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11-4 結婚挨拶④

「小僧おおおおおおおおお!」


 憤怒のバルドレイド。残った魔力の全てを吐き出し、神太郎に凄まじい乱打を浴びせる。


 男の決闘。但し、この決闘には暗黙のルールがあった。バルドレイドは殴るだけ。武器も使わなければ、他の魔術も自ら禁じている。対して、神太郎は受けるだけ。決して反撃したり、避けたりはしない。それが二人が了承したルールだ。我慢比べである。


 一発が当たる度に轟音が鳴り響き、一発が当たる度に大気が震える。観客の誰もが嫌な予感を感じていたが、その決闘を止められる者などいやしなかった。


 ただ、バルドレイドが苦悶の表情を晒すようになると、終わりが近いことも察せられる。しかし、誇り高い彼が敗北を認めることはないだろう。ましてや、愛娘のことにもなれば。それが最悪の結末を招くかもしれないことに、ユリーシャは恐怖していた。


 そして、それが起こり始める。バルドレイドの拳から血が噴き出したのだ。しかも、それでも彼は怯む様子を全く見せない。


 砕けた拳で必死で殴り続ける父。それは彼の娘への愛情の証でもあった。ユリーシャもそれを感じ取っている。


「お父様、もう止めて!」


 だからこそ、彼女は止めて欲しかった。自分のために傷つくことに我慢ならなかった。


 それでも止まらない。


「俺は……娘を育ててきたんだぞ。メリーナの分も愛情を注いで育ててきたんだ」


 メリーナとは、ユリーシャを産んですぐに亡くなった妻である。


「それを、突然現れた貴様如きに否定されてたまるかぁ!」


 そして、妻の分を含めて目の前の憎き男に拳を打ち込んだ!


 足りない魔力を彼の矜持きょうじが補い、ボロボロの拳に最後の活力を与える。その結果、拳の骨は砕けはしたが、バルドレイドが放ったそれはこれまでで、いや人生で最高の一撃だった。それを前に、神太郎も遂に一歩後退してしまう。


 が……、


「ユリーシャは一己の人間だ。親の愛情の受け皿ではない!」


「っ!?」


 その拳を顔面に受けたまま、一歩押し返した。神太郎の信条は、バルドレイドの矜持より遥かに固かったのだ。


 力ではない。気迫で敗れた。この若輩者に。神太郎の言葉に怯んでしまった事実が、バルドレイドに突きつけられる。されど、打ち負かされて考えを変えるには、彼は歳を取り過ぎていた。


「くそおおおおおおおおお!」


 バルドレイドが再び拳を振り上げたのは、子供が駄々をねているのに近かったかもしれない。決して、神太郎を受け入れられないと。その結果、この拳を失うことになろうとも構わなかった。


「お父様ああああああ!」


 泣き叫ぶユリーシャ。しかし、それに止める力はなかった。


 魔族の脅威に晒されてきたこの世界において、暴力を止められるのは、暴力だけなのだ。



 ……だから、彼の方が引いた。



 停止したバルドレイドの拳。それを成したのは、その手首を掴んで止めた神太郎。それはつまり、我慢比べにおいて神太郎の負けを意味していた。


 勝負が決し、バルドレイドから激情が失せていく。そんな彼に、常に冷静だった神太郎はこう敗北を認めた。


「今回は引き下がる。……ユリーシャを泣かせたくはない」


 その言葉は、父親を最も堪えさせるもの。


「ただ、諦めたわけじゃない。いずれまた来る。その時に備えて、娘を奪いに来る馬鹿野郎のために拳を鍛えておいてくれ、公爵」


 そして若者の再戦の申し出に、老者は満ち足りたものを感じ取るのだった。


 次いで、神太郎はユリーシャにも告げる。


「すまんな、ユリーシャ。親父さんは手強かった」


「ううん……ありがとう、神太郎」


 その詫びに、彼女は涙を拭きながら礼を述べた。


 ただ、再び挑むことを誓う彼であったが、正直他の策は見出せないでもいる。お手上げだった。


 こうして、神太郎は久々に敗北感を得てルクレイム家を去るのであっ……、


「三好神太郎」


 いや、呼び止められた。バルドレイドに。


「また来るがいい。今度は酒でも用意しておこう」


「……」


「ただ、一つ条件を出させてもらう。……せめて、持ち家を買え。娘を借家に住まわせたくないという親心は理解出来るだろう?」


 それはつまり……。父親の願いに、娘の恋人は微笑んで応えた。更に、父は娘にも。


「ユリーシャ、今日はもう遅い。彼を家まで送っていってやれ」


「……はい! ありがとうございます。でも、お父様のお怪我は……」


「気にするな。強がりぐらいはさせておくれ」


 その気遣いに、ユリーシャは喜んで承諾する。


 但し、そんな彼も二人を見送ることまでは耐えられなかったのだろう。神太郎らが馬車で出立する前に、バルドレイドは早々と屋敷に入ってしまった。


 結婚挨拶で娘親が男を殴るのはよく聞く話である。その結果、認められることも多々あるだろうが、親の方が重症を得るのは初耳かもしれない。


 それでも両者を納得させられたのは、神太郎の揺るがぬ信念によるものだろう。


 彼はやはり大物か。




 馬車が神太郎の家の前に着く頃には、夜もすっかり更けていた。人気ひとけもなく、心地のいい静けさが二人だけの時間を作り出してくれている。


「今日、泊まっていくか?」


 下車しながら神太郎がさり気なく訊いた。


「えっ!? あ……いえ、お父様が心配だし、今日は帰るわ」


 ただ、流石に突然過ぎたのか、気持ちの整理が済んでいなかった彼女は顔を紅くしながら断った。実際、父のことが気に掛かって、お泊りを存分に楽しむことは出来ないだろう。


「じゃあ、茶だけにしておくか」


「うん」


 そして、二人は玄関のドアを……、


「うん?」


 空けようとしたが、神太郎は違和感に気づいた。ドア前の玄関の隅に、何やら丸まった大きな物が置いてあったのだ。


 夜が更けているせいで暗くてよく分からない。ただ、よく目を凝らすとそれは……、


「ルメシア!?」


 ルメシアだ。彼女が三角座りをしていたのだ。


「お前、何やってる!?」


 然しもの神太郎もこれには驚いた。すると、ルメシアも彼を認めると、手提げの箱を見せながら弱々しくこう言った。


「ビーザック通りのケーキ……」


 全てを察する神太郎。仕事上がりの際に話したあの件だ。しかし、今夜は約束していない。予定ぐらい合わせるべきだろう。


 アポなしで来るな。留守と分かったら帰れ。こんな夜更けに女の子一人、何かあったらどうする? 等々、神太郎には言いたいことがたくさん湧いて出た。


 ……湧いて出たのだが、捨てられた子猫のように縮こまっている彼女を見ていると、そんな言葉は吐けなくなる。彼は優しく手を差し出すのだった。


「さぁ、身体が冷えただろう。ユリーシャもいる。三人で一緒に食べよう」


「……うん」


 小さく頷くルメシア。二人っきりを邪魔されたユリーシャもまた、仕方がないと微笑んで受け入れてくれた。



 こうして、三好神太郎は一先ずハーレムを達成したのであった。



―結婚挨拶・完―

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