11-3 結婚挨拶③
突然、彼が入室してくると、兄妹は慌てて立ち上がった。神太郎もゆっくりと腰を上げ、質実にそれを迎える。
百九十センチの高身長で、一見スレンダーな体型に見えるが、貴族服の下には屈強な肉体を感じさせる男。カイゼル髭の険しい面構えが印象的な齢五十三の紳士。
ユリーシャの父でルクレイム公爵家当主、バルドレイド・ルクレイム公爵である。彼が上座に腰掛けると、両隣を子供たちが、次いで対面の神太郎が着席した。
流れる重苦しい空気。ユリーシャは勿論、ミランも緊張の表情を晒している。
「君がここに来た用件は聞いている、三好神太郎」
まず口を開いたのはバルドレイドだった。
「調べもした。率直に言おう。いくら勇者の一族とはいえ、借家住まいの平民が我がルクレイム家の一人娘を妻にするなど、不相応だと思わないのかね?」
「俺の望みは立場で抑えられるものではないし、自分の本心に嘘を吐くことも出来ない」
対して、神太郎は先ほどと打って変わって堂々と応じていた。先の不真面目さは鳴りを潜めており、ミランも少しは見直す。ただ、ユリーシャの方はもう少し慎ましく振舞って欲しいと憂いていた。
「見上げた姿勢だ。胆力はあるようだな。だが、そんな態度で望みを成せると思っているのか?」
「俺自身は、今回の件は当人たちの問題であり、親は関係ないと思っている。けれど、ユリーシャは貴方を敬愛しているので、その気持ちを蔑ろには出来ないそうだ。だから、今回俺が赴いた。俺がどういう人物かを見定めてもらうために。なのに、その場の凌ぎの演技をしては意味がないだろう。素の俺を見てもらわなければな」
「ほう、言うな。しかし、それが礼儀を弁えない理由にはならないぞ」
「別世界人の俺だが、この国には敬意を表している。だが、忠誠は誓っていない。貴方は俺を平民として見ているかもしれないが、俺は貴方を貴族としてではなく一己の人間として向き合っている。それが、この態度の理由だ」
貴族に対して身分は関係ないと言い切る平民。いや、別世界人なのだから平民ですらないというのだ。
この世界の尺度では測れない男。一己の人間として相対することを挑まれたならば、誇り高い武人であるバルドレイドも受けざるを得ない。
「成る程、ただの無法者ではないようだな。だが、それだけを理由に貴様を認めることはない。駆け引きは好まん。言っておきたいことがあれば聞こう」
「それが……貴方が満足するような言葉は吐けそうにない」
「何?」
「ただ一つ言えることは、俺はユリーシャを愛し、ユリーシャもまた俺を愛しているということだ。俺たちが一緒になることが彼女の一番の幸せになる」
神太郎はそう臆面もなく吐いた。
だが、その瞬間……、
吹き飛んだ。
弾丸の如く大窓を割って外へ飛び出し、庭へと転がり落ちる神太郎。それを成したのはバルドレイドの鉄拳。
「神太郎!」
ユリーシャが心配の声を上げるが、彼へ駆け寄ることは父によって止められる。代わりに、そのバルドレイドが庭に下りた。
「この厚顔無恥め! 娘のことは私が一番考えている。そして、娘に貴様のような害虫がくっ付くことを最も恐れていた。消え失せろ!」
険しい面に怒りを込め、倒れている厚顔無恥に迫っていく。そして、それの襟首を掴んで持ち上げると、もう一度その顔面に鉄拳を打ち込んだ。
宙に弧を描き、再び大地に激突させられる神太郎。魔力を込めた拳だからこそ成せる技だ。害虫のひれ伏せられた様を見て、父親も少しは溜飲が下がったか。
「二度と顔を見せるな!」
最後に、バルドレイドはそう吐き捨て……、
「そんなものか?」
いや……、
「大事な娘を奪いに来た男への怒りは、そんなものなのか?」
そう問いながら、神太郎は立ち上がってきた。健在である。そして、今度は彼の方がバルドレイドに歩み寄っていった。
まだ終わっていない。それを知らされたバルドレイドは、上着を脱いで受けて立つ。迫ってきた神太郎の顔面に三度拳を打ち込んだ!
夜の空に鳴り響く轟音。庭に出たユリーシャとミランもその光景に目を奪われていた。容赦なく相手の顔面に鉄拳を打ち込んだバルドレイドと、それに全く微動だにしない神太郎の姿を。
「くっ!?」
魔力を込めた一撃。バルドレイドには手応えがあった。会心の一撃だとも思った。だが、それを避けもせず無防備に受けた神太郎は、顔色も変えず仁王立ちで彼を見返していた。
そして、バルドレイドはその圧倒的実力差にも気づいた。
されど、彼に後退はない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
連打! 連打! 連打! 連打! 連打! 連打!
繰り出される連撃。全ての拳に全力を込め、正確無比に神太郎の顔面に打ち込む。そのサンドバッグの運命を考えると、実に背筋の凍る情景だった。
しかし、ミランは今回ばかりは逆の意味で背筋が凍っていた。
「ち、父上は素手で魔獣を討ったこともあるんだぞ……」
王国屈指の軍人である父。その父が、相手を怯ませるどころかその顔を歪ませることすら出来ていないのだ。
「勇者の一族か……」
彼は神太郎のその強靭さをその言葉で納得するしかなかった。
打音が鳴り続き、ルクレイム家中の者たちも何事かと庭に出てくる。
そんな中、ユリーシャの胸は憂慮で一杯だった。
父への憂慮で。
そして、しばらくすると連打が止んだ。何十発、いや何百発打ち込んだのだろうか。久々の静寂、されど観衆たちに安堵はなし。全く堪えていない神太郎と肩で息をするバルドレイドを見比べてしまえば、それは当然か。
「公爵、どうした? そこまでか?」
神太郎は年長の彼にそう問うた。それはまるでバルドレイドを見定めているかのよう。本来なら父親である彼の方が娘を貰いにきた神太郎を見定めるべきなのに、逆になっていたのだ。
「そんな力で愛娘を護れると思っているのか?」
辛辣な言葉をぶつけられる。
「貴方では無理だ。彼女は俺が護る」
それは父親にとって耐え難いものだった。




