どうやら場馴れしていない神太郎を気遣ってここにいてくれているらしい。


「やっぱり私が見ていないとサボるんだから……。いい? この場に立ち会えるのは名誉なことなのよ?」


「立会いとうなかった」


「これも仕事のうちよ」


「働きとうなかった」


「……ホント、呆れた男ね」


 相変わらずの神太郎の無気力っぷりに、彼女は堪らず溜め息を吐いた。ただ、彼だってこの国に対して敬意を払っている。だから、こうやって大人しく従っているのだ。しかし、そういう想いは彼女には通じていないよう。仕方がないので、彼はもう一言プレゼント。


「ところでルメシア」


「何よ?」


「今日は可愛いな」


 神太郎は彼女の格好を見ながら言った。普段は軍服姿のルメシアも、今日は美麗なドレスで着飾っている。


「いつも可愛いけど、今日は一段とな。やっぱり女の子らしい姿の方が映える」


 お世辞ではない。本音だ。特に、露出した胸元に視線が引き寄せられてしまう。異世界のファッションセンスは実に素晴らしい。


「き、急に何言ってんのよ。……もう」


 この想いは通じてくれたようで、彼女は堪らず紅くなった顔を背けさせた。


 そもそも、何故神太郎がこんな場にいるかである。これほどの式典に、ただの一兵卒が出席出来る(させられる)理由……。それは至極明快だった。


 この式の主役は、彼の兄なのである。


 広間に備えられた壇に立つ初老の男性。ここにいる誰よりも高貴で誰よりも威厳のある彼が、この国の君主バルディアラン王である。そして、その前に進み出るのは、彗星の如く現れた若き天才政治家。


 三好兄弟の長子、三好仙熊みよし せんゆうである。


 神太郎と同じく両親の魔王討伐に同行しなかった仙熊は、別の道でこの国を助けることにしたのだ。それが政治の道である。王によって登用された彼は早速行政改革に乗り出し、特に経済政策で功績を挙げていた。この間、神太郎が金塊の無許可の持ち出しを取り締まったことがあったが、その法律も兄による政策の一つだ。お陰で、魔族の脅威によって長年停滞している人間界の経済も、この国だけは成長期を迎えられていた。


 その上、父が魔王の側近『魔軍七将』を討った功績も考慮され、この度、若干二一歳でこの国の宰相に命じられることになったのである。


 一方、弟は兄にこれほどの才能があったことに驚いていた。密かに大学の政治学部にでも通っていたのか? 若しくはこれが異世界チートってやつなのか? と、考え込んでしまう。


 その後、畏まった式典が終わると、場所を移っての懇親会となる。酒を片手に歓談に興じる貴族たちに紛れ、神太郎もまたテーブルの上のつまみを摘み続けていた。


「酒も肴も美味いなぁ。流石、宮廷のパーティーだ」


「ちょっと、見っともないわよ」


 それに苦言を呈してくるルメシア。確かに彼女の言う通りかもしれないが、一介の門番のことを見ている人間なんていやしないだろう。


「なに、皆、主役の方に目が行ってるよ」


 貴族たちの今の関心は、これからの国を背負う新宰相のことだけ。若い美女から老年の紳士まで、絶え間なく仙熊に挨拶をしている。


 そして、神太郎はその様子を辟易しながら見ていた。実にストレスの溜まりそうな役職だと。ただ、ルメシアの感想は違ったようだ。


「本当に良かったの? 神太郎」


「何が?」


「この間の魔軍七将ベイザルネットを討った件。神太郎の言う通り、王国には報告しなかったから、魔族側が勝手に引き上げたことになっているけど……。もしちゃんと報告していたら、今頃神太郎も英雄として称えられていたのよ?」


 彼が魔軍七将の一人を討ったことを知っているのはルメシアだけ。


「もし報告していたら、俺は一兵卒から昇進か?」


「少なくとも、私を飛び越えていたわね」


「つまり仕事が増えるってことだろう? 冗談じゃない。俺は今のままがいいんだ」


「でも……」


「俺は門番として当然の務めを果たした。それだけだ」


「……そうね」


 ルメシアもその最後の言葉には納得したようで、微笑んで締めてくれた。


 そこに主役がやってくる。


「おう、ちゃんと来たな、神太郎」


 貴族たちの囲いから抜けてきた仙熊が、いつものように気さくに声を掛けてきた。宰相と門番。立場は変わっても兄弟の縁は変わらないということか。


「おめでとう兄貴。今日、人生の絶頂期を迎えてこれからは下り坂だけど、決してめげないでくれよな」


「相変わらずの軽口で安心した。こっちでの生活も順調そうだな」


「悪くはない。そこそこ満足してるよ」


 この冗談交じりの挨拶で、その関係を確かめることも出来た。ただ、この場にいた他人は目を丸くさせてしまっているようだが。


「で、こちらの美しいお嬢さんは?」


 仙熊がそのルメシアに視線をやると、様子見をしていた彼女も口を開けた。


「申し遅れました。ケルヴェイン公爵家次女で、北衛長ほくえいちょうを務めておりますルメシアと申します」


北衛府ほくえいふの? それじゃ神太郎の上司か。運がいいな、お前は。こんな美人の上司をもって」


「今年のおみくじは大吉だった」


「死んじまったけどな」


 そして兄弟揃って爆笑。久しぶりの再会に、神太郎も少しテンションが上がってきたか。尤も、このノリを理解出来ないルメシアは顔を顰めていたが。


 そういえば、弟はその久しぶりの再会になってしまった理由を聞いていない。


「なぁ、兄貴。今まで働き詰めだったようだけど、そもそも何で政治家に? もしかして、これから汚職で大儲けするつもり?」


「ノー」


 弟の冴えた答えに、兄は悲しそうに首を横に振った。ルメシアも呆れている。


「この、アホ太郎。アンタじゃあるまいし、そんなわけないでしょう。勿論、国を良くするためですよね?」


「ノー」


「え?」


 ただ、彼女の答えも外れたようでキョトンとしてしまった。そして、仙熊はその答えを示すかのように視線を遠くへとやった。それに従って振り向けば、その先には美女たちに囲まれた一際美しい女性が一人……。


「あれは……確か……」


「サラティナ王女?」


 言葉が続かない神太郎の代わりにルメシアが答えた。この国の第一王女だ。以前、三好家全員で王族と顔合わせをした時、彼女も同席している。


 すると、向こうもこちらに気付いたようで手を振って応えてくれた。仙熊も同じく応じると、その答えを明かす。


「あのサラティナ王女をゲットするためだ」


 仙熊のことを知っている神太郎は「あー」と納得し、仙熊のことを知らないルメシアは

「えぇ!?」と驚愕する。


「初対面の時に一目惚れしてな。それでどうやってモノにしようかと考えた結果、俺の魅力を見せ付けてやることにしたんだ。で、見せつけるには常に彼女の視界の中に入っていないといけないわけで、この宮廷で目立つには政治の道が手っ取り早いって結論に至ったわけだ」


「だから親父たちに同行しなかったのか」


 仙熊は本気だ。それでも、神太郎の面倒臭いという理由よりはマシだろう。しかし、ルメシアはかなりショックだったよう。


「女……。女のために……」


 尊敬していた人物が理想と掛け離れていたことに落胆を隠せないでいる。ただ、潔癖そうな彼女からすれば不純に見えるかもしれないが、大事を成す切っ掛けとは案外そんなものなのかもしれない。貴族だから考え方が崇高なのだろう。


「けど、たった一人の女のためによくやるよ、兄貴は」


「はぁ……。逆にお前は面倒臭がり過ぎだ」


「気分屋なところはあるかな」


「まぁ、女癖の悪いお前には分からんだろうな」


「女癖?」


 その言葉にルメシアが反応した。しかめっ面で神太郎を見ている。そんな彼女に仙熊が余計な助言を。


「因みに、ルメシア嬢はコイツと付き合ってるの?」


「え? ……い、いえ、とんでもない!」


「ああ、コイツと付き合うなんてとんでもない。コイツの夢は楽して気持ちのいいことすること。ハーレムを作ることなんだとさ」


「はぁ!?」


「気をつけるといい。それじゃまたな、神太郎。たまには顔を出せよ」


 そう言い残すと、仙熊は貴族たちの元へ戻っていった。お陰で、取り残された神太郎はルメシアから冷たい視線を浴びせられる。


「何よ、ハーレムって」


「そのままの意味だよ。ここの大貴族だって、妾の一人や二人抱えてるだろう」


「そもそもアンタ、ただの門番でしょう! そんなこと認められると思って!?」


「え? 認可が必要なの? あ、じゃあこの間の魔軍七将討伐の功績があれば……! アレ、やっぱ報告しておいて」


「絶・対・しない!」


「……もしかして、嫉妬してる?」


「嫉妬!? 自惚れないの。呆れてるのよ、全くもう……。アンタを見てると、一人の女性のために宰相にまで上り詰めた仙熊殿の素晴らしさに気付かされるわ」


「それは良かった。兄孝行が出来たかな?」


 神太郎がそう皮肉で締めると、彼女ももう閉口するしかなかった。

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